#015: 言葉の温度、心の距離
久しぶりに開いた配信ソフトの立ち上がる音が、部屋の中に少し大げさに響いた。
橘カレン、いや、Vtuber“RozeBite”として――彼女がカメラの前に座るのは、約2週間ぶりだった。
マイクの前で一度深く息を吸い、そして静かに言葉を発する。
「こんばんは、RozeBiteです……お久しぶりです」
その瞬間、コメント欄が一気に流れはじめる。
「She's back!!!」←(ロゼが帰ってきた!)
「待ってたよ!」
「Roze!元気だった?!」
「Welcome home 」←(おかえり)
画面越しに見えるのは、ファンの言葉だけ。
けれど、その一つ一つが、胸にじわりと染みてくる。
配信部屋の空気は、少し緊張感をまとっていた。
それは自分でも気づかぬうちに張り詰めていたもので、カレンはその圧をほぐすように、手元のココアに口をつけた。
「……なんていうか、すごく久しぶりで、何を話せばいいか迷ってるんだけど」
自然なトーンで始まった言葉のあと、彼女は少しだけ表情を引き締めた。
「この数日、たくさん考えてました。あのコラボのこととか、コメントのこととか、リスナーさんの気持ちとか……」
画面の向こうからの反応はさまざまだった。
「Don't worry about it too much」
(あんまり気にしすぎないで)
「全部見てた。大丈夫だよ」
「RozeはRozeでいいと思うよ」
カレンは小さく息をつく。
――分かってる。みんな、優しいって。でも、ちゃんと話さなきゃって思った。
「私、“癒し系”でデビューして、ずっとそのイメージで活動してきて。だけど、去年あたりから少しずつ、“毒舌っぽい”こと言ってもいいかなって……そういうのも、私だから」
言葉に詰まりかけながらも、ひとつひとつ丁寧に語る。
「でも、ある時気づいたの。『癒されたいのに』『前の方が好きだった』って声を見るたび、どこかで、自分が誰かを裏切ってるような気がして……」
画面越しの沈黙。
ただ、コメントは止まらない。
「I love every version of you.」
(どんなRozeも大好き)
「変わるのは悪いことじゃないよ」
「むしろ最近の配信、すごく元気出た!」
温かい言葉に、カレンの肩から少しだけ力が抜けていく。
「それでも、今だからこそ、ちゃんと自分で決めたくて……私は、“癒し系の私”も、“毒舌の私”も、“英語を話す私”も、全部受け入れて、配信していきたいなって思ってます」
その言葉を発した時、カレンは自分でも驚くほど、スッとした気持ちになっていた。
「誰かに合わせて“どれかだけ”を選ぶんじゃなくて、全部を自分として見せていく。うまく伝えられない時もあると思うけど……その時は、また話すから。聞いてくれたら嬉しいな」
その一言に、チャット欄が感動と応援の嵐に変わる。
「This is the Roze I love. Honest and brave.」
(これが私の大好きなRoze。正直で、勇敢だよ)
「泣いた」
「ずっと応援してるからね」
「今日は、ちょっとだけ話すつもりだったんだ。……でも、こうしてみんなと話せて、本当に良かった」
配信の終わりが近づいてくる。
名残惜しさを抱えながら、カレンはゆっくりとマイクの前に手を添える。
「また、少しずつでいいから、配信していくね。焦らず、自分のペースで。でも、ちゃんと、自分の言葉で」
微笑みながら、深く一礼する。
「ありがとう。また、すぐに会えるといいな」
そして、その夜。
カレンの配信が終わったあと、Fに投稿されたひと言のメッセージが、静かに拡散していく。
「少しずつ、私の言葉でまた届けていきたいです」
それはまだ弱く、頼りない一歩かもしれない。
けれど、確かに前を向いた彼女の「再出発」のはじまりだった。
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