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後編



 いやいや待て、確かヴィオラの名前はヴィオラ・マーキュリーだったハズだ。

 プルートーではない……、ってそうか、嫁いでいたとしたら可能性はあるのか。

 現にシトリンだって嫁がされたし、アタシだって嫁がされそうになったのだ。

 アタシ達より一つ年上のヴィオラが嫁いでいたとしても、不思議ではない。


 それに、私は思ってしまったのだ。

 ヴィオラなら、あり得るかもしれないと。



「……そのヴィオラ・プルートーって聖女は、どんな見た目だった?」


「見た目か……、我々の価値観と人族の価値観は細かいところで違いがあると思うが、美しい女性だったことは間違いない。淡くきらめく黄金の髪は我ら一族の女人すらも羨むほどであり、均整の取れた芸術的体つきは見事と言うほかなかった。あれで子を身ごもっていると聞いたときは、心底驚かされたものだ」



 金髪に抜群のスタイルというのも、ヴィオラの情報と一致している。

 やはり、あのヴィオラに間違いな…………ん?



「ま、待て、今、子を身ごもっていると言ったか?」


「ええ、ヴィオラ様は我々を助けていただいた際、自分の身にも新しい命が宿っているとおっしゃられていました」



 マジか……

 色々と衝撃的な情報が多すぎて、思考の処理が追いついていない。

 聖女学校を卒業してから、まだ一年と少ししか経っていないのに、何がどうなってそんなことになっているのだろうか?

 しかもこの話が本当であれば、ヴィオラは妊婦の身でナイン・ライブズに来たということになる。

 もう、ワケがわからない。



「……その反応を見ると、もしや君はヴィオラ様の知り合いだったりするのだろうか?」


「まあ、ね。アタシとヴィオラは、聖女学校時代の同期だよ」



 ヴィオラは聖女学校の入学条件である「12歳以下であること」というギリギリまで待ってから入学した関係で、アタシやシトリンと同期でありながら年齢は一つ上だ。

 だから同期と言っても、アタシらはヴィオラに面倒を見てもらうことが多かった。

 シトリンなんかはお姉様と呼んで慕っていたし、アタシもなんだかんだ頼る場面が多かったように思う。

 アタシ達以外にも、ヴィオラに憧れる生徒は大勢いた。

 ……だからこそ、アイツが聖女に選ばれなかったときは、誰もが耳を疑ったものだ。



「なんと……、これは正に、神の思し召しではないか!」



 アタシは聖女でありながらあまり信心深い方ではないが、今回ばかりは神のお導きとやらを信じても良いかもしれないと思った。

 捨てられた場所で出会った獣人が、偶々(たまたま)ステラの聖女に対して友好的で、しかもその原因となったのが聖女に選ばれなかったハズの友人だとは、あまりにもでき過ぎている。

 偶然などという一言では、到底説明できない奇跡だ。



「……とはいえ、依然として状況はあまり良いとは言えない。神は我々に、与えられた奇跡に胡坐(あぐら)をかくことはお許しになられていないようだ」



 そう言って男は森の奥の闇を睨みつける。

 それで私も、不穏な気配が近づいていることに気づいた。



「私は君との約定通り……、いや、それがなくとも全力で君を守るつもりだ。しかし、屍鬼相手に今の状態では守るだけで手いっぱいとなるだろう。聖女である君の協力が不可欠だ。……この試練、共に乗り越えてくれるだろうか」



