前編
ご訪問ありがとうございます
※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
玄関扉を開けたら、そこが森になっていた──そんな経験をした人は、世界にどれくらいいるだろうか?
しかも握っていたはずのドアノブが無くなり。
振り返っても自室が無い、草木の香りが溢れかえる、360度見紛うことなき森。
これがかの有名な異世界転移かよクソッタレ。
言葉が悪い自覚はあるが、致し方あるまい。
私は今日、大型連休を利用して初の海外旅行へ行く予定だったのだ。
それがまさかの、自宅からの森への転移。
作品では王道とは言え、自分の身に起こると普通に怒りが込み上げてくるというもの。
これあれでしょ?旅行費無駄になるやつでしょ?
飛行機とかホテルとかめっちゃ吟味したのにひどくない?
神様か誰か知らんが担当者ちょっと面貸せやコラ。
となるのも当然の摂理。
怒鳴ってもカスハラにならないかも?否なるか。
でも情状酌量でしょ。どう考えても。
大きく息を吸って、しっかりと吐ききる。
スーツケースが手元にあるだけマシとしよう。
これはもうアレだよ。アレ。
切り替えて、異世界転移と言ったら、の"アレ"を確認すべき。
ソワソワしながら魔法が使えるか各属性を思い浮かべたり、呟いたりしてみた。
結果。
何も起こりませんでした。しょんぼり。
水魔法は欲しかったよ。切実に。
異世界の水、煮沸すれば大丈夫かな?寄生虫とかいないよね?
一応、海外行く予定だったのでミネラルウォーターはスーツケースに数本入っているけど。
そもそもなくなる前に帰れるのか、とかは考えないようにしよう。うん。
それより、他にはなんあったかな?
立ったまま瞳を閉じて首を捻る。
「あ、拡張収納?」
手に握ったままだったスーツケースが消えた。テッテレー。
内心、脱力。
否、いいよ。スリ気にしなくても良いからね。
スーツケースで悪目立ちすることもなくなるしね。
でもそれなら水魔法も欲しかったな。
そこまで考えて、ゆるく首を降る。
頬を両手で軽く張ればパシッ、と乾いた音と軽い痛み。
「やっぱり夢ではないよね」
高望みは精神的疲労にも繋がる。
無いものは無い。よし!
とりあえず森から出よう。
異世界にデニムとかスニーカーとかがあるかは分からないけどフレームスーツケースよりはマシだろう。きっと。
草を踏みしめながら、森の木々を縫うように歩く。
見上げても木々が元気に生い茂っていて太陽の位置は確認出来ない。
まあ太陽の位置確認出来たからって、異世界で方角性通用するのかは分からないけど。
スマホは圏外だし。マップアプリが役立つ訳もない。
充電大丈夫かな?電源落としとくか?
悩みながらも前に進む。
普段から良くウォーキングはしていたが、息が上がる。
舗装された道とは違い、とても歩きにくい。
戻ったら、アスファルトに感謝しよ。
それにしても、これが異世界サバイバルか………案外地味だな。
喉が乾いているが、水は出来るだけ節約したい。
ああ、早く人のいるとこに着きたい。
何故ならばここは異世界。
魔物だって存在しちゃう可能性大。
防御力皆無の軽装備で魔法使えないのに。
ベリーハードモードかよ。ホントに。
神様以下略。呪う。絶許。
私の部屋の施錠しとけよマジで。
出来れば村よりは町、街よりは町が良いなあ。
でも着いたとしてどうやって宿取ろうか?流石に地球の金銭を使うわけにもいかないし。
不意に、ガサリと草が大きく揺れる音がして。
思わず身構える。
まさか、フラグ回収しちゃう感じ?
