第35話 安寧
この作品はフィクションです。
重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。
怪物達を全て始末し終えた頃には、日が沈みかけていた。
随分と長い一日だったように思う。
朝、女王に叩き起こされて、会議の場へと急ぎ、会議の場で襲撃を受け、逃走から巨人の迎撃に当たり、【賢人】達の世界を滅ぼし、【強欲の眷属】となった王を討ち、騎士団長と魔術師の老人を降伏させ、草原の国の若き王に停戦を促した。
そして、怪物達を殲滅した今に至る訳だ。
長い。
あと多い。
これだけ働けば、女王の所で一宿一飯にもう一度ありついても文句は言われないだろう。
何せ、俺は無一文のままだ。
今や三国のどこででも無銭飲食しても怒られないかもしれないが、一般人にまで知れ渡っている訳はあるまい。
普通に捕まるオチが見える。
ここは恵んでいただこう。
≪転移≫
屋敷の中は未だに慌ただしかった。
流石に戦闘は停止しているとは思うが、それでも対応しなければならない事は山積みなのだろう。
この雰囲気に割って入って飯や寝床を集るのも気が引ける。
とはいえ、他に当てがある訳でもないので、場が落ち着くまで暇を潰しておくとしよう。
≪転移≫
屋敷の屋根上から街を眺める。
街の奥側は左程被害は見られないが、入口側からは未だ煙が上がっている。
見たところ火の手が上がっている訳ではないようだ。
街が落ち着きを取り戻すには、どれぐらいの時間を要するのだろうか。
あらかじめ国民を一か所に避難させていたお蔭で、人的被害は最小限に収められてはいる筈だが。
もっとも、多い少ないという話ではないか。
少なかろうと兵士に死人は出ただろう。
他国とて死人が出ているだろう。
【強欲】に侵されていたとはいえ、一国の王の暴走に皆巻き込まれてしまった訳だ。
あるいは、一歩間違えば、俺も【傲慢】により同じように暴走してしまっていたかも分からない。
【大罪】の力。
使ってみて改めて実感したが、これ程までに強力だとは。
【執行者】や【魔王】相手にどれほど通用するかは不明だが、以前ほど一方的な展開にはならないように思う。
さりとて、敵対しないに越したことはないのだが。
果たして、向こうが見逃してくれるかは疑問だ。
天界に戻って、次に何を要求されるかは分からない。
女神の目的は相も変わらず不明瞭なままだ。
いずれ分かる日が来るだろうか。
俺はただ、静かに平穏に暮らしていたい。
かつては、その日常に身を置きながらも、それを退屈と感じていた。
だが、今となっては取り戻すことも叶わない。
それに、もし、取り戻すことが出来たとして、俺は元の日常に戻れるのだろうか?
【救世】を使用してからの目まぐるしい日々。
まだ10日も経っていない筈のそれは、しかし、濃密な時間の連続だった。
今のところ、助けられなかったという経験は、それこそ最初に【救世】を使用した時以外は無いと思う。
だが、次もそうだとは限らない。
もしかしたら、次こそは、間に合わないかもしれない、助けられないかもしれない、力が及ばないかもしれない。
そんな恐怖が頭をもたげてくる。
何度も死にかけた。
何度も無力を実感した。
二度と味わいたいとは思わないが、それを経験した今、果たして普通の日常とやらに順応出来るのだろうか。
何事も、踏み外してしまうかは、最初の一度目こそが分岐点だと思う。
最初を踏み留まれなかったならば、二度目は一度目程の葛藤も抵抗もありはしないだろう。
容易く取りうる手段の一つとしてしまうに違いない。
俺はどうだろうか。
世界を滅ぼし、人を殺めた。
順番が逆にしか思えないが、とても笑う気にもなれない。
客観的に見れば、間違いなく、人としてのタガが外れてしまっている。
とても、一般社会に居ていい人間では無い。
その気になれば人を殺め、世界を滅ぼし得る存在。
例えその力を失ったとしても、その犯した事実は変わらない。
最早、命絶える今際の際までも、その事実を忘れる事は叶わないのだろう。
こんな、取り返しのつかない事態になってしまって、俺は一体どうするべきなのか。
死ぬことが償いにはならない。
それは分かる、分かるが、では、いつまで生きればいいのだろうか。
いつまで悩み続ければいいのだろうか。
