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中編



(ワーウルフ……?)



 人族とは異なる獣の耳に、太くて長い尻尾。

 教本に書かれていたワーウルフ族の特徴と一致しているが、何か少し違和感がある。

 恐らくそこに描かれていた絵と雰囲気が異なるのが原因だと思うが、所詮は絵なので実際の見た目とは大きくかけ離れているという可能性もあるだろう。

 人相についてもかなり凶悪そうに描かれていたが、この獣人の表情からはそんな凶悪性は感じないし、何より凄まじく美しい顔立ちをしている。

 髪も長いため、もし先程声を聞いていなければ、女だと勘違いしたかもしれない。



「お、驚いたな……。若いだろうとは、思ったが、まさか、君のような少女とは……」



 獣人の男は、想像していた以上に酷い傷を負っていた。

 上半身は恐らく剣で切られたと思われる裂傷が複数あり、背中には矢が何本も刺さっていた。

 致命的な傷は見当たらないが、この出血量は間違いなく命にかかわる。

 この状態では、声を出すことすら苦痛を伴うハズだ。



「早く、ここから離れた方が、いい」


「っ! アンタをそんな目にあわせた奴等が、まだ近くにいるってこと?」



 魔獣にでも襲われたのかと予想していたが、この傷はどう見ても武器による傷。

 それも相手は間違いなく集団……、盗賊などの可能性が高い。



「いや……、追手は、この森に入った時点で、追跡を諦めた。ここは、屍鬼どもの、巣窟だからな。どの道助からないと、判断したのだろう」


「しき?」


「ああ、屍鬼とは、屍鬼(グール)のこと、だ」


「グール……!?」



 グールとは、一応区分としては魔獣の一種として扱われる魔界の化け物だ。

 一部の魔族や悪魔が使用する死霊術(ネクロマンシー)と呼ばれる術により生み出された不死(アンデッド)の兵士であり、自然発生することはないと言われている。

 死体に仮初の魂を宿すことで使役するという仕組みらしく、非常に高度な技術を要すためか使い手は限られてくるようだが、その分厄介であることから聖女学校でも対処方法については必修課題となっていた。

