2 呼ぶ声 ーCalling
その時。
軽い眩暈がした。
視界に白くかすみが掛かると、世界が上下左右に大きく揺れた。
―――― ん、んん……
「うおおおぉっ!」
なぜか目の前に魔物の牙が迫っていた。
反射的に、拳を横から叩き込み魔物を後退させる。
(いきなり、目の前にナイトマーレンが……!!!)
さらに足さばきで十歩ほど離れる。
思考が現実に追いついていない。
翼の生えた狼の魔物が、再び飛びかからんと牙を剥く。
顎は大きく、鋭い牙がぎっしりと並んでいる。口を開けると、深紅色の舌がちらつき、唾液が常に滴っている。
勝手に、体が動いていた。
剣が十字に走り、魔物が切り裂かれ鮮血を上げて吹き飛んだ。
(な、どうやって俺は間合いを詰めたんだ?
いや、一歩も動いていない。剣の放つ衝撃波のみでナイトマーレンを斬ったとでも?)
「!?」
背後の気配に振り向くと、壁際にエルフの母親が幼子を抱いて立ったまま震えている。
避難誘導はおおかた終了とキャスパーは言っていたが。
逃げ遅れた、もしくは、こちらが保護できていなかったか?のどちらかだろう。
「あ、ありがとうございます」
礼を言うエルフの母親に、俺は優しく声をかけ子供の頭を撫でる。
「怖い思いをさせたな、もう大丈夫だ。俺の後ろにしっかりと付いてこい。避難場所まで誘導してやろう」
周囲を見渡すと直近に魔物の影はない。
戦闘の音は聞こえてくるが、討伐完了の気配となってきている。
さて。
(俺は、無意識のうちにエルフの親子を守るために駆け寄った? イヤ、駆け寄ったというレベルじゃない『瞬間移動』だろ、それからのナイトマーレンを斬った動き……)
周囲の警戒を怠らず、背後のエルフを気にかけながら一歩、一歩と進んでゆく。
(あれはどう考えても、俺自身の動きじゃねえ)
□
教会前の避難場所にエルフの親子を送り届けた時には、すでに魔物の討伐は終わっていた。
死者は一人も出しておらず、ケガを負ったものはエリスヴァーレンをはじめ医療班で応急処置が適切になされていた。
最低限の団員をのこし、すでにルカアリューザを先頭に被害調査などの事後処理が始まっており、ここに留まるのも少々面倒な気持ちが生まれ始めていた。
「ミハエル団長~♪」
声のほうを見ると魔術師リオナフェルドが、酒好きのエルフ達とシートを引き酒宴を始めていた。
メガネを掛けているとはいえ、聡明で美しい外見を持つ彼女はエルフの少女らと比べても遜色ない。
「おうリオナ! 今日の照明弾はまた一段と明るく戦場を照らしてくれたぜ」
他の団員はまだ働いているが、彼女は今日の功労者でもあるし、大目に見ざるえないだろう。
見上げると彼女の放った五個の照明魔術弾が、上空から未だに村を照らしている。
「てへ、ありがとうございます……団長……んんっ?」
その時。
斜めにカットされた前髪、メガネの奥の紫色の眼が何かを察知する。
また、眩暈がした。
蛇が地面を這うような音が聞こえ……頭の中で声が聞こえる。
はっきりと聴き取れる声が。
《これしきの魔力の流れを読めないでどうする》
俺とリオナ、二人同時に叫んでいた。
「「ここから、離れろ!」」
「みんな離れて! はやく、いそいでぇ!」
リオナフェルドが聡明な顔をゆがめ絶叫する。
訳の分からぬまま団員とエルフ達は駆け出す。
俺は手が届く範囲の子供をすべて抱き抱え、リオナを蹴り飛ばした。
瘦身とはいえリオナは面白いほどの距離を吹っ飛びゴロゴロと転がった。
飛ばされた先で彼女の呪文の短詠唱が完了する。
風魔法が発動し、俺をはじめ広場に避難していたものを突風が吹き飛ばす。。
直後、轟音と共に巨大な火球魔法が避難所を直撃していた。
火球が直撃した地点は一瞬で爆発し、土砂と火の粉が四方に飛び散った。炎は赤い蛇となり地面を這い回り、焼けた土と煙が立ち昇る。熱気が波となって押し寄せ、周囲の空気が灼熱に変わった。
何とか立ち上がり、目の前の光景を確認した。
火球が直撃した地点は深くえぐられ、巨大なクレーターが形成されている。地面は焼け焦げ、わずかな下草もすべて消失していた。
「みんな、大丈夫か!」
叫び声を上げながら、無事を確認する。まだ燃え続ける残り火の中で、エルフや団員たちは徐々に立ち上がり、無事を確認し合っていた。
リオナフェルドが駆け寄り、呪文の詠唱を始める。ふたたび放たれた風魔法が、周囲の残り火を吹き飛ばし、燃え盛る火を鎮めていった。
「これ何なんだよ、いったい」
俺は、鎧に着いた泥を払い落す。
「団長、大丈夫ですか? これ、かなりレベルの高い、遠隔での魔術攻撃ですね。ただ、連撃は難しいでしょうから心配はないかと思います」
リオナフェルドが黒髪をかきあげ、メガネの位置をなおし説明をする。
コイツ顔と頭は良いんだが、いくぶん話が長い。
野営地に帰りたくなってきた。
『遺跡都市カフカ』にて『超古代兵器』とやらが発見されたのがつい先日で、王都では調査団が現地に向かうために準備を整えている。
俺たち王国第二騎士団はその先遣隊として遺跡都市カフカに向かっている途中だ。
『超古代兵器』など俺にとっては意味の分からぬシロモノだ。
俺にとっては……行方不明の団員。
いや団員以上の存在、幼馴染であり恋人であるレヴァントの捜索が個人的には何より優先なのだ。
レヴァント……俺は、お前を必ず見つけ出す。