#016: 灯りをつなぐ声
夕暮れの空が、静かに紫に染まりはじめていた。
橘カレンは、事務所の共有スタジオで、PCの前に座っていた。
画面には、ストリームリンクのビデオ通話。今日は、久々に後輩の宵咲ネアと、同期のリリス・レイと話す約束だった。
「カレン先輩〜! 元気してましたか?」
ネアの明るい声が、通話越しに響く。
「うん。なんとかね」
カレンは柔らかく笑った。どこか少しだけ、照れたように。
「前に言いましたよね? カレン先輩の声、私……ほんとに好きなんです」
カレンの表情がふっと揺れる。
その言葉に、記憶の奥からひとつの場面が浮かんできた――。
* * *
──あれは、まだネアが配信歴数ヶ月だった頃。
カレンがたまたま彼女の初コラボを見に行った後、通話でネアがぽつりと言ったのだった。
「カレン先輩が……先輩がいたから、私、Vtuberになってよかったって思えたんです。
落ち込んだときに、配信の声に助けられたんですよ。“大丈夫だよ”って言ってくれてる気がして……」
「私も、そんなふうに言ってもらえる日がくるとは思わなかったな」
「えっ? もう言われてますよ!? 私が今、言ってますし!」
その無邪気な笑顔に、カレンは心から救われた。
“誰かに届いていた”という実感が、どれほどの力になるかを知った瞬間だった。
* * *
「……ネアちゃん、ありがとう」
小さく呟いたカレンの声に、ネアは優しく微笑んだ。
そのとき、もうひとりの通話参加者――リリス・レイが現れる。
黒髪のゴスロリ衣装。吸血姫のような姿の彼女は、相変わらずの毒舌キャラだ。
「逃げずに出たわね、カレン。偉いじゃない」
「いきなりそれ?」
カレンは笑いながらも、どこか安心していた。
「でも……逃げてたのは事実だよ。怖かったんだ」
「うん、それは知ってる。でもさ、逃げてた理由、ちゃんと自分で見つめ直さないと、前に進めないでしょ」
リリスの言葉は鋭い。でも、そこには明らかな“信頼”があった。
「言葉って、簡単に刃になるでしょ? 視聴者の期待も、周りの空気も、全部あなたに刺さってくる。
でもそれって、本来はあなたが武器にするべきものなのよ。自分の言葉で、ちゃんと切り開けるように」
「……それが、難しくなってたの」
カレンは俯きながら、ぽつりとこぼした。
「何が“正解”か分からなくなって……どの言葉も、自信が持てなくて」
「だったら、“本当に言いたいこと”だけ残せばいいじゃない」
リリスは続ける。
「ありがとうでも、大丈夫だよでも、辛かったって本音でも。あなたが言うから意味があるのよ。
“誰かのため”じゃなくて、“自分のため”に話してごらんなさいよ」
「……うん」
ネアも頷く。
「カレン先輩が届けた“癒し”って、無理して作ったものじゃないはずです。
誰かに言われた言葉じゃなくて、先輩自身が心から思ったことだったから、届いたんだと思います」
カレンは、二人の顔を見ながら深く息をついた。
「……ありがと。ほんとに、ありがと」
こんなふうに話せる時間が、どれだけ貴重かを改めて実感する。
そして、自分が戻る場所は、やっぱり“声”の中なのだと――。
「明日、配信しようと思う。ちゃんと、自分の言葉で話してみたい」
「よっしゃー!」ネアが歓声を上げる。
「私、秒でコメントしますからね!」
「“復活のへたれ”って打ってあげるわ」
「それ絶対やめて!」
三人の笑い声が、通話の空間に広がっていく。
──たとえ少しずつでもいい。
“誰かの声”と重ねていけば、きっとまた前に進める。
カレンの目には、もう迷いはなかった。
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