回想
町全体を覆うほどのまばゆい閃光が、轟音とともに大地を揺らした。
それはただの光ではなく、無数の魔法弾が空を裂き、大地に突き刺さるたびに土煙と炎の柱を巻き上げる。
その光景の中、何百という声が揃って響く。
「ゴゼンを殺せ!」
「ゴゼンを殺せ!」
「ゴゼンを殺せぇ!」
この戦はただの戦争ではない。
ゴゼンが導入したカースト制により、最下層に置かれた存在――カゲロウ。
彼らは人間として扱われず、スクラップ工場や川のごみを漁り、日々を生き延びることしかできなかった。
農民たちが「自分より下」がいることで安堵を得るために作られた制度。
だが、その抑圧は限界を超え、カゲロウは武器を取り、一揆として蜂起した。
それが後に「トモカゼの乱」と呼ばれる、大規模な反乱だった。
「トモカゼさん」
一人の青年兵が、前を行く将軍の背に声をかける。
「今日で……俺たちの生活、変わるんですよね」
「ああ。ゴゼンを殺し、世界をこの手に掴む!」
麒麟に跨るトモカゼの声は低く、それでいて燃えるように熱かった。
しかし、彼の軍は十万。
その大半は農具を魔法強化して持った農民や、盗賊崩れの流れ者、魔法をまともに扱えない老人や少年兵。
寄せ集めゆえの勇ましさはあれど、陣形は乱れ、魔法の連携も取れない。
一方のゴゼン軍は百万。訓練された魔法騎士団に加え、空からの魔法砲撃を操る精鋭部隊まで備えていた。
それでも、トモカゼだけは異彩を放っていた。
刃を振るうたび、数十人の兵が宙を舞い、麒麟の跳躍と共に敵陣を切り裂く。
だが、その背後では味方の列が瓦解し、前進した分だけ死者が増えていった。
ミツヒデの父はゴゼンの相談役の一人であり、魔法戦術に長けた人物だった。
出陣の時、ミツヒデは父の外套を掴んで離さなかった。
「父さん! 行かないで! お願いだよ!」
「ミツヒデ……父さんは、どうしても行かなくちゃならないんだ」
「でも――!」
「これは魔法界の未来のための戦いだ。お前や皆が安心して暮らせる世界を守るためのな」
横で母が、唇を噛みながら小さくうなずく。
「母さん、ミツヒデを頼む」
「……ええ。必ず」
父は牧場へ駆け、戦に耐えうる駿馬を選び、鞍をかけると一度だけ振り返り笑った。
その笑顔が、ミツヒデが見た最後の父の顔だった。
程なくして、父の向かった戦場の方角から、空を覆うような魔法弾の雨が降り注いだ。
青白い閃光が山を呑み込み、爆風が地面を波打たせる。
耳をつんざく轟音の中、ミツヒデの胸を冷たい予感が締めつけた。
「ここも安全じゃないわ! 防空壕に!」
母の叫びに促され、ミツヒデは必死で走る。
馬を引き出し、乗って逃げようとしたその瞬間、遠方から飛来した魔法弾が馬を直撃し、炎と共に弾き飛ばした。
二人は地面に叩きつけられ、転がりながら東と西を見た。
東からはゴゼン率いる魔法騎士団が、金色の鎧を輝かせて迫る。
西からはカゲロウの軍勢が黒煙を上げながら突進してくる。
その狭間で、母は炎に包まれ、ミツヒデは何度もその名を叫んだが、返事はもうなかった。
戦場の中央、二つの軍の先頭に立つ二騎の影があった。
一方は黄金の鎧に白馬を駆るゴゼン。
もう一方は漆黒の鎧に麒麟を従えるトモカゼ。
二人の間には、血と煙と怒号が渦巻いていた。
「お前が……トモカゼか」
ゴゼンの声は冷ややかだが、眼光は鋭く燃えていた。
トモカゼの瞳は澱んだ黒で、光を拒むようだった。
ゴゼンは左手で手綱を操り、右から鋭く刃を振り下ろす。
トモカゼは刀を擦り上げて受け止め、そのまま逆に斬り下ろす。
麒麟と馬は互いの死角を突くように反時計回りに舞い、剣閃と火花が交錯した。
「また同じ型か。芸がない!」
ゴゼンは相手の擦り上げを読んで、力任せに刀を叩きつける。
金属が悲鳴を上げ、トモカゼの刃先が下がった瞬間――
稲妻のような一撃が走り、トモカゼの兜を砕き、頭蓋を貫いた。
麒麟が嘶き、主を失った体が地に崩れる。
ゴゼンはトモカゼの首を掲げると、カゲロウの軍は総崩れになり、四方に逃げ散った。
戦いの終わった戦場。
返り血で顔も鎧も赤く染めたゴゼンは、瓦礫の影で蹲る小さな影を見つけた。
泥と涙と血にまみれた少年――ミツヒデだった。
その瞳は恐怖と喪失で揺れながらも、不思議な光を宿していた。
ゴゼンは膝をつき、兜を外して視線を合わせる。
「……辛かったですね。もう、大丈夫よ」
大きな手がミツヒデの肩にそっと置かれた。
その温もりに、堰を切ったように涙が溢れる。
「泣いていい。あなたは生き残った。それだけで……価値がある」
ゴゼンの声は低く、優しく震えていた。
こうしてミツヒデは、ゴゼンに預けられることとなった。
それは、少年の人生を大きく変える出会いだった。




