#030: 呼び出し
夜。
部屋の照明だけが、デスク周りをぼんやりと照らしていた。
カレンは机に肘をつきながら、ストリームリンクの着信音を待っていた。
画面に小さな通知が現れる。
「……あ、来た」
通話を繋ぐと、元気な声が響く。
『よっ、傷心癒えた?』
リリスの声は軽やかだが、どこか探るような温度がある。
「……まあ、なんとか」
笑ってみせるけど、自分でも薄っぺらい笑みだとわかる。
『一週間も経てば、騒ぐやつも減るでしょ。でもさ――』
リリスは一拍置き、少しだけ真面目な声に変わった。
『今度からは、絶対に“見せちゃいけないとこ”は見せないこと。あんた、意外と警戒心ゆるいんだから』
その言葉に、カレンは瞬間的に過去の出来事を思い出し、胸がざわつく。
「……気をつけるよ」
視線を落とし、短く返した。
『よろしい』
キーボードを叩く音が通話の向こうから聞こえる。
しばらくして、軽い調子の声が戻ってきた。
『ところで、今週末さ、私の配信にゲストで来ない? 軽く雑談枠で。復帰宣言も兼ねて』
「えっ、急だな……」
『こっちはもう枠とってあるから』
当然のように言い放つリリス。
『こういうのは勢いが大事。一人で戻るより、私が横にいたほうが視聴者も安心するんだよ』
「……分かった。お邪魔します」
少し悩んだ末、カレンは頷いた。
『はい決定。じゃ、打ち合わせはまた後でね』
そう言って通話が切れる。
静かな部屋。
でも、さっきまでの重い空気が少しだけ和らいでいた。
リビングに行くと、美咲がソファでノートパソコンを開いていた。
画面には見慣れないエクセルのような表と、長い文章。
カレンが覗き込もうとすると、美咲はパタンと素早く閉じる。
「なにそれ、秘密?」
「うん、秘密」
笑顔だけど、声には少し熱がこもっている。
「怪しいなぁ」
カレンは冗談めかして言うが、美咲は視線を逸らして、マグカップのコーヒーを啜った。
沈黙の中で、時計の針がやけに大きな音を立てて進む。
やがて美咲がぽつりと口を開く。
「……カレン、今はまだ言えないけど、そのうち“びっくりすること”があるかも」
冗談のように言うその表情は、いつもより少しだけ真剣だった。
カレンは眉を上げる。
「なにそれ、サプライズ?」
「ふふ、どうだろ」
美咲はそれ以上何も言わず、またパソコンを開き始めた。
カレンは深追いせず、自分の部屋へ戻る。
でも、背中越しに――
その“びっくりすること”が、自分の世界を少し変える予感だけが残った。
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