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エピローグ



 リッチをバラバラに斬り刻んだ男は、血でも振り払うように剣を一振りする。

 それだけで、まるで夜を切り裂いたかのように周囲が明るくなった。

 そのお陰で改めて確認できたが、どうやら男は人族のようである。


 漆黒の長い髪に瞳、若くも老けても見える精悍な顔つきから判断するに、年の頃は20代後半くらいだろうか。

 黒装束に身を包んでいるため服装からは判断できないが、なんとなく感じる気品から恐らく貴族ではないかと予測する。

 こんな場所に何故貴族が? と疑問が浮かぶが、今はそれよりも――



「まだだ! まだ終わっていない!」



 リッチが不死者(アンデッド)である以上、斬り刻んだところで死ぬことはない。

 ただ、通常の不死者(アンデッド)であれば、ここまで細かく切り刻まれれば再生することはないのだが、リッチの場合は再生してしまう可能性がある。

 これはリッチが不死者(アンデッド)としては例外的に魔力を操れることが理由で、たとえ骨をバラバラにされても魔力によって自ら再構築をしてしまうのだ。

 リッチを完全に無力化するためには、浄化魔術(カタルシス)で仮初の魂を解き放つか、塵も残さず消滅させるしかない。


 アタシの声に反応したのか男は、バラバラに散らばったリッチの骨片を一瞥する。

 男の片目が一瞬紫色の輝きを放ったように見えたが、アレはもしかして魔眼だろうか?



「成程、リッチだったか。では、こうするまでだ」



 そう言って男は、剣で地面を数回斬りつける。

 すると、再生しようと動き始めていた骨片が跡形もなく消えてしまった。



「え? 今アイツ、何やったの?」


「恐らくですが、無作為に転移させたのでしょう」


「転移……? それって、空間魔術ってこと?」



 空間魔術とは、空間と空間を繋いで一瞬で別の場所に転移したり、異空間に移動したりといったことが可能な魔術である。

 非常に高度な術で取り扱いが難しく、使い手はほとんどいないと聖女学校で習った。



「そう聞いています。……ただ、あのような使い方ができるのは、恐らくあの方くらいのものでしょう」


「いや、凄い術者ってことはわかるけど、確か空間転移って抵抗できるハズじゃ――」


「抵抗できないようにすればいいだけの話だ。生物の場合は意識を奪うか、首を切り離せばいい。不死者(アンデッド)は、跳ばせなかった部分が魂の宿った箇所ということになる。コレ(・・)だな」



 男はそう言って地面の何かを剣で突き刺し、見てみろと言わんばかりに差し出してくる。

 良く見るとそれ(・・)は、首の骨か何かに見える。……実際に骨を見るのは初めてなので、あまり自信はないが。



「この状態であれば何もできないだろうが、念のため聖水でも振りかけておけばいい」


「では、こうしましょう」



 時雨はそう言って、自らの尻尾を骨に押し当てる。

 先程まで増量していた尻尾とは違い、元々の尻尾はまだたっぷり聖水がしみ込んでいるため十分な効果があるだろう。



『オ”オ”オ”ォォォォォォ!!!!!』



 骨から断末魔のような叫び声が発せられる。

 本来聖水だけでは仮初の魂を浄化することはできないが、これほど直接触れれば流石に効果的なようだ。



「これで問題あるまい」



 男が無雑作に剣を振るうと、刺さっていた骨が外れ闇の中へと消えていった。

 リッチともあろう者がこんなにも雑に処理されるなんて、彼(?)は一体どんな気持ちだったのだろうか……

 同情する気はないが、それに似た微妙な気分にはなった気がする。



「お久しぶりです、ジェラルド様。またしても危機的状況から救っていただき、なんと感謝を申し上げれば良いやら――」


「半年ぶりか。お前は会うたびに死にそうになっているな、時雨」



 時雨の口ぶりから知り合いだとは思っていたが、前にも救われた?

 それって、もしかして……



「時雨、もしかしてこの人って――」


「ああ、この方はジェラルド・プルートー様。ヴィオラ様の旦那様だよ」



 やっぱり!