いつまで苛まれ続ければいいのだろうか。
目の前が暗くなっていく。
希望は無く、絶望だけが待ち受けているかのようで――。
「……随分と怖い顔をしておるな」
「っ!?」
不意に声を掛けられた。
反射的に声の方向へと振り向けば、そこに居たのは女王だった。
周囲には、既に闇の帳が降りていた。
暗くなったと感じたのは、何も心理的なものだけではなかったようだ。
「……こんな場所に出て来たら、危ないですよ?」
「ワシよりも、今のおぬしの方が余程、危うく見えるがのぉ?」
「そんな揚げ足取りみたいな事言って……何しに来たんですか?」
「使用人がおぬしを見かけたと言うておったのでな、屋敷中を探してやったわ」
「……それは、何というか、すみません」
「おぬしが気に病む必要はない。ワシが好きでやった事じゃからな」
「もう落ち着いたんですか?」
「いや、まだまだじゃ。被害の確認、保証、修繕、後は三国で終戦協定を締結し、賠償請求とかじゃろうか。半日程度の戦闘でこの有様じゃ。長引いておればどうなっておったことか」
長引いていれば、か。
だが、俺が戻るのが後少しでも遅ければ、女王の身も無事では済まなかっただろう。
【強欲】に支配されたあの国王が何をしていたか、考えるのも胸糞悪い。
今回もまた、一歩間違えれば、という危うさでしかなかった。
平穏を望むにしろ、暴力や理不尽に抗う為の力は必要なのかもしれない。
そうでなければ、誰かにとって都合の良い世界になってしまう。
そこに俺の希望や願いなどは加味されやしまい。
「……また怖い顔をしておるぞ?」
「え、えぇ、いえ、何でもありませんよ」
「今回はおぬしに色々助けて貰った。じゃが、それだけおぬしに負担が掛かったという事でもあろう? 何かあったのではないのか?」
「いえ、本当に何もありませんよ。むしろ、今回の一件で決着した事の方が多いくらいです」
「……まぁ、無理に聞き出そうとは思わんが、全て抱え込む必要はないのじゃぞ? おぬしに頼ってしまった分、ワシが愚痴でも文句でも聞いてやる」
「ハハハッ、そうですね、何か思いついたら聞いてもらうのも良いかもしれません」
「うむ、遠慮せず言うが良い。……さて、そろそろ戻るとするか。勿論、おぬしも来るんじゃぞ?」
「そうですね、腹も減りましたし」
「…………別に、腹が減ったから促した訳ではないぞ?」
「えぇ、分かってますよ。俺がそうだってだけですから」
「そうか? まぁそうまで言うなら仕方あるまいな。今宵も腹を満たすが良い」
「ありがたく、ご相伴にあずからせていただきます」
「…………」
「ん? どうかしましたか?」
「…………ワシも共に室内に戻してくれ」
あぁ、登っては来たものの、降りられない感じな訳ですね。
「……成程。ではお手をどうぞ」
「頼む」
≪転移≫
女王を伴って室内へと戻る。
手を繋いでいる様を見て、使用人達が生暖かい眼差しを向けてくる。
「何を見ておるか! さっさと食事の支度をせんか、馬鹿者!」
「そなたも、いつまで手を握っておるのじゃ!?」
「おっと、すみません」
言われ、繋いでいた手を離す。
「まったく、主を見世物にするとは、とんだ使用人達じゃ」
「まぁまぁ、そんなに照れなくても」
「照れておる訳ではないわ! ワシを幾つだと思っておるんじゃ!」
「聞いても怒らないなら聞きますけど?」
「誰が言うか! ……まったく、戯言を並べておらんで、さっさと食堂に向かうぞ」
「了解です」
その日の食事も皆で賑やかに行われた。
昨日よりも、確実に威力の増した男達からの洗礼を受け、女性陣からは揶揄われる。
食事を終え、風呂を借り、客間で床に就く。
屋根の上で女王と話したお蔭だろうか、気分は落ち着きを取り戻している。
今更焦ったところで、起きた事は変えられない。
出来る事を出来る限りやってゆくしかないのだろう。
何はともあれ、彼女の身を守る事が出来て良かった。
色々とあった一日だったが、こうして終えられるならば悪くはないだろう。
明日は天界へと戻らねばなるまい。
今の内に英気を養っておきたいものだ。
程なく、俺は意識を手放した。
目覚めた時、不思議と不快感がなかった。
いつもであれば、悪夢の残り香に精神が沈むところなのだが、今回は見なかったのだろうか、覚えがない。
