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新入生15

生徒たちがざわめきながら荷物をまとめていく中、名前を呼ばれた二人だけが場に残された。

「ミツヒデさん、ノブナガさん、前へ」

静寂が広がる。

教室の空気が、わずかに緊張の色を帯びた。


ノブナガはゆっくりと立ち上がる。

足が重い。心の奥に沈んだ錘を、引きずるような感覚だった。

隣に立つミツヒデに横目をやる。彼もまた、無言のまま前へと歩き出していた。


二人の歩調が自然と重なったとき――

壇上のゴゼン先生が微笑んだ。

「ノブナガさん……やっと、会えましたね」

その声は、春の陽だまりのように温かく、どこか懐かしささえ含んでいた。


だがノブナガは、その柔らかい声に表情を変えず、まっすぐに相手を見据える。

その瞳の奥に、自分と同じ色を探すように。

――けれど、胸の奥はさざ波立っていた。

(何年も放っておいて……今さら、そんな顔で笑うつもりかよ)

表には出さなかったが、怒りとも寂しさともつかない、こみ上げる何かがノブナガを満たしていた。


ゴゼン先生は変わらず穏やかに、手にしたカードを差し出す。

「これは生活用のカードです。寮の鍵と校内の地図が入っています」

カードを受け取るとき、ノブナガの手がかすかに震えた。

その震えに、本人すら気づいていなかった。


「二人とも……これからいろいろ大変なこともあると思います。でも、支え合ってくださいね」

その言葉に、ノブナガは答えない。

ただ一度、静かにうなずくだけ。


隣に立つミツヒデもまた、微動だにせず、しかし鋭い眼差しで壇上の女性を見つめていた。

(この人が……ノブナガの、"母"?)

言葉にはしないまま、視線だけがノブナガに向かう。

ノブナガもまた、それに気づいていた。


二人のあいだに、言葉のない感情が静かに流れる。

――それは、幼少の記憶のなかにこびりついた手の温もり。

自分に向けられたはずのそれが、誰に渡ったのかを測るような、重たい視線。


警戒と共鳴、共感と距離感。

名前のつかない感情が、互いの胸の奥で絡まり合っていた。


教室の後方では、他の生徒たちがざわつき始めていた。

「ねえ、今の二人……やっぱゴゼン先生と関係あるんじゃない?」

「てか、ミツヒデくんって完璧すぎ。もう雰囲気が異次元なんだが」

「ノブナガくんの目、なんか人間味ないっていうか……鋭すぎる」

「双子説マジかも。全然似てないけど、どこか通じ合ってる感じするし」

「えーでも性格もオーラも真逆じゃない?」

「逆にそれが余計リアル……!」

好奇心とざわめきが渦を巻き、二人の存在を過剰に演出していく。


その中で、リュウセイが大声を上げた。

「ノブナガとミツヒデで対談させようぜ! “未来の魔法界を背負うのはどっちだ!?”って感じで!」

「うわ、それ見たい!」「伝説の兄弟対決~!」


教室の中央にあっという間に輪ができ、二人は半ば強引に向かい合って座らされる。

「……よ、よう。ミツヒデ」

声が思ったよりも小さく震えていたことに、ノブナガ自身が少し驚いた。

「こんにちは」

ミツヒデは、いつもの落ち着いた調子で返した。


しかしその声には、ほんのわずかに、引っかかるような温度が混じっていた。

沈黙。


「……それだけかよ」

ノブナガが乾いた笑いを漏らす。だがミツヒデは静かに頷くだけだった。

それ以上、言葉は生まれなかった。


「なにそれ、地味すぎ~!」

「もっとバチバチやるかと思ったのにー」

「兄弟ゲンカ、期待してたのに~」

生徒たちの期待はあっさりと肩透かしに終わり、やがて輪は解散していく。


残されたのは、沈黙の中に並ぶ、二人の少年だけだった。

入学式の終わりを告げる鐘の音が、遠くから静かに響く。

ノブナガは立ち上がり、低く、息を吐くように口を開いた。


「……ミツヒデ。お前には……聞きたいことが山ほどある。

でも、今は……」

言葉が、詰まった。


「……まずは、友達になろう」

差し出した手は、微かに震えていた。


怒りでも、疑念でもない。ただ――自分でも言葉にできないものが、こもっていた。

ミツヒデはその手を見つめ、一瞬、何かをためらうような目の動き。


だが彼は、静かに手を伸ばし、しっかりと握り返した。

「ノブナガ。君と……ちゃんと話したい。向き合ってみたい」

その手は、あたたかかった。


握り合った瞬間、心の奥で何かが音を立てて、動き出した気がした。

「ちょ、ちょっと待ったー! なにその青春ドラマ展開!? もうエンディングテーマ流れるレベルなんだが!」


ヒデヨシの突っ込みが飛び、場の空気が一気に緩んだ。

教室中に笑い声が広がっていく。

ノブナガとミツヒデは、互いに一度だけ視線を交わした。

その目に、確かに映っていた。


――まだ終わっていない。

ここからが、始まりだ。



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