 この男はこの状況を神の与えた試練とでも思っているようだが、私としてはもっと単純な解釈をしている。

 ただ単に、世の中甘い話ばかりではないというだけの話だ。



「上等よ。やってやろうじゃない」



 謝罪する相手だけじゃなく、礼をしたい相手まで増えてしまった。

 ……こうなった以上、意地でも生き残ってやる。






 ◇





「ハァっ……、ハァっ……、流石に、しんどいわね……」



 もう既に数十体以上の屍鬼(グール)を無力化しているハズだが、未だに数が減った気がしない。

 死霊術(ネクロマンシー)の詳しい仕組みは未だに解析されていないが、一人の術者が生成できる不死者(アンデッド)の数には限界があると言われている。

 理由は、仮初の魂を生成するのに自らの魂を利用しているからだそうだ。

 つまり恐らくは、このグールを作り出している術師は一人ではない。



「なんで、グールだけじゃなく屍人(ゾンビ)まで多いのよ……」



 グールとゾンビは似ているようだが、元となる素体が異なる。

 大まかな区別としては、人族かそれ以外かだ。

 アンデッドは基本的に魔力を持っていないため、素体の純粋な身体能力が強さに直結する。

 そのため、身体能力において亜人や魔族に劣る人族には、粗雑な魂しか与えずゾンビとして使役することが多いのだという。

 扱いも雑兵として捨て駒などにされることがほとんどで、肉体の損壊も気にせず雑に扱われている。


 それに対しグールは戦闘力が高い種族を素体として作られるため、与えられる魂の質も高く、肉体も手入れされていることが多い。



「恐らく戦場から集めてきたのでしょう。そういう意味では、むしろ人族の国々よりも素材は豊富と言えます」


「あ~、確かに……」



 亜人の国になんで人族を素体とするゾンビが多いんだと思ったが、人族の死体に限定すれば戦場の最前線たるこの国の方が余程簡単に集められるだろう。

 こんな簡単なことに気付かない辺り、今のアタシは余裕がなくなってきているのかもしれない。



 不死者(アンデッド)は、文字通り不死の化け物である。

 一般的な人体の急所を攻撃しても効果はなく、失血死することもない。

 そのため対処が非常に困難で、複数体いる場合はベテランの冒険者でも手を焼く厄介な存在だ。


 対策として最大の効果を発揮するのが聖女による浄化魔術(カタルシス)で、不死者(アンデッド)はこれを受けると仮初の魂が維持できなくなり完全に無力化することができる。

 再び仮初の魂を入れられれば復活してしまうが、その前にバラバラにするなりしておけば行動はできなくなる。


 それ以外の対処方法として有効なのは、四肢切断だ。

 不死者(アンデッド)は腕を切り落とされたとしても繋げることが可能だが、切り落とした部位が勝手に動くことはないため、四肢切断して完全に自力で動けなくすれば無力化することができる。

 しかしこれはかなりの手間となるため、余程優れた戦士か魔力使いでなければ戦闘中に狙って行うのは困難だ。


 そういった背景から、元聖女であるアタシは不死者(アンデッド)の対処がしやすいという自信があったのだが、ここまで量が多いと話は変わってくる。

 浄化魔術(カタルシス)はそれなりに魔力消費の多い魔術なので、先程治療に多くの魔力を使ったアタシでは連発することができない。

 そのため、現在は生成した聖水を打ち出すことで節約しながら対処しているという状況だ。


 聖水では仮初の魂を完全に浄化することはできないが、一定時間行動不能にはできるため足止めにはなる。

 その間に妖狐族の男――時雨(しぐれ)が四肢……、最低でも足を切断するという連携でなんとか不死者(アンデッド)の猛攻を(しの)いでいた。

 しかし、それも段々とジリ貧になりつつある。



「……やはり術者をどうにかしないと駄目か」



 アタシ達には体力的にも魔力的にも余裕がなかったため、防御重視の立ち回りで術者の消耗を狙うしかなかった。

 しかし術者が複数いるとなると、それを期待するのは難しい。

 こんなことであればもう少し体力のあるうちに包囲の突破を目指すべきだったのだろうが、今更後悔しても遅すぎる。



「どうにかするって、どうにかできるの?」


「術者のいる方角なら、ある程度把握しています。しかし、いずれにしてもここを突破しなくては……」



 それができたら苦労はしない、という話だ。

 ただ、このまま防戦一方だと、待っているのは緩やかな死。

 一か八か、賭けてみるか?



