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救世主は救わない  作者: nauji
第三章
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第39話 混迷

この作品はフィクションです。


重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。

転移(てんい)】は間に合わなかった。

 俺達は【天使(てんし)】の光に飲み込まれた。


 そう思われたが、何故か天界の別の場所に現れていた。

 確かに、俺の【転移】は間に合わなかった筈だ。

 一体どうして……。


 俺の疑問に答える声があった。


「私が【転移】を使ったのよ。どうにも間に合わなさそうだったからね」


「……ハハハ、お蔭で助かりました」


「別にお礼はいいわよ。貴方も私を助けてくれようとしていたみたいだし、お互い様って事にしましょ?」

「それよりも、問題はこの子供でしょ。何で天界に子供なんかが居るのかしら……」


 確かに、それは俺も疑問だ。

 服装は俺の【聖衣(せいい)】に似た感じに見える。

 まさか【救世主(きゅうせいしゅ)】だろうか?

 とりあえず、話を聞いてみるか。


「えぇと、君は一体――」


 窮地を脱した安堵感から、自分達の置かれている状況を失念していた。

 未だ脅威は去っておらず、今なお危険の真っ只中に居る事を。


怠惰(たいだ)魔神(まじん)】が【天使】に向かい跳躍した。

 その飛び上がる衝撃で、天界全土が激しく揺れる。


 その揺れは、俺達にも影響を与えて来た。

 予想だにしなかった揺れに、俺はバランスを崩す。

 咄嗟(とっさ)に近くの物に捕まろうとして、女性の【執行者(しっこうしゃ)】へと手を伸ばしてしまった。


 手が触れた先は、胸だった。

 漆黒の鎧の上からとはいえ、胸だ。


 こんなところでラッキースケベはいらねぇー!!!


