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008.くまみたいなおっきなきしさま

 えっいや、何この可愛い生き物!?


 アンドレや副団長はもちろん、日頃から見慣れているはずの侍従も侍女も執事も執事長も、それどころか現在進行形でデレデレしながら隣で見ている公爵までもが心の中で綺麗にハモった。

 というか公爵に至っては顔を真っ赤にして悶え苦しんでいる。自分の娘にキュン死してどうするのだこの人は。


「⸺っく、き、君は凄いな。これほど愛らしいのに、よく平気な顔をしていられるな」


 いや平気も何も、アンドレには幼女趣味はないのだから当然である。確かに可愛らしいがキュン死するのは貴方だけだろう。


 ってあれ?執事長以外の公爵家の使用人たちも悶絶してる?

 まさかと思って副団長を見ると、すでに顔を覆って背を丸めて震えていた。えっ副団長確かお孫さんいましたよね!?

 ……………あ、違う。これ公女様にお孫さん重ねて萌え死んでるだけだわこの人。そういや最近孫自慢ばっかりしてたっけ。


「い、いやあ、ははは………」


 というかむしろアンドレ的には。


「むしろ私としましては、お嬢様が私を見ても全く怯えにならないことの方が驚きです」

「そうだね。実は僕もそれには驚いているんだよ」


 何となく大丈夫かなと思って正直なところを述べてみると、公爵から全面的に賛同された。


「どうして?わたくしをたすけてくださった方におびえるわけがありませんわ」


 そしてこてんと首を傾げるお嬢様。その後ろで再び悶絶する使用人たち。


「まあこんな感じでね。我が家に戻ってからというもの、この子は君のことばかり話すんだ。『くまみたいなおっきなきしさま』ってね。正直そんな人間など居やしないと思っていたんだが⸺」

「しつれいねおとうさま。わたくしの言ったとおりだったでしょう?」

「はは。そうだね、レティが正しかったよ」


 そこまで自分は灰熊に似ているだろうか。そう考えてちょっとだけショックなアンドレである。

 だがレティシアとしては、同じように見えたのも無理はないのだ。



 リュカに助け出されて横転した脚竜車の車外に出たあの時、恐ろしい咆哮を上げて暴れる巨大な獣がレティシアは怖くてたまらなかった。だがその獣はひとりの大きな騎士に阻まれ、決してレティシアに近寄ることができなかった。

 あんな大きくて強そうな獣をその身ひとつで防ぎ切り、レティシア(わたくし)を助けてくれた大きな騎士様。5歳の幼女の低い目線からはどちらもほとんど変わらぬほど大きな身体をしていて、でもあの怖ろしげな獣よりずっと強かった騎士様。

 自分を助け出してくれた年若い騎士様が、あの獣を“灰熊(くま)”だと教えてくれた。その“くま”と同じくらい、いえもっとお強い騎士様。だったら、わたくしの“くま”はあの獣ではなく騎士様のほう。


 だからレティシアにとって、アンドレは“くまみたいなおっきなきしさま”なのだ。


 しかもその騎士様は怯えるわたくしを抱き上げて下さって、頭を撫でて安心させて下さった。あの大きくて力強い腕の中がどれほど安心できたことか。

 安心するあまり、いつの間にか眠ってしまったことに気付いたのは目覚めた時で、枕元にはレティシア付きの侍女や執事たちの姿しかなくあの騎士様はどこにも居なかった。

 お礼を言いたかったのに、名前も聞けぬままに騎士様はいなくなった。だからお邸に戻ってから、お父様と執事長の爺や(セバスチャン)にお願いして騎士様のことを調べてもらったのだ。

 そして見つけたのがアンドレだったのだ。


「というわけでね、この子が君をいたく気に入っていてね。少しだけこの子に付き合ってやってはくれないだろうか」

「はあ、」

「いやだわおとうさま、少しだけなどとおっしゃらないで」

「レティあんまり我がままを言うものじゃないぞ。彼は国を護る騎士なのだから、すぐに任地へ帰らなくてはならないんだ」

「そんなこと分かっています。ですから」


 たしなめるような父の言葉に、レティシアはぷうっと頬を膨らませて不満を表す。


「ですから、わたくしのこんやくしゃになっていただけばよいのです!」


 そして満面の笑顔で、この場の誰もが想像だにしなかった驚愕の一言を放ったのだった。







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