けれど警戒する間もなく目の前の木々の間から、ひょいと顔を覗かせたのは女性だった。
「おや?こんな森の奥に人がいるなんて珍しいな」
背中に大きな背嚢を背負い、腰には細身の剣を提げている。
身軽な服装は、見るからに探索者のようだった。
その女性が私を見て、どこか面白そうに目を細めている。
「もしかして、道に迷ったのか?それにしても随分と妙な格好をしてるね、あんた」
彼女の言葉に、私は静かにうち震えていた。
内なる私は小躍りしている。
言葉が通じる。これは自動翻訳スキルとやらのおかげだろうか。
そしてやはり、異世界では見慣れない格好らしい。
「えっと……はい、道に迷ってしまいまして。この辺りに、人が住んでいる場所はありますか?」
恐る恐る尋ねると。
彼女はふむ、と顎に手を当てた。
「この先をもう少し行けば、大きな町があるよ。ちょうど私も帰るところだし、良ければ案内してやろうか?」
心優しい申し出に、私は安堵の息を漏らした。
まさかこんなに早く、人に出会えるとは。
天に感謝しつつ、私は素直に頭を下げる。
「ありがとうございます!ぜひ、お願いします!」
「おう、いいってことよ。見慣れない顔立ちだが、どっか遠いとこから来たのか?」
その割にはウチの国の言葉が流麗だね。
にこりと笑う彼女の問いに、私は曖昧に頷いた。
「ええ、まあ…かなり、遠いです……」
そうして私達は並んで歩き始めた。
彼女が前を歩き、私が続く。
森の空気は変わらず重いが、一人ではないというだけで心持ち足取りが軽くなる。
彼女は道中、この世界の気候や森の危険について、気さくに話してくれた。
その話しぶりから、ここが女性にとって必ずしも安全な場所ではないことが、漠然と伝わってくる。
けれど今はそんな不安よりも、町への期待が勝っていた。
しばらく歩くと森の木々がまばらになり、視界が開けた先に石造りの建物が立ち並ぶ集落が見えてきた。
「ここがシフォン町だよ。今日はもう遅いし、宿をとってゆっくりするんだね」
「まさか、こんなに早く町に着くとは…本当にありがとうございます」
改めて深く頭を下げると、彼女はひらひらと手を降る。
「いいってことよ。あんたも気をつけな。ここらじゃ妙な格好のやつは目立つ」
忠告めいた言葉とともに数枚の銅貨を握らせてくれた。
「え? いえ、これは……」
「いいよ、困ってるんだろ? 少しだけど足しにしな」
町の門へと向かっていくその背中を見送ってから、足を踏み入れた。
手に残った銅貨と、見慣れない町の喧騒を眺める。
石畳の道。
木造の看板。
すれ違う人々の身なり。
「……本当に、異世界なんだ……」
町の中は活気に満ちていた。
石畳の道を行き交う人々や荷車を引く馬。
立ち並ぶ商店と店先で呼び込みをする声。
見たことのない異世界の文化がそこにはあった。
幸い、私の服装は目立つとはいえ好奇の視線を浴びる程度で、すぐに何か問題が起きる様子はなかった。
教わった宿屋を探し、自動翻訳スキルを駆使して部屋を確保する。
部屋は簡素だが、屋根と壁があるだけありがたい。
疲労困憊の身体でベッドに倒れ込み、今日の出来事を反芻する。
森への転移と魔法。
優しい冒険者。
まるで夢のような一日だった。
異世界生活、意外と早くスタートラインに立てたな、と安堵の息を吐く。
泥のように眠った翌日、町を散策して人々の様子を観察し。
この世界の常識を少しずつ掴もうとしていた時。
この異世界の"日常"が、その牙を剥いた。
探索ついでにウロウロしていたら迷ってしまったのだ。
曲がり角から顔を出せば、そこには待ち構えていたかのように二人の男が立っていて。
一人は巨漢で、もう一人はずる賢そうな細目の男。
「おいおい、嬢ちゃん。こんなところで突っ立ってると、悪い虫が寄ってくるぜ?」
ずる賢そうな男が下卑た笑みを浮かべながら、近付いてくる。
巨漢の男も、道の両端を塞ぐようにしてゆっくりと歩み寄る。
この状況は、正しく"悪い虫"の登場で違いない。
助けを求めようにも、周りに人がいない。
逃げようにも道は塞がれている。
男の手がゆっくりと眼前に伸びてきて。
ニヤリ。
私の口角が上がり、口元が歪んだ。
ご一読いただき、感謝いたします
引き続きお楽しみいただきますと幸いです