 俺が脳内でツッコミを入れると同時に、俺の頬を平手が振り抜かれた。


「……不可抗力なのは理解しています。ですから、今ので手打ちとします。いいですね?」


「異論御座いません」


「よろしい」


「……フフッ、プフッ、アハッ、アハハハハハハッ」


 今の遣り取りが存外に面白かったのか、例の子供が笑い声を上げていた。

 思いがけず、和やかな雰囲気となってしまった。


 だが、今はそんな場合ではない。

 先程は大事には至らなかったが、未だ戦闘は続いている。

 話は後にして、避難を優先すべきだろう。


「今は避難を優先しましょう」


「そうね、咄嗟に天界に【転移】してしまったし、どこか別の世界の方が良いでしょうね」


「そうですね、じゃあ行きましょうか」


「……私はここに残るわ。貴方がその子を無事逃がしてあげて頂戴」


「は? いや、貴女も来た方が良いでしょう」


「そうはいかないわ。私は【執行者】。天界を守るのも、【大罪(たいざい)】を討滅するのも、私の使命なのよ」


「そうは言っても、貴女では敵わないでしょう?」


「……そうね。どれ程運が良かったとしても、死ぬのは間違いないでしょうね」


「それが分かっていて、それでも行くんですか?」


「勿論よ。さっきの【色欲(しきよく)の魔神】は斬れなかったけど、今度はそうじゃないわ。この命を賭して僅かでも隙を作れさえすれば、彼が倒してくれるかもしれない」


「……それは難しいでしょうね。あの少年の渾身の一撃をもってしても、【怠惰の魔神】に傷一つ付いてはいませんでしたから」


「……そうだとしても、私はここに残って戦うわ。貴方達は逃げなさい」


「…………」


 死ぬと分かっていて見捨てるのは、納得がいかない。

 だが、無理矢理に連れて行ったとしても、彼女自身で【転移】出来る以上は得策ではない。

 やるとすれば説得だ。

 とはいえ、彼女は覚悟を決めてしまっている様子だ。

 生半可なものでは、それこそ梃子(てこ)でも動かないだろう事は容易に想像がつく。


「……あの、お二人共、お話してもよろしいですか?」


 すると、子供から話しかけてきた。


「どうしたの? 今はあまり余裕がないから、話はどこか安全な場所に行ってから――」


「今は命を懸ける時ではありません。いずれ、必ずその時は訪れます。それまではどうか堪え忍んて下さい」


 子供とは思えぬ言動。

 俺も彼女も、その雰囲気に言葉を失ってしまった。

 やはり、この子供は只者ではないようだ。

 色々と話を聞いてみたいところではあるが……。


 天を仰ぎ見れば、埋め尽くす程に居た【天使】達が、既に随分と数を減らしていた。

【怠惰の魔神】が恐るべき速度で蹂躙しているのだ。

【天使】が全て倒されたその時こそが、俺達にとってのタイムリミットとなることだろう。


「貴方が何者かは知らないけど、はいそうですか、とは言えないわ」

「大人しく、私の言う事を聞いて頂戴」


「命の掛け時を見誤ってはいけません。それに、もうすぐ状況が変化します」


「……何ですって? 貴方、本当に何者なの?」


「……来ます!」


 子供のその言葉に、俺達二人は思わず身構える。

 すぐさま【転移】出来るように、三人とも掴まっておく。




 その変化はすぐに訪れた。




 遠くから何かの音が聞こえてくる。

 それは次第に大きくなっていき、最後にはそれが奇声だと分かった。



「ヒャッハーーーーーーーーーーーーーーー!!!」



 凄まじい勢いのままに、天界の地表へと奇声を上げる物体が飛来した。

 しかし、衝撃は訪れなかった。


 思いの外、静かに地表へと降り立った、奇声の主。

 それは、長い緑色の髪を逆立て、黒の袖無しのロングベストを着ている、パンクロッカーみたいな男だった。


「おいおいおいおい!!! やぁーっと見つけたぜぇ、【怠惰】の旦那ぁ!!!」


 その男は天に居る【怠惰の魔神】を仰ぎ見て、絶叫している。


「オレ様も随分と強くなったんだぜぇ。旦那を殺せるぐらいになぁ!!!」


 瞬間、男の姿が掻き消える。

 次の瞬間には、【怠惰の魔神】へと殴り掛かっていた。


【怠惰の魔神】が地表に激突する。

 その衝撃がこちらにも伝播する。


 あの【怠惰の魔神】を殴り飛ばす事が出来る存在。

 それはつまり――。


「……あれは【嫉妬(しっと)の魔神】です。これで最悪の状況は免れたでしょう」


 子供がそう呟いた。


「あれが【嫉妬の魔神】ですって!? それじゃあ、この天界に、現存する全ての【魔神】が揃ったというの!?」


 その言葉を受け、俺もそれに思い至る。

【怠惰】【嫉妬】【憤怒(ふんど)】【色欲】の四体、現存する【魔神】が天界に揃った事になるのだ。


 しかし、これはむしろ最悪の状況なのではなかろうか。

 既に二体は倒され、残る二体は健在。

 しかも、その残る二体共が、他とは隔絶した強さのようだ。


 それとも、あの二体が上手く潰し合ってくれるとでも言うのだろうか。

 確かに、【嫉妬の魔神】は【怠惰の魔神】を襲っているみたいではあるが。


「……もし、もしも、ここであの二体を仕留める事が出来れば、これで世界から【魔神】の脅威は消え去るのよね」


「果たして、それは貴女に可能でしょうか?」


 子供が彼女に向かい、そう問いかける。