出来れば良い夢でも見たいところだが、悪夢を見なかっただけでも良しとするべきか。
窓から望む日は中天へと差し掛かっている。
今日は昼まで寝させて貰えたらしい。
外の気配を探ってみれば、既に屋敷の使用人達は忙しなく働いているようだ。
俺もいつまでも寝床を温めている場合ではないか。
俺は身を起そうとしたが、片手に重さを感じて、身動きを止める。
手が握られている。
その先にあるのは女王の寝顔だった。
この状況に至るまでの経緯は分かりかねるが、俺が起きるのを待って、眠ってしまったのだろうか。
俺は、起こさずに手を引きはがす術を模索しながらも、ふと思う。
あるいは、この握られた手のお蔭で悪夢を見なかったのではないか、と。
すると、俺の動きに反応したのか、女王が身をもぞつかせる。
やがて目を覚ました。
寝惚け眼が俺を捉える。
むしろ目が合った。
「うおぉぉぉい!!!」
奇声を上げながら、手を投げ解かれ、飛びずさられた。
「何でおぬしの方が起きておるのじゃ!? いや、いつの間にワシは寝ておったのじゃ!?」
「……きっとお疲れなんですよ」
「そりゃ疲れておるが……いや、そうではないわ! 何を人様の寝顔をマジマジと見ておるのじゃ! この変態めが!」
「……流石にそれは不可抗力と言うものでは?」
「いーや、おぬしが紳士の振る舞いをしておらぬからじゃ」
「俺が紳士でなければ、女王の身が危うかったのではありませんか?」
「何を言って!? いや、先ずはその呼び方を止めよ。そして謝罪を所望する!」
「え、あぁ、お嬢。……やっぱり呼び辛いんですよね、慣れないというか」
「この戯けが! 人の名乗りを拒んでおいて言う台詞がそれか!」
「俺は女王って方のが言いやすいんですがね」
「…………そう、か?」
「まぁ、相手が嫌がる呼び名を押し通すつもりはありませんよ」
「…………おぬしの好きに呼べば良かろう」
「そうですか? では女王とお呼びしますね」
「フン、…………………………名前で呼べば良いものを」
「何ですか?」
「何でもありゃせんわ! ほれ、さっさと起きんか、この戯けが! もう昼時じゃぞ!?」
「あぁ、はいはい、起きます起きますから」
俺の知る淑女は就寝中の男性の元に赴いたりはしない。
それは夜這い的なアレではなかろうか?
いや、こんな軽口を言おうものなら、怒髪天を衝く勢いで怒られかねない。
沈黙は金雄弁は銀。
別段、気を損ねている訳ではなさそうだ。
ただ単に、寝顔を見られたのが恥ずかしかっただけなのだろう。
それに関しては、俺の方に配慮が足りなかった訳か。
「……それで、何時まで此処におるつもりじゃ?」
「え? あぁ、今日にも戻ろうかと思ってます」
「今日か!? ……いや、おぬしの言う異変とやらも片付いた訳じゃし、もうこの世界に用向きは無いのか」
「俺ものんびりとしたいのは山々なんですがね。あまり長いし過ぎると、厄介な連中を招きかねませんので」
俺が【傲慢】に覚醒した事が【執行者】に知られれば、彼らがここに来てもおかしくない。
あまり長居するのは得策とは言い難い。
それに、女王の言う通り、もうこの世界に用が無い事も確かだ。
「すぐに発つのか?」
「んー、そうですねぇ。何か手伝える事があるなら、手伝ってからにしますけど?」
「いや、おぬしの手を煩わせる程の作業は無い」
「そうですか? じゃあ、このまま戻る事にしましょうかね」
と、片手が掴まれた。
掴んだ当人が驚き、すぐに手を離す。
「す、すまん。そ、そうか、では達者でな」
何かモジモジし始めた。
まさか、寝てる俺の手を掴んでいたのは、俺が勝手に帰ってしまわない為だったとか?
いや、これは流石にないか。
「色々とお世話になりました。皆さんにもよろしくお伝えください」
「ワシらの方こそ世話になった。…………また、顔を見せに来るが良い。持て成してやらんでもないぞ」
「ハハハッ、分かりました。では、いずれまた」
「うむ、また、じゃ」
そう言って、俺はこの世界を後にする。
そういえば、この世界に来た当初、ヒロインがどうとか言っていた筈だが、果たして、何時から言わなくなっていたんだったか。
次回から物語は終盤に突入します。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