「……ねぇ、アタシにいい考えがあるんだけど、乗る気ある?」


「……賭け事の類は好まないが、それがルシオラ殿の提案であれば迷わず乗らせてもらおう」


「いや、少しは迷いなよ。囮になって死ぬまで戦えとか言われたらどうすんの?」


「無論、死ぬまで戦い抜くとも」


「……はぁ、アンタ、真面目そうだもんね」



 不真面目なアタシとしては真面目なヤツは正直好みじゃないが、今はただただ有難いと感じる。



「それじゃ、乗るってことで始めますか!」



 アタシは気合を入れると同時に、残りの魔力の半分を込めてバケツ一杯ほどの聖水を二人分生成し、自分と時雨の頭上で弾けさせる。

 当然二人ともずぶ濡れだが、接近していたグール共も多少巻き添えをくらい攻撃の手が緩んだ。

 その隙にアタシは時雨の背に飛びつき、首に手を絡めおぶさられた状態になる。



「っ!? 何を!?」


「今からアタシ特性の強化魔術をかけるから、術者のいる方角に突っ込みなさい!」



 アタシは聖女のくせに回復魔術が苦手で、聖女学校時代は成績も下から数えた方が早かった。

 けれども、強化魔術だけは……、あのヴィオラを抑えてアタシが学年一位だったのである。


 過酷なイジメに耐え抜くため磨かれた技術というのがなんとも皮肉めいているが、この瞬間だけはあのクソ女達に感謝しても……いや、流石にそれは無理か。

 アタシはそこまで人間ができていない。



「それじゃ行くよ! 『覚醒(アウェイクニング)!』



 覚醒と名付けられたこの術は、実質アタシだけのオリジナル強化魔術となっている。

 本来の強化魔術は、対象の身体能力を割合的に増加させるような効果となるが、この『覚醒』は対象者の潜在的能力を引き上げたうえで割合増加をするため、効果が非常に高くなっている……というのが魔術研究者による見解だ。


 自分の術なのに他人事のような説明になるのは、アタシ自身仕組みを理解して使用しているワケではないからである。

 術成立の鍵となるのが「潜在的能力を引き上げる」部分なのだが、アタシはこれを「なんとなく」で行っている。

 この感覚的な部分を言語化することができないがゆえに、実質的にアタシのオリジナル強化魔術になっているのだが、逆に言えばそれさえ誰かが解決してくれれば汎用的な術となるハズなので、魔眼のような『恩寵(グレース)』ではない。


 残りの魔力を全て注いだ『覚醒』の光が、時雨の全身を包み込む。

 しかし次の瞬間、何故かアタシの尻と背中を撫でるような感覚に襲われた。

 一瞬、落ちないように手で尻を支えられたのかとも思ったが、そうであれば背中まで触る必要はない。

 じゃあ何かと思い首を後ろ側に捻ると、視界に銀色に輝く複数の尻尾が映った。



「な、なんだよコレ!?」


「……驚きました。まさか、こんなことがおこり得るとは」



 この反応からして、時雨が意図して尻尾を増やしたワケではないようだ。

 となると、やっぱりアタシの『覚醒』が原因か?

 確かに亜人種に使ったことはないが、まさか尻尾が増えるなんて想像できるワケがなかった。



「我々の一族は、妖力が高ければ高いほど尻尾の数が多いと言われています。そしてご覧いただいた通り、私の尻尾の数は一尾でした。つまり、私は一族の中でも最低の力しか持っていなかったのですが、今の私には恐るべきことに八尾存在しているようです。これは我らが偉大なる祖、迦具夜(かぐや)様に迫る数……、ルシオラ殿、貴方は一体……?」


「いやいや、アタシがしたのはただ単にアンタの潜在能力を引き出しただけで、それは将来的にアンタが到達し得る状態……のハズだよ? だから、別にアタシが凄いってワケじゃないって」


