#014:本音を届ける場所へ
朝の光が、薄くカーテンを透かして部屋の中に差し込んでいる。
橘カレンは、ようやく少しだけ深く眠れた朝を迎えていた。
ベッドの中で伸びをすると、体の奥に残っていた疲れがじんわりと溶けていくような感覚があった。完全ではないけれど、それでも久々に「目覚められた」と思える朝だった。
彼女はリビングに向かい、湯を沸かしてココアを淹れる。
ミルクとココアパウダーを丁寧に混ぜながら、ふと扉の奥にある配信部屋へと視線を向けた。
ドアは閉まったままだが、その向こうにあるマイクやカメラ、照明、モニターのことを思い出す。
つい最近まで、あの部屋で毎日喋って、笑って、時には泣いていた。
──でも、もう一度、あそこに戻りたいって思ってる自分が、確かにいた。
午後、カレンは何気なく、昔のVoisyncアーカイブを開いていた。
自分が初めて配信した日の動画。
緊張で声が上ずりながらも、画面の向こうにいる誰かへ一生懸命に語りかけている“RozeBite”が、そこにはいた。
「は、はじめまして! ローズバイトですっ……えっと、癒しの時間をお届けできたら、嬉しいです」
耳を塞ぎたくなるくらい初々しい。
だけど、その言葉には何の計算もなかった。
誰かを癒したい、自分の声で誰かの寂しさを埋めたい――そんな純粋な気持ちだけが、そこにあった。
「……嘘じゃなかったんだよね、あのときの私」
カレンは小さく呟いた。
ふと、今の自分を思う。
毒舌キャラ、英語での冗談、ツッコミや挑発的な煽り。
あれは全部、“求められた自分”だった。でも、それを楽しんでいた自分も確かにいた。
「癒し系」だけが自分じゃない。
でも、攻撃的な言葉を使うときに、どこか胸の奥がチクリと痛んでいたのも事実だった。
(どれも、全部、私なんだよ)
だからこそ、どこかに線を引くんじゃなくて、少しずつ、自分の言葉で“届ける方法”を見つけたい。
誰かを笑わせることと、誰かを傷つけないことは、両立できると信じたい。
カレンは、静かに呼吸を整えた。
夜。
ふとStreamLinkを開くと、同期や仲間たちの名前が表示されていた。
Lilith_Rayのステータスは「編集中」、神田の名前の横には「オンライン」のマークが点いている。
どこか懐かしく、そして少しだけ安心する空気がそこにはあった。
(……やってみよう)
すぐに完璧には戻れない。けど、「また話したい」と思った自分の気持ちは、嘘じゃない。
だからこそ、ほんの一歩だけでも、進んでみたい。
カレンは、Fの投稿画面を開いた。
「今夜、少しだけ、話せたらいいな。」
その短い言葉だけの投稿が、ゆっくりと拡散され始める。
静かな波紋のように、RozeBiteという存在を待っていたファンたちの元へ、確かに届いていた。
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