モスト先生
一年生たちは、わらわらと四階の家庭科室へ向かって階段を上っていった。
「……階段、長っ! もう三回くらい心が折れた」
「足、限界きてる……」
息を切らせた声があちこちから飛び交う。
やっとたどり着いたと思ったら、家庭科室はカギがかかっている。
「……え? 開かないじゃん」
「え、どうするのこれ」
「先生、まだ?」
生徒たちはドアの前で、まるで入場待ちの行列のように立ち往生。待ちくたびれた視線が廊下を行ったり来たりする。
すると、廊下の向かい側にある黒いエレベーターが「チーン」と鳴り、一人の先生が現れた。
背はすらっと高く、どこか気怠そうな雰囲気――モスト先生だ。
「はいはい、そこ、どいてどいて」
モスト先生は生徒の間をかき分け、カードを表札のような装置にピッと当てた。
ガタガタ……ガシャッ。
右のドアがスライドして開くと、待ちきれなかった生徒たちは――
「わーーーっ!」
海の波にも負けない勢いで、我先にと教室へなだれ込む。
「おいおい、誰が一位になるか見ものだな」
ユキムラは、そんな騒ぎを冷めた目で眺めていた。
「本日一時限目は、普段は魔法論を担当しているモストだ。君たちの最初の授業を進行する」
「は、はい!」
「では順に自己紹介をしてもらおう。……まずは、君からだ」
指名されたのは、ノブナガより少し背の高い、紫の袴と白い道着をまとった少女。妖艶な雰囲気で、ゆったりとした動作。
「私の名前はケンシン」
その声は、落ち着いているのに妙に人をドキドキさせる。
「好きな食べ物は……そうだなぁ……リンゴかなぁ?」
顎の下に拳を当て、瞳だけを上に向けながらゆっくり答える。
「長い! 尺が長すぎるぞ! 次!」
モスト先生が軽くツッコミを入れる。
ノブナガは、自分の番が迫るのを恐れ、生徒の数を指折り数える。
「私はイエヤス。好きな食べ物は……」
肩にタオルをかけ、湯上がりのような色気を漂わせながらイエヤスが答える。
「どうせ、トリュフとかフォアグラとかキャビアだろ」
ユキムラがぼそっと呟く。
「カレーライスかな」
「え、可愛い!」
金持ち令嬢らしからぬ答えに、クラスのあちこちで「ギャップ萌え」する声が上がった。
「次!」
「あー……ユキムラです。特に言うことはありません」
「いや、好きな食べ物しか聞かれてないのにパスか?」
モスト先生が半ば怒鳴る。
「先生! こいつ質問攻めにしましょう!」
「そうだそうだ!」
「やっちまえ!」
クラスが妙に盛り上がり、ユキムラは無言で棒立ち。
(あー……これはもう泣くしかないやつだ)
そんな諦めの境地に入りかけたとき――
「おい、お前ら、そういうのは良くないだろ」
ヒデヨシが割って入る。ユキムラの視線がスッと彼女の方へ。
(夢か? かばってもらった……?)
「けっ、つまんねぇ」
遠くを見つめながらリュウセイがつぶやく。
「次、ノブナガ!」
「はい!」
なぜかゲンゴロウの顔の仮面をかぶって立ち上がるノブナガ。
「俺は、父から一枚の紙をもらった。それは俺が一人前になるまで消えない。最近、その答えが出た……この世界を統一し、この世を洗い直す! ついてこれるやつには妖怪の力を与えてやる!」
拳を突き上げ、ドヤ顔――のはずだが、仮面の下は涙目だ。
「何言ってんだ、こいつ」
生徒たちの冷たい視線が突き刺さる。
自己紹介が全員終わったころ、チャイムが鳴った。
「では、これで」
モスト先生はふらりとエレベーターへ消えていく。
風に吹かれるまま、気の向くまま――それがモスト先生だった。




