邂逅と試練
薄暗い、淡く翡翠色に光り輝く苔が群生している洞窟のドーム状の広場で、不安定に、激しく、明滅する光る球体が浮かんでいた。
その球体は、突然強く明滅し始めたかと思うと、自らを中心に荒れ狂う力の奔流を生み出した。
その球体からだろうか、声の主の身体が蝕まれていくことによる苦痛の叫びだと容易に理解できる、悲痛な絶叫が聞こえてきた、その叫びは聴いているだけで声の主の苦痛が分け与えられるような叫びだったが、その声には、不思議なことに絶望の色は一切含まれておらず、むしろ新たなる覇王の産声だと思ってしまう程に勇猛で闘志漲る叫びでもあった。
もしこの場に歴代の英雄たちや偉人たちがいたら、この覇王の誕生を目撃して彼らはこう思うだろう。
一体どんな英雄が生まれてしまうのか。と――
★★★
ちょっとした有名企業で俺、石原高志その人生を終えようとしていた。だが俺は、あまり風邪をひくことも少ない健康体の社会人、なのだが死因は過労死だ。
この部分だけ聞くと、会社がブラック企業なのではと思うかも知れないが、この会社はむしろホワイト企業でそれなのに効率的なブラック企業並みの収入を誇ることで有名な企業なのだ。
ではなぜ、過労死で死んでしまうのかというと。
俺はどうやら仕事中毒者らしいのだ。なぜらしいのだという言い方をしているんかというと、俺自身には全く心当たりがないからだ。
俺はただ仕事が好きで、真夜中に来た清掃員のおばちゃんや、忘れ物に築いて取りに戻ってきた先輩から向けられる奇異や哀れみがこもった視線を向けられても、黙々と動じずに仕事をしているだけなのだが。
そんな俺は死ぬときも仕事のことを考えていた。そして、俺の意識は目の前にある俺の一大プロジェクトの仕上げに取り組めないことを悔しみながら深い眠りの海に沈んでいった。
しかし本来ただ沈んでいくだけの俺の魂は別の地点の海面から浮かび上がり世界に再び舞い降りた。
そして肉体を形成するにつれて俺の意識も覚醒し始め、そして完全に覚醒すると目の前に俺がいて、開口一番こう言った。
「おはよう、僕」
俺の意識は再び消失した。
★★★
「起きて」
声が頭に響いてくる。
「起きて」
再び頭に響いてくる。
それにしてもしつこい声だ。俺には起きる理由もない筈。う〜ん、でも何か忘れているような?
「俺の仕事!」
そう叫んで飛び起きると、周りの様子がおかしい事に気付いた。周りをよく見ると、俺の目に映ったのはいつも見慣れた会社の風景ではなく、質感が木の材質をした壁で覆われた巨大な樹木の中の空洞のような空間だった。
しかし、俺の頭脳はその風景の中に何故か懐かしさを覚える人影事もスルーして、一つの事を考えていた。
(俺のパソコンと机がない!?これじゃあ仕事ができないぞ!)
こんな風に、仕事のことを考えていた。
俺が仕事のことを考えていると、さっきの人影が、話し掛けてきた。
「はぁ〜やっぱり君は本当に僕と同じ性格だ、我ながら呆れるよ」
「へっ?」
「まぁ、何がなんだかわからないだろうからね、ほいっ」
その人影はいきなり俺の額に自分の額の当ててきた、と同時に、自分は元々何者だったのかということ、何故こんなところにいて、この人影がいるのかということを理解させる膨大な知識と経験が流れ込んできた。
「ッツ!」
「思い出したかい?」
「あぁ、思い出したぞ」
なんでこんな事になっているか、その理由は簡単だ。その理由とは…。
「「俺とお前は元は魂を一つとしていた、精霊神の残滓だから」」
そう、俺達は、精霊神が行使した、自身の魂を切り分け、力溢れる異世界に飛ばして、安全に育てて強化する、最高禁忌の禁術によって産まれた存在だったのだ。そして、その禁術を使ったものの存在や記録は抹消され、死ぬ。
そんな、後には自分と物凄く似ているが、全く違う存在が残るだけの禁術を精霊神が使ったのは…。
「「謎の悪魔に自分の仲間諸共惨殺されたから」」
そう、俺達は言わば、憎しみに染まった精霊神の使徒のような存在なのだ。そして俺達はその悪魔に惨殺された怒りを煮えくり返らせていた。しかし、こいつは、諦めたかのように、顔を緩めると、慈愛に満ちた表情でこう言った。
「でも、もう良いんだ、君にはあいつの憎しみに縛られずに自由に生きて欲しいんだ。」
(嘘つけ、お前だってハラワタ煮えくり返っているんだろ?)
そう、こいつは慈愛の表情を浮かべているが、ハラワタは煮えくり返っているのだ。さっさと俺と同化して悪魔共を皆殺しにしたい筈なのに、今まで普通に生きてきた人間で、精霊神の都合に巻き込まれてしまった俺のことを気遣って、怒りを抑えて、本心から、自由にして欲しいと言っているのだ。
「さて、これより同化の秘術を始める。」
「……」
「なに辛気臭い顔してんのさ、大丈夫、主体となるのは君だから。」
俺達を中心に俺とこいつを結ぶような幾何学的な魔法陣が現れ、俺達を光で包んでくる。
本当に、こいつはお人好しだ。
俺がここにくるまでの間、数千年も独りぼっちで、気が狂いそうになるくらい待っていた筈なのに。
しかし、無情にも秘術は終わりを迎えようとしている。
「さて、秘術も終わりそうだし、最後に話したい事はあるかい?」
「あ……」
「なんだい?」
「諦めてんじゃねーよ!」
「ッツ!」
「気が狂いそうになるほど、耐えて待ち続けたのに諦める?そして俺には自由に生きろ?ふざけんじゃねー!」
「……」
「自由に生きろ?ああ自由に生きてやるよ、お前の願いを叶えて、生き返らせてやるッ!」
「……プッ、ハハ、ハハハハッハー!」
「……何が可笑しい?」
「いやね、君は本当に僕と同じ性格をしているなぁ、と思って」
「ッなら!」
「ああ、君の自由なように僕を生き返らせるなりなんなりすれば良いよ」
「ッツ!……ああ、必ずお前を生き返らせてやる」
「嗚呼、こんな自分がいてくれて嬉しいよ、ありがとう、君に最大限の祝福を授けよう、そして、さようなら、また、会う日まで」
「ッツ!待てその祝福はッ!」
こいつがしようとしている事を止めようとするも、秘術は終結し、あいつは消えていった。
それに、対抗するかのように、俺は魂をさらに強化する禁忌の禁術を発動した。
この禁術は、さらに力が手に入る代わりに、今までどんな英傑でも耐え切れずに廃人なってしまう禁術だ
そして、俺はーー。
「ガアッアガァァァーーッ!!」
苦悶に満ちた表情でもがくのであった。