 半年って時期と救われたという言葉から、さっき聞いた話と情報が一致しているのですぐに気付いた。

 ……ただ、こんなおっかない男とヴィオラが……、と思うと全然イメージが結びつかない。



「えっと……、た、助けていただき、ありがとう、ございます。アタシは、ヴィオラと聖女学校時代――」


「話は聞いている。今日は我が妻と、その友人であるシトリンの願いにより馳せ参じた」


「っ!?」



 ど、どういうことだ!?

 なんで、ヴィオラとシトリンが、アタシのことを……?



「驚くのも無理はないが、私には説明している時間がない。詳しくはアレ(・・)から聞け」



 そう言って男――ジェラルドは、振り返りもせず親指で背後の闇を指す。

 すると、闇の向こうから誰かが近付いてくることに気付く。

 徐々に距離が近付いてき、すぐにその全容がわかるが、何よりまず先にその者が手からぶら下げていた物体――三つの首が目に入る。



「ヒッ!?」



 思わず情けない声が出てしまい、少し情けない気持ちになる。

 先程まで、もっと惨い死体をいくつも見ていたというのに……



「っ! 人狼っ……! 何故ここに!」



 現れた男の姿を見て、時雨が険しい表情を浮かべる。

 その視線には、明らかに敵意が込められていた。



「ん? いや、別にワーウルフってワケじゃねぇんだけど、なんかメッチャ睨まれてる……。旦那、俺、何かマズったか?」


「問題無い。それより、術者は全て仕留めたのか?」


「一応、近くにいた魔族は全部やったハズだぜ」



 遠目にはわからなかったが、どうやらあの男が手からぶら下げているのは魔族の首らしい。

 ということは、他にもまだ死霊術(ネクロマンシー)を使う術者が潜んでいたのということか?

 もしかしてここは、死霊術者(ネクロマンサー)の聖地か何かだったのだろうか……



「時雨、その男は変化の術を使ったただの人族だ。警戒する必要はない」


「変化の術……? そんな術が存在しているのですか……」


「ステラでも一般人にはあまり知られてないマイナーな秘術だからなぁ……、知らねぇのも無理はねぇよ。ホレ」



 そう言って男は、本当に姿を変化させて見せた。

 乱雑に伸ばされた赤髪に筋骨隆々としたガッシリとした体付き、そしてやや彫りの深い凛々しい顔つき……、単純な見た目だけで言えばアタシ好みの外見をしている。



「……高度な術ですね。見た目だけでなく、臭いまで変化するとなると、魔眼の類でなければ見破るのは困難に思えます」


「だからこそ、適任と思い連れてきた。しばらくの間、この男を貴様達に貸し出す。好きにこき使うといい」


「ちょ、旦那! 確かに護衛は引き受けたが、こき使われる気はねぇぞ!」


「黙れ。タダ同然で貴様の女にヴィオラの手ほどきを受けさせてやっているのだ。拒否権はないと思え」


「ぐぬぬ……、それを言われると弱いぜ……」



 どうやら、この男はジェラルドに何か弱みを握られているらしい。

 貴様の女をヴィオラに手ほどきさせている――と言っていたので、聖女の勉強でもさせているのだろうか?



「では、私はそろそろ行く。先程も言ったが詳しいことはこの男から聞け。何もなければ、数日後には一度様子を見に来る」



 ジェラルドはそう言うと同時に、一瞬で姿を消す。

 恐らく空間転移したのだろうけど、魔術の発動する気配すら感じなかった……

 もう何もかも、規格外過ぎる化け物である。



(ヴィオラは、アレ(・・)の子を身ごもったっていうのか……?)



