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69 レヴァントの意志


 ミハエルは、堕天使ルシルフィルと同化したレヴァントの、そのズタズタに傷付いた身体を優しく抱きしめた。


 引き剝がした堕天使の思念はセメイオチケが切り裂くだろう……すべての戦いが終わるのだ。




 しかし、レヴァントの血塗られた狂気の表情は、やわらかく穏やかなものへとは変わらなかった。

 堕天使の思念はレヴァントから離れない。

 いや、レヴァントの意志が堕天使ルシルフィルを離さないのだ。


(どういうことだ、レヴァント!)


 堕天使レヴァントを抱きしめるミハエルの胸に、ひとつの幻影が流れ込む。



 ◇



 暗闇のなか、ミハエルと対峙するように女暗殺者レヴァントが傷だらけの姿で立ちはだかる。


 ときおり赤い風の吹く暗黒の空間にたつレヴァント。


 全身血まみれのなか、亜麻色の髪をなびかせて可憐な表情があった。

 そこに、ようやくミハエルはずっと求め続けていた彼女の表情をみる。


 レヴァントの生まれ持った緑色の瞳は暗闇の底を覗き込むように深く、しかし、どこか吹っ切れたような覚悟をミハエルは察知する。


「ねぇ、ミハエル……」

 少しはにかんだかのように、でもどこか投げやりな調子で彼女が呼びかけた。

「もう、終わりにしてよ……私を、堕天使ごと消し去って。」


「はあっ!? な……んだと? なんだとレヴァント」


 ミハエルはその言葉に驚愕する、ただ信じられないと彼女を見つめ返す。

 レヴァントの瞳には、切り刻まれた彼女の心の痛みが滲みでている。

 まさに彼女自身が堕天使そのもののような哀しみが浮かんでいた。


 ミハエルは問いかけるように叫ぶ。

「どういうことだ、なぜ……」


 レヴァントは軽く肩をすくめて、少し冷笑を浮かべると、自分の胸に手を当てて軽く拳を握る。

「どうもこうも何もないでしょ。

 私、ルシルフィルの血筋だもん。その血が流れてる限り、私がどうしようもない憎しみを背負った存在なんだって気づいたの……

 革命のため、仇のためとはいえ、散々人を殺したんだよ。

 親も子供もいるかもしれない、

 愛する人がいるかもしれない、

 そんな懸命に生きる人達を……理由があったとはいえ

 憎しみにかられた暗殺者として、王族まで手にかけたんだ。


 そんな血塗られた私が、あんたや騎士団の元に帰れるわけないでしょ」


 その絞り出された必死な言葉に、ミハエルは視線を伏せる。しかし、それでもレヴァントを睨み返した。


「本気かよ?

 誰もお前をそんな奴だなんて思ってやしねえよ。

 お前の血が、たとえ堕天使から来ていようとも、そのすべてを、お前の命ごと消し去ることが贖罪だと……本気で思っているのか?


 関係ねえ、関係ねえよ!

 皆、お前を待っているんだ!


 お前が堕天使の血を引いてようが、人を何人、何百人殺していようが、関係ねえ!


 一緒に、これからも一緒に生きるんだ!」


 叫びすぎて、ミハエルの喉がつぶれ血が口から吐き出た。


 レヴァントは短く笑ってから、微かに首を振る。

「贖罪なんて立派なもんじゃないよ。

 ただ、わたしの存在がどういったものか、分かってるつもりだからさ。


 それに、私がルシルフィルの血統を絶やすことで……ほんの少しはこの世界に平和が戻るんじゃない?


