インタールード B-1
この作品はフィクションです。
重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。
淡く紫色に光る部屋。
漆黒の鎧に身を包んだ小柄な騎士が、部屋奥の女神像の前に跪いている。
「……それでは、【救世主】が戻って来るかもしれませんので、ワタシがこの部屋で控えさせていただきます」
「分かりました。よろしくお願いしますね」
「いえいえいえ! こちらこそよろしくお願いしまっしゅッ!!!」
「フフフッ。そんなに緊張しなくても良いのですよ」
小さな体を更に縮こまさせて、恥ずかしそうに震えている様は、まるで小動物のよう。
女神像の隣に侍りながら、その様子を視界に収める。
それにしても、【執行者】の中でも、一番歳若い彼女を寄越すとは。
【執行者】は、なった時点で不老になる。
故に、外見年齢と実年齢は一致しない。
天界には、宇宙など無く、恒星はおろか、惑星さえも存在しない。
唯々、果ての知れぬ程に平らに広がる、光に満ちた世界。
だからこそ、この天界自体においては、時間という計測は成されず、日にちも無い。
まるで、日の沈まぬ白夜が続くかの如く、慣れない者には気が狂う程の変化の無い世界。
そんな世界だからこそ、他の世界を観測することで、変化を得ようとしているのかもしない。
だから正確に何時だったかは解らないが、彼女はつい最近天界へ来たばかり。
本当に見た目通りの年齢に過ぎない、まだ幼い少女。
そんな歳若い彼女が【救世】の使用を選ばなければならない終末世界とは、如何程のものだったのか。
しかも、世界消滅後に彼女を救助したのは、彼の時と同じく私。
以来、主共々、懐かれてしまっている。
きっと彼女は、あの神の【執行者】よりも、主の【使徒】になりたかったのでしょう。
……この人選では、監視が温過ぎます。
【執行者】が室内と室外に一人づつ。
これは、本命が彼だと見抜かれているかもしれません。
主との対談中、私が彼の傍に居続けた事で多少は影響を与えられたのか、思惑通り【執行者】になる事を拒んだようでした。
事前に打ち合わせをした訳でもなく、即興で【リング】の【転移】を活用出来たことは評価に値します。
ですが、彼への追手に注力され、彼の行動を妨害されるのは問題です。
流石に、【執行者】に二度も対峙しては、彼も逃げ切る事は出来ないでしょう。
もし、【執行者】の邪魔が入るようならば、私が排除しなければならないでしょうか。
たかが【執行者】如きに遅れを取るつもりはありませんが、一度事を構えてしまえば、後には引けなくなります。
今回で成功するかも不明な現状では、悪手でしかありません。
つまり、今は静観を決めこむしかないということです。
過剰な期待は禁物。
世界の選定は全て完了しています。
後は、彼が失敗した場合に備えて、他の適格者の選定を進めておく必要がありそうです。
……そういえば、彼は妙な事を口にしていました。
名を名乗らせず、また、名乗らない等と、神を前に豪胆というか、身の程を弁えないというか。
まぁ、そのような気質だからこその適格者なのかもしれませんが。
「……お姉様?」
不意に声を掛けられ、そちらに意識を向ける。
件の彼女が私の前に立っていた。
私の胸程の背丈で、こちらを仰ぎ見ている。
「お姉様。あのぅ、【水晶球】の履歴を見せていただいてもよろしいでしょうか?」
相変わらずな呼び名に、頬が引き攣りそうになるのを我慢しつつ、平静な顔を装い返答する。
「どうぞ、ご自由にお使い下さい」
【救世主】の転移先は勿論、他の選定した世界等の履歴も削除済み。
必要な情報は私の頭の中に記憶済みです。
何も情報が得られなかったことがショックだったのか、見るからに消沈した様子だ。
そうかと思えば、彼女は両拳を胸の前で握りしめ、「ヨシ」と小さく言葉を漏らし、女神像の前へと移動する。
「あ、あの! 少しお話しさせていただいてもよろしいでしょうか!」
「フフフッ。えぇ、構いませんよ」
どうやら、職務よりも自身の欲求を優先させる事にしたようだった。
監視と妨害もこなせていると言えないこともない。
【執行者】の相手は主に任せて、私は彼の監視を行うことにしましょう。
目を瞑り、【救世主】の渡った世界へと意識を向ける。
≪水晶眼≫
【水晶球】のように、全ての世界を観測する事は出来ないが、場所が特定出来てさえいれば、距離を問わず【水晶眼】で見る事が可能となる。
目を瞑ったまま、目を凝らすという矛盾を抱えながら、彼を見やる。
……何故か、転移して早々、牢獄のような場所に居るようだった。
思わず溜息をつきたくなった。
ひとまず、これにて導入は終了です。
以降も主人公+別視点の構成となる予定です。
作品の構想からここまで約1ヵ月近く掛かりました。
次回は、本編の続き、近未来的な異世界のお話となります。
21/06/04 誤字修正
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。