 全然羨ましいとは思わないが、ただただ「やっぱアイツすげぇわ」と変な感心をしてしまった。





 ◇





「っ!? 時雨様! ご無事でしたか!」


「ああ。すまない、心配をかけた」


「いえ、時雨様がご無事であれば何よりで――、ところで、後ろの方々は?」



 門番の若者は、時雨の生存が余程嬉しかったのか少し気を緩めて喜んでいたが、アタシ達の存在に気付くとすぐに警戒を見せる。

 街の門番は下級兵士が務める印象だが、重要拠点を守る門番は重要職なので優秀な戦士が務めることが多い。

 この門番も、若いが相当の手練れであることが雰囲気から察せられる。



「この方々は、私を救ってくれた恩人だ。丁重に扱ってくれ」


「っ! そうとは知らずご無礼を! ……しかし、私も里の安全を守る身として最低限の確認はさせていただきたく――」


「無論だ。お二人とも、すみませんが、ご協力いただけますか?」


「「ええ(おう)」」



 門番は簡単な質問と持ち物検査を行い、紙に情報を記録している。

 特に武器の持ち込みなどに制限はないようだが、問題が起きた際などはここで記録した情報を元に捜査を行うのだそうだ。



「人族の方も珍しいですが、アナタは同族、ですよね? いえ、正直全く見覚えのない方というのも珍しいので……」


「へぇ、アンタ優秀な門番だな。このナリじゃ逆に警戒させちまいそうだし、アンタには説明しとくぜ。俺は人族だ」



 そう言って、妖狐族の姿に変身していた男――ゴルドは、元の人族の姿に戻る。

 これには流石の門番も驚いていたが、固有魔術や秘術の類は『恩寵(グレース)』のようなものなので、意外にも警戒されずに受け入れられていた。



 それから里の中に案内されたアタシ達は、真っ直ぐ里長の元まで連れていかれることとなった。

 正直アタシも時雨も限界近かったが、説明が最優先ということらしい。

 幸い回復薬や水は与えられたため、最後にもうひと踏ん張りするくらいの体力は回復した。



 時雨が里長に説明した内容には、アタシも知らないことが含まれていたため中々に興味深い話だった。


 どうやら現在、妖狐族の中で次期里長を決める話で色々と揉めているらしい。

 時雨はこの里長の第一子――言わば第一王子のような存在であり最有力候補だったのだが、尻尾の数が問題で批判する者や疎む者も多かったのだとか。


 そして今回、虎視眈々と里長の座を狙っていた三男が行動を起こし、時雨を罠に嵌めた。

 しかし事はそんな単純な話ではなく、実際は妖狐族の支配を目論む人狼族が裏で糸を引いていたらしい。


 この妖狐族の里は、ナイン・ライブズの王の一人である人狼族(ワーウルフ)――牙王(がおう)の統治する国に含まれており、その支配体制の強化のために人狼族と妖狐族は内戦状態にあるのだそうだ。

 そして妖狐族の弱体化を狙い、強欲な三男を利用して時雨拉致事件が発生した……というのが今回の騒動の真相であるらしい。

 ……なんと言うか、滅茶苦茶面倒なことに巻き込まれた感が凄い。


 あとの流れは簡単で、拉致された時雨が人狼族の隙をついて逃げ出し、不死者(アンデッド)の巣窟で力尽きていたところで、アタシに遭遇したというワケだ。



「やべぇな、かなりメンドクセー状況じゃねぇかコレ」



 本当だよ……

 里に着けばとりあえず安心して暮らせると思ったのに、戦争中とか勘弁して欲しい。

 約束が違うと恨めしい気持ちで時雨を見たが、何を勘違いしたのか「安心してくれ、君のことは必ず私が守って見せる」とか良い笑顔で言ってきた。

 そうじゃないんだよなぁ……、アタシは身の安全を保障して欲しかったんだよ……



 まあ、今更何を言ってもどうしようもないので、その件については今は考えないことにしておく。


 その後アタシ達は里長に盛大に感謝され、これでもかというほど接待を受けた。

 色々不安は残るが、現実逃避するには十分な体験だったと言えるだろう。




 ――翌日、アタシ達も立ち合いのうえ、三男である如月(きさらぎ)への追及が行われた。

 色々と証拠も残っており、部下の裏切りもあってすぐに罪は確定したのだが、わかりやすく開き直った如月は時雨のことを一尾の無能だとか、俺はそんな雑魚が長とは認めないなどと散々喚き散らした。


 それにカチンときたアタシは、つい時雨に『覚醒(アウェイクニング)』をかけてしまう。

 八尾になった時雨を見て、如月は色々な汁を垂れ流して情けない姿を晒し、アタシとしてはとてもスカッとしたのだが、その後がまあ大変な状況となった。


 どうやら八尾というのは、数百年現れなかったレベルの存在らしく、それを成したアタシは女神とまで讃えられることになってしまったのである。

 アタシがやったのは潜在能力を引き出しただけで、いずれは自力でなれるハズと説明したのだが、そんなことは関係ないとばかりに褒めちぎられ、いつの間にか里の妖狐族全員から崇め奉られる始末。



