#025:また、切り忘れ
「――っと、ちょっとだけ席外すね」
ローズバイトの軽い口調が配信に流れる。
カレンはいつものようにマイクのミュートボタンを押した…つもりだった。
椅子を立ち、扉を開けて廊下へ。
ほんの数分で戻る予定だったのに――。
ガチャ、と物置部屋のドアを開けた瞬間、そこに人影があった。
「……美咲?」
「カレン……? ここ、物置じゃなかったの?」
予想外の再会に、二人の間の空気が一瞬で張り詰める。
部屋の中は、照明の色を変えるLEDライト、整然と並ぶ配信機材、壁一面の防音材。
それは、カレンがいつも「ただの物置」と言っていた場所とは明らかに違った。
「えっと……これは、その……」
カレンが言葉を探す。
美咲の視線は部屋の中を一通り巡り、最後に机の上のローズバイトの小物に止まった。
「……本当に、カレンだったんだ」
その声は驚きと、少しの安堵が混ざっていた。
「……ごめん、隠してて。怖かったんだよ。美咲が引くんじゃないかって」
「引くわけないじゃん。むしろ……ちょっと誇らしいよ」
カレンの心臓が一拍、強く脈打った。
でも、次の瞬間――。
《え、今の声誰?》
《女の人の声聞こえたぞ!?》
《またマイク切れてないよ!!w》
《"カレン"って言った?》
配信画面のコメント欄が急速に流れ出す。
モニターを確認したカレンは血の気が引いた。
――ミュート、押せてなかった。
「ごめんなさい! 一回ミュートします!」
ローズバイトの声が慌てて配信に響く。
カレンは瞬時にマイクをオフにし、美咲と視線を合わせた。
「……聞こえちゃった、ね」
「うん。でも……もういいんじゃない? 隠さなくても」
美咲は穏やかに微笑んだ。
カレンは一瞬、言葉を失い、やがて深く息を吐いた。
「……ありがとう。そう言ってくれて」
ミュートされた部屋には、二人だけの静かな空気が流れる。
カレンの胸の奥で、長く重かった秘密が少しだけ軽くなっていった。
しかしその頃、配信のコメント欄はお祭り状態になっていた。
《カレンって言ったよな?》
《ローズバイト=カレン説また浮上w》
《いや、声似すぎだって!》
《美咲って誰!?》
《リアル友達の家で配信してる説》
数分後、Fのトレンドには――
#ローズバイトミュート忘れ
#カレンって誰
#美咲さん初登場!?
が並び、切り抜き職人たちがすでに該当シーンを切り抜いてアップしていた。
再生回数は、カレンが配信を終える前から急上昇入りを果たしていた。
「……やばいことになってるかも」
美咲のスマホ画面を覗き込み、カレンは乾いた笑いを漏らす。
だがその笑みの裏で――不思議と、もう逃げようとは思わなかった。
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