 それが何故こんな場所に? とは思ったが、私としては通常の魔獣よりも対処しやすい相手であるため、少しホッとする。



「グールなら、大丈夫だと思う。それより、アタシにはアンタを回復する(すべ)がある」


「屍鬼に、対処ができる、と? いや、それより、回復する、術……? 君は、まさか……」



 断片的な情報だけで答えに辿り着かれそうになり、背筋にゾワリとした悪寒が走る。

 しかし、回復魔術を使えばどの道バレることになるため、今更隠しても無駄だと開き直ることにした。



「アンタが何を想像したかはわからないけど、アタシにもリスクがあることはわかるだろ? だから、取引をしたい」


「取引、か……、君が私の、想像通りの存在で、あれば、当然の要求、だな」


「問答をしている余裕はないと思うけど? 取引するかしないか、それだけ答えなさい。この状況で悩む余裕があるんなら、アタシが助ける必要はないと判断する」



 こちらにも選択肢がないということを悟らせないため、強気に判断を迫る。

 可能な限り有利な要求を通したいところだ。



「……わかった。私に可能なことであれば、という条件は付くが、取引に応じよう」


「……それは、祖先の名に懸けて誓える?」



 獣人族は、偉大なる祖先の名に懸けて誓った約束は絶対に守るという性質がある。

 魔術による契約ではないため強制力はないが、獣人族にとっては法よりも重い制約なのだそうだ。



「ああ、偉大なる我らが祖、迦具夜(かぐや)の名に懸けて誓おう」



 かなり重い制約のハズだけど、意外にもすんなりと言質が取れた。

 証拠が残せない以上完全な保証はないが、これでアタシが生き残れる可能性は少なくともゼロじゃなくなった……と思いたい。



「取引成立ね。じゃあ矢を抜くけど、耐えられる?」



 当然と言えば当然だけど、異物が体内に入った状態で治癒すれば異物はそのままとなる。

 傷を完全に癒すためには異物を取り出す必要があるが、かなりの痛みを伴うため痛みに耐性のない者はショック死するケースもなくはない。

 その場合も腕の良い聖女なら防ぐことができると言われているが、残念ながら私には自信がなかった。



「問題、無い。その程度耐えられなければ、今頃とっくに死んでいる、さ」


「それもそうね。それじゃ、抜くわ」



 そう宣言してから矢を一本一本抜いていく。

 速やかかつ丁寧に。聖女学校で嫌になるほど研修したことなので、体が覚えている。



「っ……!」



 獣人も流石に痛むのか体が強張っているが、表情に出さない辺りイイ根性をしている。

 綺麗な顔をしているが、案外荒事にも慣れているのかもしれない。


 矢を全部引き抜いたあとは、速やかに聖水で傷を(すす)ぐ。

 アタシは回復魔術の腕は並みだが、水魔術に関しては素養が高いため聖水の生成量に関しては聖女学校でも一番だった。

 普段はそんなに大量に使用する機会もないため無駄な技術でしかなかったが、この状況においては最大限活かすことができる。

 人生、何が役に立つかわからないものだ。


 傷に関しては粗方塞がった。

 しかし、一番問題なのは失った血液についてである。


 回復魔術では、失った血液を補填することはできない。

 通常は造血器と呼ばれる器官を強化することで血の生成量を増して対処するが、それに必要な栄養は別途必要となる。

 だから本来は回復薬などを併用して治療を行うのだが、当然そんなものは持っていない。

 こういった場合魔力で栄養を補う必要があるが、魔力の性質変化は非常に効率が悪いため限界がある。

 今は最低限死なない程度に生成量を抑え、一刻も早く安全な場所で適切な処理をするべきだろう。



「……よし、一応すぐには死なない程度には回復した。でも、明らかに栄養と体力が足りてないから、早いところ安全な場所で十分な栄養と休養を取るべきね」



 獣人は少し驚いた様子で自分の全身を確認し、動作に問題無いことがわかると何のためらいもなく土下座の姿勢に移行する。



「なっ!? アンタ、何を――」


「本当に助かった。君には感謝してもしきれないが、今できる最大限の礼を尽くさせていただく」



 土下座は全ての国に共通する謝罪の姿勢だが、亜人種が人族に対して行ったという話は聞いたことがない。

 演技の可能性はゼロじゃないとしても、誇りを大切にする亜人種にとっては相当覚悟のいる行為であるハズだ。



「れ、礼はいいから! アタシは取引条件さえ守ってくれれば問題無い……」


「勿論、私にできる限りのことはさせてもらうつもりだ。……しかし、具体的に何をすればいいのか聞いたワケではないので、場合によってはできないこともあるだろう。条件を聞かせてくれないか?」



 アタシが最初に取引内容を提示しなかったのは、それを理由に断られる可能性を少しでも排除したかったからである。

 先に取引に応じることを先祖の名に誓わせることができれば、あとから多少の無理難題が提示されても守ってくれる可能性が高いだろうという打算が込められている。

 まあ、状況が状況だったとはいえ、こうも上手く事が運ぶとは思っていなかったが。



「別に難しいことじゃないわ。ただ、アタシの身の安全の保障をして欲しいだけ」


「ふむ、具体的には?」


「まず前提として、アタシのことを害そうとしないこと。そして、安全に暮らせる環境を用意して欲しい」



 この獣人からはそれなりの知性を感じるし、十中八九アタシの素性についても感づいている。

 それでも態度を変えなかったことから危険性は少ないと思うが、最低限の保証は必要だろう。

 そのうえで、安全に生活できる環境を用意してもらわなければならない。



「……そんなことでいいのか?」


「そんなことって……、アタシにとっては死活問題よ?」


「……まあ、そうなるか。確かに今の君にとっては、重要な問題だな」



 聖女とはいっても、着の身着のままで見知らぬ地に捨てられれば、待っているのは確実な「死」である。

 人は基本的に一人では生きていけないし、協力者の存在は絶対に必要だ。

 それをなんとか、ここで確保しておきたい。



「いや、祖先の名において誓わされた以上、隷属することすら覚悟していたのでね。少し拍子抜けしただけさ。……それにしても、素晴らしい手際だった。改めて感謝させていただく、ステラの聖女よ」



 今度は土下座こそしなかったものの、深々と頭を下げてくる。

 少なくともアタシには、この獣人の誠意は本物に思えた。



「……アタシがステラの聖女だってわかって、嫌悪感はないの?」


「……少し前であれば、敵意を向ける可能性があったことは否定できない。しかし、我々『妖狐族』は半年ほど前に、ステラの大聖女に救われたことがあるんだ。だから、たとえ今回の恩がなくとも、我々一族がステラの聖女に嫌悪感を覚えることなどありえない」


「っ!?」



 想定外の返答に、流石に動揺させられる。

 ステラの大聖女が、ナイン・ライブズの亜人を救ったなどという話は聞いたこともない。

 というか、有り得ない。

 何故ならば、ステラではナイン・ライブズに対し、普通の聖女ですら派遣も提供もすることも禁じられているからだ。

 聖女の中でも、国が厳重に管理している大聖女が、この国の亜人を救うなど絶対に不可能なのである。


 この獣人――『妖狐族』の男はアタシを安心させるために情報を伝えたのだろうが、これでは逆に疑惑が沸き上がってくる。



「それは、アンタ達の勘違いじゃない? 大聖女がこの国の亜人を助けるなんて、できるハズが――」


「ああ、失礼した。大聖女というのは我々の認識であって、彼女がそう名乗ったワケではない」



 ……? それはつまり、大聖女として派遣されたりしてきたワケではなく、なんらかの理由でここを訪れた聖女がいたということか?

 まあ、最前線である魔界近辺には普通に聖女も派遣されているハズなので、ありえない話ではないかもしれない。

 いや、だとしても大聖女だと認識するほどの実力者であれば、間違いなく高名な聖女だろう。

 であれば、アタシも聞いたことがある聖女という可能性はある。



「……ちなみにその聖女、名前はなんて?」


「ああ、ヴィオラ・プルートー様だ」



 …………え?

 ヴィオ……ラ……?





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― 新着の感想 ―
[良い点] 読み始めました! 過去作と話が繋がると、感慨深いというか、なんだか嬉しくなりますね! オムニバス形式の連載(が好きなんです)とは違いますが、結果的にそれに近い楽しみ方ができますね~。
[一言] ヴィオラキターーー!!!!(大歓喜)
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