「……なんかコレ、もう俺いらなくね?」


「そんな薄情なこと言わないでなんとかしてよ!?」



 今となっては、対等に会話できる存在がこのゴルドだけになってしまった。

 里長候補の男達は、全員アタシを妻に迎えたいと毎日のようにモフモフした尻尾を絡ませてくる(求愛行動らしい)……

 どいつもこいつも顔が良いし、尻尾のモフモフも最高ではあるのだが、ある意味で天国と地獄が一緒に迫ってくるような状況なので精神的にキツイ。


 だからアタシ的には見た目も好みなゴルドに恋人役として盾になってもらいたいのだが、身持ちが固いのか「俺には心に決めた相手がいるから無理だ」と却下されてしまう。



「ア、アタシを守るために来たんでしょ!?」


「ソレとコレとは話が別だぜ」



 このゴルドという男は、あのジェラルド・プルート伯爵の客人なのだそうだ。

 なんでも恋人のトリアという女が、住み込みでヴィオラから聖女にについて学びつつ、身の回りの世話をしているらしい。

 冒険者であるゴルドも一緒に住まわしてもらっているそうだが、屋敷でゴロゴロしていることも多かったらしく、お前も仕事をしろと今回護衛として連れてこられたのだとか。


 改めて事情を聞いてシトリンとヴィオラには感謝の気持ちが絶えないが、その礼を言うためにはまず、聖痕に刻まれた呪印をどうにかしなければならない。

 これがある限り、アタシはステラに戻ることはできないし、スラムの元仲間達を支援しに行くこともできない。


 つまりアタシが目的を達成するためには、まずここで生きていく基盤を作り上げ、自由にステラに戻れる状況を作るしかない。

 妖狐族の求婚、人狼族との戦争、呪印の解呪など課題は沢山あるが、地道に一つ一つ処理していくしかないだろう。



「ルシオラ様! こんなところにおられましたか!」


「げ……、もう見つかった……」



 妖狐族は嗅覚が優れているだけでなく、変な感覚器官があるようで隠れていてもすぐに場所を特定されてしまう。

 それに感知されないほどの隠遁の術を使っていたリッチは、瞬殺されたとはいえやはり凄まじい術者だったのだろう。



「ゴ、ゴルド、助け――ってどこいったアイツ!?」



 咄嗟にゴルドに助けを求めようとしたが、アタシが振り向いた隙をついたのか一瞬でいなくなっていた。

 薄情者め……!





 全くもって、人生は何がおこるかわからないものである。

 スラムに生まれ、貴族に買われ、聖女になり、追放され、そして今は異国の地で獣人にモテモテと……

 最初に比べれば奇跡的なほど恵まれた状況なのだろうが、あまり喜べないのは何故だろうか?



 ――そしてどうやら、アタシの波乱万丈な人生はまだまだ続くようである……





予定よりボリュームアップしてしまいましたが、これにてこの物語は一旦完結となります。

私の書くイセコイシリーズはオムニバス形式の一つの物語のようなものなので、いずれまた今後のストーリーが語られることはあると思いますが、その際の主人公がルシオラになるかどうかは不明です。


以上、お付き合いいただきありがとうございました<(_ _)>

引き続きシリーズをお楽しみいただければ幸いです。

宜しければブクマや下の方で☆を付けていただくと、今後の励みになりますので宜しくお願い致します!



※補足

>呪印について

ルシオラは追放される際、聖女に施される聖痕の上に呪印を刻まれています。

この呪印はステラの地脈に反応し苦痛を与えるもので、この効果がある以上ステラで生きることは困難となります(すぐに死ぬようなレベルではないが、かなりの苦痛。そして厳密にはステラとの国境付近でも効果が表れる)。


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― 新着の感想 ―
[良い点] まさかゴルドまで登場するとは思っていなかったので、意表を突かれましたね~。 本筋のストーリー自体、面白かったですが、過去作の主要人物が登場しまくりで、お祭り的要素も楽しめました! [一言…
[一言] 完結おめでとうございます! まったく、モフモフ尻尾は最高だぜ!!( ˘ω˘ )
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