「潜在能力……、それはつまり、私が将来的に八尾に至る可能性があると……?」


「多分ね。それより、この術は効果が大きい分強化時間が短い。考えるのは後回しにして、今は術者を仕留めることが最優先よ」


「っ! そうでしたね。突破しますので、しっかりと掴まっていてください!」



 時雨はそう言いつつも、尻尾でアタシが振り落とされないよう補助をしてくれる。

 それだけでかなりの安定感があったが、念のためしっかりと体を密着させた。


 次の瞬間、体が後ろに引っ張られると感じるほどの凄まじい速度で時雨が駆けだす。

 目の前には大量の不死者(アンデッド)が立ち並んでいるが、この速さであれば触れさせることさえさせずに突破できるだろう。

 火事場を抜けるために水を被るような気持ちで聖水を被ったが、これでは必要なかったかもしれない。

 その分の魔力を『覚醒』に回せばもう少し効果時間を稼げた可能性があるが、ここまでの強化がされるとは全く予想していなかったので後悔すること自体無駄に感じる。


 ……それにしても、木や不死者(アンデッド)を避けて走っている関係で乗り心地は最悪なのだが、背中に感じる極上のモフモフ感のお陰で衝撃についてはほとんど感じない。

 場違いな感想だが、このままこのモフモフに包まれて眠ったら、最高に気持ち良い夢が見れそうだと思った。



「見つけた! 恐らく奴らが術者です!」



 そう言われても、この暗さと速さじゃ私が視認することは不可能だ。

 ただ、紫色の魔力光が二つ見えるので、恐らくあの光源が不死者(アンデッド)を操る術者なのだろう。


 さらに加速する時雨の前に、黒い大きな影が立ちはだかる。

 術者の周囲にはそれを守るための高位不死者(アンデッド)が配置されているハズなので、強敵であることは間違いない。

 しかし、時雨はその不死者(アンデッド)を、羽虫を振り払うかの如く無雑作に引き裂いた。



「「なっ!?」」



 術者と思われる二人から驚愕の声が上がるが、その声はアタシの頭上――刎ね飛ばされた首から発せられていた。

 死霊術(ネクロマンシー)という高度な術を扱えることからも、間違いなく上位クラスの魔族だったハズ。

 護衛が倒されたとしても、術者自体も相当に厄介な相手だったことだろう。

 ゆえに、何もさせずに仕留めるのが最善の一手となる。

 ……それは理解できるのだが、実現できるかと言われれば普通は不可能と言わざるを得ない。

 つまり、今の時雨は少なくとも上位魔族を容易く葬れるほどの実力があるということだ。



「いや、いくら何でも強くなり過ぎでしょ」


「私も驚いていますが、それを成したのはルシオラ殿ではありませんか」


「だから、アタシはただアンタの力を引き出しただけで――っ!?」



 術者を仕留め、緊張感を解こうとした瞬間、全身に凍えるほどの寒気が走る。

 感知系の術を使わずともわかるほどの禍々しい負の魔力……、どうやら術者はこの二人だけではなかったらしい。



「……私の五感を騙し、これ程の魔力を隠し通せるほどの隠遁の術。それを解いて姿を現したということは、勝利を確信したということ、ですかね……」



 姿を現したのは、ローブを纏った骸骨。

 その見た目は死神を彷彿とさせるものだが、正体はリッチ――不死者(アンデッド)の王と呼ばれる化け物である。

 死霊術(ネクロマンシー)を極め、自らの魂を餌に不死者(アンデッド)と化した存在で、その厄介さは魔王軍の中でも上位に位置すると聖女学校で習った。


 既に『覚醒』の効果は切れており、時雨の尻尾も一本に戻っている。

 せめて効果がもう少し続いていれば……

 いや、こんな化け物……、たとえ状態が万全であっても倒すことはできなかっただろう。

 希望を与えてから落とすとは、やはり神ってヤツは性格が歪んでいる気がする。



「ルシオラ殿、ここは私が囮になります。どうかお逃げ――っ!?」



 時雨が私を降ろそうとした瞬間、リッチの目が怪しく輝く。


 ――そして次の瞬間……







 リッチの体が、粉々に弾け飛んだ。

 そして、リッチがバラバラに崩れ落ちたその後ろには、鋭い目をした黒髪の男が立っていた。





も、もう少しだけ続くんじゃよ……

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― 新着の感想 ―
[一言] ここからサイヤ人編に突入するんですねわかります( ˘ω˘ )
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