西折りの枝
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
貧乏くじを引く。
そう感じたことが一度もない人、というのは世に少ないほうじゃないかと思う。
損で割に合わない役回り。はたからはそう見えずとも、個々人がそう感じるハードルは違うからな。「くっそ、損した」とぼやくにせよ、頭の中でつぶやくにせよ、経験があるんじゃないかね。
だが、これらの貧乏くじ。存在する以上、誰かが背負わなきゃいけない。
それによって大を救えるのをよしとするか。背負わされる小をおもんぱかるべきとするか……これもまた一概にどちらが正しいとかもいえない。
そのぶん、人以外のものであったなら気はふさがなくて済むかもな。仮に彼らが泣き叫んでいたとしても、その声は俺たちに届かない。届いてこないなら、気が楽だ。
知らぬが仏、知れば修羅。
そういうことはごろごろあるが、知れるのはたいてい被害が出てから。俺たちは知らぬ間に多くのものに守られてんのかもな。
最近、聞いた話があるんだけど、耳に入れてみないか?
友達が話していたんだが、敷地内に西向きの木が立つとき、それは「西折りの枝」を持つものかもしれないんだと。
こいつは木の種類によって判別がつかない。そこにひっつくものによって、判断がつくんだと。なんでもその木の枝に、妙な毛虫がくっついているのだそうだ。
その毛虫は、ひと目で分かる蛍光色を帯びているらしい。種類によるが、おおよそ黄色に近い色合いを持ち、大きさは指に乗っかるほどだという。
こいつは人身御供ならぬ、枝身御供。西より迫る災いを食い止めるときの備えとなるのだとか。
天気は西から東へ変わる、というよな? どうやら悪しき流れってのも、西からやってくることが多いらしい。強い風に乗ってな。
それを西折りの枝は、身体を張って受け止める。たわみ、きしみ、折れ落ちようともだ。
そいつにとっては、壊れることこそが本懐といえるらしい。それによって悪しき流れも満足し、いずこかへ去っていくのだそうだ。
常に悪いことに対する最前線へ立たされる。仕事と割り切っても、よっぽど使命感の強いヤツじゃなきゃ、引き受けたいとは思えない立場よな。
だからこそ、その場に立ち続けることを生涯とする木におまかせするわけだ。それが本来の仕事で折られなかった場合、やっかいなことが起こるらしい。
友達の話では、十数年前に西折りの枝が折られてしまったことがあるとのこと。
友達の遊び仲間のひとりが、木登りをした際にぽっきりとな。公園の敷地内の木だし、遊び道具に使われるのも、仕方ないところがあったかもしれない。
遊び仲間がその木の枝に足をかけたとき、相応の太さがあったにもかかわらず、枝は根元から見事に折れた。
足の支えを突然失い、バランスを崩しかける遊び仲間だが、どうにか幹へすがりついて落下は避ける。
しかし、枝はというと重力には逆らえず、地面で一度大きくバウンド。余力で転々と回りながら、友達の足下にまでやってきた。
そこには野生のものにしては、あまりに無防備に照り輝く、黄色い毛虫が張り付いていたんだ。
話を知っていた友達は、西折りの枝が折れてしまったとおののいたが、遊び仲間はその手の話を聞いたことがなく、たいした問題にはしていなかったらしい。枝を折ったことそのものに後ろめたさはあったようだがね。
けれども、翌日の学校から妙なことを話す生徒が増えた。
何かが自分のことをつけているのでは、というんだ。
「誰か」でないのは、それがどうやら足音ではないかららしい。
ずりずりと這いずる音。ぱきり、ぱきりと破片を踏み砕くような音。
それらがふとした拍子に自分の耳へ飛び込み、大きくなってくるのだと。
音がする方へ振り返っても、その源となったものの姿は見えず。どうにも気味が悪くて、足もつい早まってしまうという。
それ以上の具体的な被害は出ていないが、うわさがうわさを呼び、僕も、私もと声をあげる子が増えてきた。
どこまでが本当なんだか……と、余裕の構えの遊び仲間に対し、友達は気が気でなかったという。
それから何日も経って。
遊び仲間の彼と帰る友達は、話に相づちを打ちながらも、周囲を警戒していたそうだ。
通学路は見通しの良い田んぼ沿いの道がほとんどだ。それでも、とある企業の建物が途中にあり、その車両搬入口前を通りかかった際。
ころり、と何メートルか離れた搬入口のトンネルの上から破片が落ちた。片手で握り込めるほどの大きさだったが、音を立てるには十分。
彼も友達も、ついそちらへ顔を向けたが、それを蹴り落したような主の姿はない。たまたまかと向き直り、またいくらか歩いていった。
次に来たのは、木のさざめきだ。
みしり、めきり、がさがさと、木を登る何者かの気配がした。あからさまな音の立て方だった。
また二人が振り返ると、今度は建物の敷地ギリギリ。フェンスを挟んで向こう側。
植えられたシマトネリコたちが、風もないのに揺れている。そのまばらな葉の生え具合から、よほどの小動物でなければ身を隠すのは難しいだろう。
二人はじっと木を見据えて、リスのたぐい一匹も逃すまいと意識を向けるも、それ以降は木も揺れを止めてしまった。まるでだるまさんがころんだをしているようだ。
友達はもちろん、彼も妙だとさすがに思ったらしい。
そういえばこの建物、自分たちから見て西よりに立っている。あの搬入口もあの木も、自分たちからは西からだ。
――悪い流れは西から流れてくる。
西折りの枝のことを思い、友達は彼をうながしてその場を離れようとしたんだが。
ぺきりと、また音が鳴った。今度は枝などじゃない。
アスファルトだ。二人が立つ位置より、ほんの数メートル先に人の足裏ほどの大きさの陥没が不意に生まれたんだ。
はじけ飛ぶ石の、中ほどからも折れ砕く力を持ちながら、振動をほぼ感じられないほどの軽さ。単なる劣化と称するには、不可解にすぎる。
それがさらに一歩、二歩と、次々道路を沈めながら自分たちへ近づいてくるんだ。逃げに入るのは自然な動きだったかもしれないが……どうにも、判断が遅かった。
彼が急にうつ伏せに倒れるや、その足首あたりが「ぺきっ」と音を立てる。
苦しげな叫びをあげる間に、そいつは彼の膝、腰、背中、肩と踏みつけ、同じような音を響かせていったらしい。
その部分が服の上からだとしてもはっきり分かるくらいの陥没。彼の口からも血がにじみ、友達はすぐさま救急車を呼んだのだそうだ。
彼が被害に遭って以来、その姿なき気配の話はぱたりと聞かなくなった。
その流れてきた悪い気が、いろいろな人に近づきながら彼を探していたのかもしれない。
そうして与えてきたのが罰なのか、礼なのかは分からないがね。