「……出来る出来ないじゃない、やるかやらないかよ」


「今、あそこに飛び込んで行けば、両者に殺されるだけです」


「……そうだとしても、こんな好機はもう二度と訪れないかもしれないのよ!? それをみすみす見逃せと言うの!?」


「これは倒す為の好機ではありません。皆が生き残る為の好機なのです」


「…………」


 この子供は、一体何をどこまで知っているというのだろうか。

 あまりにも超然とし過ぎている。


 とはいえ、その言い分には俺も同意出来そうだ。

 今は、あの二体に手出しするべきではあるまい。


 むしろ、今の内に、皆を助けるべきか。


「こちらに意識が向く前に、救助に動きましょう」


「何ですって!? あいつらを倒すことさえ出来れば、全て終わらせられるのよ!?」


「倒せないでしょう? どれほどの幸運に恵まれたとしても、恐らく攻撃自体が通用しませんよ」


「……それでも、それでもよ。やっと長い戦いと犠牲の果てに、この瞬間が訪れたっていうのに……それを諦めろだなんて」


「いずれ、いずれ必ず機会は訪れます。それまではどうか、生き延びて下さい」


「…………」


 子供の懇願に、彼女は口を(つぐ)んでしまう。




 そこに、激しい打撃音が響き始めた。


 音源を辿れば、二体の【魔神】が殴り合っていた。


【怠惰の魔神】も【嫉妬の魔神】を無視する事は出来なかったらしい。

 両者が殴り合っている上空から、生き残った【天使】達の光が降り注いだ。


【天使】の数が減った為、降り注ぐ光は豪雨といった量になっており、両者共に効果は見受けられない。

【天使】よりも相手を優先したのか、殴り合いが止まる気配はない。

 だが、それに構うことなく、【天使】達は光を降り注ぎ続けている。


【天使】が相手よりかは、時間稼ぎが出来そうではある。

 だが、どちらも俺達の敵には違いない。

 依然として、脅威は過ぎ去ってはいないのだ。


 見渡した限りでは、【天使】の攻撃範囲に【執行者】達の姿は見えない。

 メイドさんや少女の姿もだ。


 壁や天井が吹き飛び、遮蔽物が無くなったとはいえ、生じた瓦礫がそこら中に散乱し、どこに倒れているかは、一見しただけでは見つけられない。

 助けるつもりならば、探しながらになるだろう。



 視線を戻せば、彼女はまだ悩んでいるらしかった。


「……今は助けることを優先しませんか?」


「…………」


「貴女は、【大罪】の討滅の為だけに【執行者】を続けてるんですか?」


「…………」


「誰かを救いたかったからこそ、今もこうして戦っているのではないんですか?」


「…………っ」


「今なら犠牲を最小限に抑えられるかもしれません。でも、時間が経てば、どうなるかは分かりません」


「…………分かった、分かったわよ」


「では、手分けして当たりましょう」


「……それはいいけど、この子はどうするのよ?」


「……そうですね、連れ回すのは論外として、一旦は別の世界に【転移】させた方がいいですね」


「ワタクシの事より、皆を優先して下さい」


「いや、流石にそういう訳にはいきませんよ。それに【転移】なら一瞬で済みますし」


「残念ながら、ワタクシはこの天界を出ることは叶いません」


「……何ですって? そんな、まさか貴方は……!?」


「え? どういう事ですか?」


「ワタクシは、生を受けたばかりの神なのです」


「そんな筈……だって、神は【神像(しんぞう)】を依代にしないと、この世界に居られない筈よ!?


「ワタクシは、【神像】が破壊されたが故に生まれたのです。受肉した神として」


「……っ!?」


「……その、神だと天界からは出られないんですか?」


「えぇ、あくまでワタクシ達は世界の管理者。この天界以外への干渉は出来ません」


「……干渉した場合はどうなるんですか?」


「おそらくは消滅してしまうでしょう」


「そんな……っ」


「……でも、受肉してるって事は、その身体に何かあれば、死ぬって事じゃないんですか?」


「おそらくは、その通りかと」


「……分かりました。では俺が救助に当たります。貴女は神様を連れて、出来るだけここから離れた位置に避難して下さい。救助した人達はそこに連れて行きますから」


「ちょっと、何で貴方が行くのよ!」


「俺には【聖衣】があります。貴女よりも生存率が高い俺が、救助に当たるべきです」


「……もぅ、分かったわよ。その代わり、ちゃんと皆を助けてよ?」


「善処します」


「……それじゃあ、私達も移動しましょうか」


「……すみません。結局、足を引っ張ってしまって」


「気にしないで。っと、すみません、お気になさらないで下さい」


「フフフッ、別に口調を改めなくて構いませんよ」


「でも、そういう訳には……」


 そんな遣り取りをしながらも、移動し始めた二人を余所に、俺は生存者を探しに向かう。






21/07/27 脱字修正


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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『勇者は転職して魔王になりました』
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