#021: 視線の奥
翌週の月曜日。
大学のキャンパスは、昼休みのざわめきで溢れていた。
カレンは学食の窓際の席に座り、トレイに置かれたサンドイッチを手でつまみながら、外の中庭をぼんやりと眺めていた。
「カレン、ここいい?」
背後から聞き慣れた声がして、振り返ると美咲がトレイを持って立っていた。
「もちろん」
そう答えると、美咲は迷いなくカレンの向かいに座り、手早くサンドイッチの包装を破った。
何気ない昼食――のはずだった。
だが、美咲はいつもの軽い雑談ではなく、少し探るような話題を口にした。
「そういえば昨日、ローズバイトの配信見たんだよ」
カレンの手が一瞬止まる。
美咲は気づいていないように続けた。
「海外の人とコラボしててさ、英語めっちゃうまかった。……あれ、英検1級どころじゃないよね。ほぼネイティブ」
「だってさ、英語のスラング連発してて凄かったもん」
「そ、そうなんだ……詳しいね」
「うん。あと、笑い方が……カレンのそれにそっくりだった」
冗談めかした調子だが、瞳の奥は冗談だけではない何かを宿している。
カレンは平静を装い、ジュースのストローをくわえて視線を逸らす。
午後の講義が終わると、美咲が再び声をかけてき
た。
「今日、このあと少し話せる?」
特別な用事もなかったカレンは頷き、二人は大学近くの小さなカフェに入った。
落ち着いた照明と、ほんのり香る焙煎豆の匂いが心地いい。だが、カレンの心は休まらない。
コーヒーを注文して席に着くと、美咲が切り出した。
「別に責めたいわけじゃないんだけど……もしカレンがローズバイトだとしても、私は別に驚かないよ」
その言葉は、柔らかく、それでいて真っ直ぐだった。
カレンの指先がカップの縁をなぞる。
――認めるべきか、はぐらかすべきか。
「……なんで、そう思うの?」
「中学の頃から知ってるから。声の高さも、言葉の選び方も、笑うタイミングも……全部同じだよ」
カレンは視線を落とし、曖昧な笑みを浮かべた。
「そう……見えるんだね」
答えにもならない返事。
美咲はそれ以上追及せず、ただ一口コーヒーを飲んだ。
帰宅途中、カレンは夕焼けに染まる街を歩きながら、美咲の言葉を何度も反芻した。
――もしカレンがローズバイトだとしても、私は驚かないよ。
それは安心を与える言葉なのか、それとも見えない網を投げかけられた感覚なのか。
大学と配信、リアルとオンライン。その境界線は、もう彼女のすぐ足元まで迫っている気がした。
家に着き、配信部屋の扉を開けた瞬間、カレンは無意識に鍵をかけた。
まるで、この空間を外の世界から守るために。
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