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滝とノブナガ1

滝の国とその世界


第一章 滝とノブナガ


「滝切り」――


それは魔法剣士の基本にして登竜門。水の流れを斬るという不可能に挑むことで、魔力と気力を鍛え、精神を鍛錬する初歩の魔法技術である。


しかしその“基本”は、多くの若者たちにとって、いきなりの挫折となる。



山々が連なる深緑の地――。音を立てて落ち続ける滝の前に、ノブナガとその父・ノブヒデの姿があった。


白い道着と袴に身を包み、ノブナガの右手には刀――“業物”へし切長谷部。柄元に六つの小さな団子飾りが揺れている。振るたびにシャランと微かに鳴った。


十二歳のノブナガは、まだ小柄な少年だ。しかし目には決意が宿っている。

この世を変える。天下を統べる。そのためには力が要る。


「構えろ、ノブナガ」


父の声に頷き、ノブナガは中段に構える。


魔力を刀に流し、集中する。


足幅は肩幅、腰は落とし、呼吸は深く。――己の中にある力を、刃先へ。


「――うらあッ!!」


叫びと共に、ノブナガは力強く振り下ろす。

刃が光をまとい、真っ直ぐに滝へ向かって振り下ろされた。


だが――


ザアアアア……ッ!!


滝は微動だにせず、先ほどまでと変わらぬ勢いで流れ続けていた。


ノブナガの魔力は、滝に触れることすらできていなかった。


「……クソッ」


力の抜けた腕が刀を地面に落とす。


「父さん、俺……この魔法、無理だよ」


「何を言うか」


「水を、刀で切るなんて……考えてみりゃ、できるわけないじゃないか」


ノブナガはうつむき、拳を握る。


その拳が震えていたのは、寒さではなかった。


「バカ者が!!」


ノブヒデの怒声が滝の音を貫いた。


「刀を投げ捨てるな! それはお前の魂だろうが!」


ノブナガは歯を食いしばり、落ちた刀を拾い上げる。


「……ごめんなさい」


「まだ三日だ、ノブナガ。失敗するのは当然だ」


そう言うと、ノブヒデは一歩前へ進み、構えを取った。


「見せてやる。これが“水門切り”だ」


中段――からの一閃。


父の一振りと共に、滝が――


ズバッ!!


空気を裂く音と同時に、中心から左右へと割れた。まるで、水が道を譲ったかのように。


「……なんで……できるんだよ……」


「魔法は才能じゃない。気力と魔力の掛け算だ。どちらかがゼロなら、結果もゼロになる。だが、たとえ1でも、かけ合わせれば結果は生まれる」


ノブヒデはそう言って微笑んだ――が、次の瞬間、激しく咳き込み、右手で口元を覆った。


「父さん!」


「ああ……大丈夫だ。少し疲れただけだ」


しかしノブナガは、その手のひらに赤黒い血がこびりついているのを見逃さなかった。


その夜。ノブヒデは病院へ運ばれ、診察を受けた。


ノブナガが、薄暗い診察室に呼ばれる。消毒の匂いが鼻につく。


医師は重い口調で言った。


「ノブナガ君……残念だが、お父さんは“魔封病”にかかっている。現在の医学では治療は不可能だ」


「……」


「もって三か月だ」


頭の中が真っ白になった。世界の音が、遠ざかる。


父に伝えるべきか――いや、伝えられるわけがない。


病室の扉をノックもせず開ける。


「父さん……」


「おう、ノブナガ……悪いな、しばらく練習には付き合ってやれそうにない」


「いいよ……俺、一人でも練習する。きっと、できるようになるから」


ノブヒデは微笑み、窓の外を静かに見つめていた。


「……そうか。じゃあ、行ってこい。もう晩飯の時間だろう」


ノブナガは頷いて病室を出る。ノブヒデはその背中を見送り、小さくつぶやく。


「……自由に生きた人生だった。だが、まだ終わっちゃいけねぇ。ノブナガに、“諦めるな”と言ったからにはな……」


そして、封印球を握りしめ、思案する。


「……渡すタイミングが難しいな……」



数日後。滝の前


「うらあぁぁぁ!!!」


ノブナガは叫び、振るい、何度も滝に挑む。


「父さんはもう長くないんだ……俺がこの魔法を完成させて、安心させなきゃいけないんだ!」


魔力を刃に込める。だが、滝は斬れない。


水は、壁のように立ちはだかる。


(なぜだ……なぜ、俺にはできないんだ……)


何度も、何度も――


振り下ろしても、滝は裂けるどころか、その流れさえ揺らがない。


握る手が震え、膝が地面についた。


「まだ……ダメか……」


その頃、病室のノブヒデは小さく呟いていた。


「……あいつは、今日も練習してるんだろうな」


そして、ゆっくりと笑う。


「いいぞ……ノブナガ。お前なら、きっと乗り越えられる」

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