#013: 夜の通話にて
夜遅く、橘カレンの部屋は静寂に包まれていた。
デスクの上には、冷めかけたココアのカップが置かれている。
彼女は何度もそれに手を伸ばそうとしたが、なかなか口にできずにため息をついた。
「はあ……なんでこんなに悩んでるんだろう……」
癒し系Vtuberとしてデビューしてから、カレンは多くのリスナーから感謝の言葉をもらってきた。
それが彼女の心の支えだったはずなのに、今は自分の言葉が誰かを傷つけているように感じて、胸が締めつけられた。
その時、パソコンの画面が光り、StreamLinkの通話通知が届いた。
表示されたのは同期であり、同じ事務所に所属する人気Vtuber、**Lilith_Ray**だった。
「……リリス?」
緊張したまま通話に応じると、画面の向こうには黒髪にゴスロリ風の衣装をまとったリリスが、いつもの吸血姫のような小悪魔スマイルを浮かべていた。
「夜更かししてるみたいだから、様子見に来たよ。なんか疲れてるっぽいし」
リリスはそう言って、軽くからかうような口調だったが、その目は真剣だった。
「……うん、ちょっといろいろ考えてて」
カレンは素直に答えた。
リリスとはデビュー前から仲が良く、お互いの毒舌キャラを認め合っている。
「最近、毒舌キャラに振り切ってるよね?あれって計算なの?」
リリスは鋭く尋ねる。
カレンは一瞬言葉に詰まったが、正直に答えた。
「違うと思う。たぶん、私の中にずっとあった素の部分が出ちゃっただけ。でも、それが癒し系を好きだったファンには裏切りに見えたかも」
リリスは微笑みながら、言葉を続ける。
「Rozeって器用なふりして実はすごく不器用だよね。
変わることを怖がってるけど、変わらなきゃいけないって焦って、自分を責めてるんだ」
その言葉を聞いた瞬間、カレンの胸に何かが突き刺さった。目が熱くなり、涙がこぼれそうになるのを必死でこらえた。
「私はリスナーの期待に応えたくて、ずっと頑張ってきた。でも、その結果、誰かの期待に応えることだけが自分の全てになってしまったら、意味がないって思い始めた」
リリスの声が少し柔らかくなり、温かさを帯びた。
「だったら立ち止まってもいいんだよ。悩んでるって配信で言ってもいいし。癒し系だろうと毒舌系だろうと、本音を話せる人が一番魅力的だよ」
その言葉を聞いて、カレンは初めて肩の力を抜いた気がした。
ちょうどその時、もう一つ通話通知が入る。
「お、神田さんからだ。タイミングいいな」
リリスが軽口を叩く。
カレンは笑顔を浮かべて通話ボタンを押した。
「……カレン、大丈夫か?」
マネージャーの神田さんの落ち着いた声が、彼女の心に静かに染み入る。
「うん……リリスのおかげで、ちょっとだけ楽になった」
「それはよかった。無理しすぎるなよ?」
神田さんは優しく言い、カレンは深くうなずいた。
その夜、画面越しの二人の声が、彼女の心を少しだけ温めてくれた。
そしてカレンは、もう一度自分のペースで歩き出す勇気を少しだけ持てたのだった。
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