 みんなの事、あんたの事は大好きだよ

 だから、わたしは自分を許せないんだ」


 レヴァントは最後に小さく笑みを浮かべる。それは自嘲的で、しかしどこか安堵が混じった微笑みだった。


「今までありがと、ミハエル……最後まで、迷惑かけてごめんね」


 彼女のその強がりにも似た声が聞こえると、最後の力を解き放ったレヴァントは堕天使ルシルフィルとともに、ミハエルを宇宙空間ともいえる上空に弾き飛ばしていた。


 ◇


 レヴァントの心の中。


 しかし、ミハエルを弾きとばした時をほぼ同じくして、堕天使のなかのレヴァントの心の奥にも、一人の女が現れ彼女に語りかけていた。


 白を基調とした青の美しい刺繍が施された聖なる衣。

 その女の優雅にして風になびく白銀の髪は堂々として美しかった。

 それはマシロ・レグナードの思念体。

 透き通るほどに穏やかな蒼い瞳がレヴァントを見つめ、慈しみと威厳が交わった静かな声が響く。


「レヴァント


 レヴァント、お前が背負ってきた苦しみのほとんどは私が背負わせたものだ。許されざる行為を犯した愚かな私を、どうか許してほしい。


 そして、私の話を聞いてくれ。


 命とは、お前が今まで犯した過去の罪だけで測られるものではない。


 お前は、自らの命を投げ出すことにより、その苦しみから逃れることができると思うかもしれない。


 しかしそれは違う、生きることもまた、贖罪のひとつだ」


 彼女はレヴァントに歩み寄り、そっと肩に両手を置く。その触れた手のひらは暖かく、まるで慈母のような安らぎを宿していた。


「命とは、自らの意思で捨てられるほど軽いものではない。


 自らを滅することによってお前の魂は果たして救われるのか?

 それはお前の、お前を愛する者の……双方の未来に訪れる可能性、その一切を自らの手で閉ざしてしまうことになるのだ」


 ———— 愛する者の未来、その可能性を閉ざす


 その言葉に、レヴァントの心は揺らぐ。マシロ・レグナードの思念は、彼女の弱さや迷いを優しく包み込みながら話しを続けた。


「お前の内には、美しい心も、希望も……女としての愛情も

 いまだ力を持って生きているのではないか?


 それを見つめて、誰かに注ぐことが出来るのも、お前だけなのだ。

 苦しみが深ければこそ、それを乗り越え、愛する者と共に新しい未来を築き上げることができる。


 自分を赦し、命をすべての未来のために使いなさい。

 お前が生きることでしか、自身の魂は真に解き放たれることはないのだから」


 女は穏やかに微笑む。その微笑みは、天と地を包み込む深い慈愛が宿っていた。

 さらに、力強く語りかけるように言葉を紡ぐ。


「だから生きろ、生きてくれレヴァント。


 過去に縛られない、お前自身の道を見つけるために。


 お前が今ここに立っている意味、それがどれほど深いかを知っているからこそ、命を捨てずに歩むことを願う。


 レヴァント・ソードブレイカー、ミハエルと共に未来へ向かう勇気を見せてみろ」


 マシロの言葉にレヴァントの心は揺れる。


 しかし、時はすでに遅くミハエル・サンブレイドを最後の力を持って上空に弾き飛ばした後だった。


 ◇



 傷付いた身体を引きずり白い狼は上空を見上げ、気高い咆哮を上げる。


 その腹の中でマシロ・レグナードが身に着けていた聖霊セラフィニアの涙『セラフィス・ティ』がひときわ強く輝く。


 かつて堕天使ルシルフィルが愛した風の聖霊セラフィニア。



 ———— ルシルフィル、たとえあなたが憎しみの想念になろうが……どうか、私とひとつに



 その涙『セラフィス・ティア』が、地獄の戦場に風を巻き起こす。レヴァントの身体に宿るルシルフィルの思念を強く呼ぶ。


 今、聖霊セラフィニアと、大天使センデルフェンの子孫マシロ・レグナードの思念、そして眷属である白い狼『ヴァルハーネ・セレフィノア』の意志。


 この三者の意思が一つとなり、神話の時代からの物語の決着をつけんとしていた。




 ———— 愛する堕天使ルシルフィル、今この腕のなかへ


 美しい声だけが、風と共に地獄の荒野に響きわたっていた。



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