インタールード A-1
この作品はフィクションです。
重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。
自分と同じ、鎧姿の格好をした者達を前に、今起きた出来事を反芻する。
我々で囲んだ中心に居た、若き【救世主】は、突然消失した。
まさか【転移】を使用できるとは思わず、逃げられぬと油断していた。
【救世主】が元々【転移】を有していたとは思えない為、恐らく、【聖衣】の下に【リング】を身に着けていたのだろう。
自失していた意識を戻し、【転移】先へと向かおうとする。
そこに重苦しい声が響く。
「……彼の女神に図られたか。此度は何を画策しているのか……」
この大広間の奥、壁一面に座した姿で彫像された我らが主。
彼の御方の声だった。
「女神の更なる監視と、逃亡した【救世主】の追跡及び監視を命ずる。変化があり次第報告せよ」
「「「はっ!」」」
瞬間、その場の全ての者達が、主に向かい膝をつき、首を垂れた姿勢で、声を揃えた。
「……行け」
音も無く、全員が大広間を後にする。
扉が閉まり切ったと同時、一際背の低い少女が片手を素早く上げながら力強く言葉を発した。
「ハイ! ワタシが女神様のお部屋へ伺います!」
「それでは、儂は部屋の外で待つとするかの」
続いて細身で長身の初老の騎士が言葉を繋ぐ。
少し遅れて自分が言葉を発する。
「自分が【救世主】を追跡しよう」
「……監視と報告が主命だ。二人一組で行動せよ」
恰幅の良い壮年の騎士が言葉を続けた。
「では、僕が先輩に同行しますよ」
青年の言葉に先の壮年の騎士は頷きを返し、それぞれ行動を開始する。
先ずは何処に【転移】したのか調べる必要がある。
最寄りの観測装置のある部屋へと歩みを進める。
当然のように青年騎士も斜め後ろに追従する。
部屋に入ると直ぐ、青年騎士が中央に鎮座する【水晶球】へと歩み寄る。
慣れた手つきで操作を行い、先の【救世主】を捜索し始めた。
その様子を、邪魔をせぬよう、台座から少し離れた位置で腕を組みながら見つめる。
全世界を観察・記録し続ける、あの【水晶球】の目から逃れることは事実上不可能だ。
程なく、所在は掴めることだろう。
あらゆる世界を観測しているが故に、この天界の学問・技術は文字通り世界随一である。
【リング】しかり、自分達が身に纏っている鎧や武器に関しても、様々な能力を付与されている。
今回はその能力を逆手に取られた形になってしまったが。
あの【救世主】は精神的にタフだった。
通例では、【救世】使用後、その性質を知れば精神的に参ってしまうものだ。
自分達【執行者】は、全員且つて【救世主】だったのだから、その衝撃の程は大なり小なり身に染みている。
自分も、少なくない衝撃を受けたものだ。
その先の生き方を考える事も難しく、言われるがまま【執行者】へと転じた。
だが、あの若い【救世主】は、主命を断った。
彼は【救世主】のまま、これからも生きてゆくつもりなのだろうか。
【救世】を持ち続ける重圧に耐えうるのだろうか。
【聖衣】を着ている状態では、歳すら取らない。
あるいは、このまま魂が擦り切れる迄、【救世主】であり続けるのか。
自分には想像もつかない、地獄のような道行だ。
ふと気が付くと、青年騎士がこちらに目を向けていた。
その手は操作を終えたのか、下ろされている。
とりとめのない思考に身を委ねている内に、【救世主】の所在を掴んだのだのだろう。
青年騎士に歩み寄り、【水晶球】を覗き込む。
するとそこには、そこそこの文明レベルの都市が映し出されていた。
「どうやら、終末予測が最近更新された世界のようです」
終末予測とは、【水晶球】が観測した情報から予測演算を行い、凡その未来予測を常に行っており、その結果から終末までの期間を数値化しているのだ。
それが更新されたということは、終末が早まったか、遅くなったのかのどちらかということだ。
「現地時間で、終末時期が数千年以内から、近日中へと大幅に変更されています。これは【世界の敵】の干渉とみて間違いないかと」
「……一旦、皆に情報共有を行った後、自分達も現地へ向かおう」
「了解しました」
青年騎士が、兜に付与された機能の一つ、【思考共有】を用い、他の騎士達へと連絡を行う。
【救世主】と【世界の敵】。
この両者が、偶然同じ世界に存在するとは考え辛い。
恐らく、彼の女神の意図した状況に思われる。
【救世】を用いて【世界の敵】の消滅を画策しているのだろうか。
だが、上位者には通用しないことは、既に周知の事実となっている。
且つて、【世界の敵】により滅びかけた世界にて、【救世主】が【救世】を発動させたが、【世界の敵】を消滅させることは出来なかった。
もしくは、追いかけた【執行者】を【世界の敵】へとぶつけるつもりだろうか。
元々、【執行者】は【世界の敵】への対抗戦力だ。
そうなると、その隙に【救世主】に何かをさせるつもりなのか。
……現状、直ぐに思い当たるモノは無い。
何はともあれ、自分達は粛々と主命に従うのみだ。
主が考え、主が決定し、主が判断を下す。
自分達は主の手足、唯々主の思う通りに動けば良い。
「先輩、連絡完了しました。何時でも移動可能です」
「分かった。向かおう」
【転移】を用いて、件の世界へ移動する。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。