第32話 傲慢
この作品はフィクションです。
無機質に思われた室内は、しかし、機械的な物で構成されているようだった。
床、壁、天井の至る所に緑色の光が時折走っており、室内全体が淡い緑色を帯びているようにも見える。
鼻をつくこの匂いはイオン臭だろうか?
ドライヤーを使った時のような臭いだ。
室内に漂う空気も、どこか静電気を帯びているようなピリピリする感覚がある。
改めて、ガラス張りの向こう側を見てみる。
室内を見通せる程の主な光源は、ガラス張りの向こう側からの光によるもののようだった。
馴染み深い蛍光灯のような光がこちら側に漏れている。
そこに居並ぶ人間達は、白衣を纏った研究者といった風貌をしている。
位置関係的に、こちら側が実験室か何かなのだろう。
この部屋に居る、俺以外の生き物達こそが、その実験対象という訳か。
すると、室内に複数の声が響く。
「どういうことだ!?」
「転送が失敗したのか!?」
「……いや、先程の【生体端末】は室内にはおらん。つまり、向こう側からこちら側へと来てしまったんじゃろう」
「転送時に開いた穴に、偶々入って来たと? ただの人間が無事で済む筈があるまい!?」
「じゃから、ただの人間ではないんじゃろうて」
「馬鹿な。有り得ん。転送先の文明レベルで、そんな真似が出来る筈がない!!」
「結果が目の前にあると言うのに、それから目を背けて何になるというのか……」
「とても理解が出来る状況ではない! 出力のみの回線から、送信されて来たに等しいんだぞ!?」
「回線は回線じゃろ。要は方向の問題に過ぎんわ」
「だが、どうやってこの場に構成されたと言うのだ!? 何を媒介とした!?」
「……ふむ、そうさなぁ。あるいは転送出来ておらんのかもしれんな」
「何? どういうことだ?」
「あの人間を構成する為に、全て消費されてしまったやもしれんという事だ」
「それでは、こちら側こそが干渉されたと言うのか!?」
「馬鹿馬鹿しい。先程も言ったが、そのような文明レベルではないんだ! 有り得ん!」
「じゃから、結果、こうして人間が転送されておるというに。否定から入るから真理に辿り着けんのじゃ」
「何だと!? 貴様、我々を――」
どうやら、ガラスの向こう側の音声が、この部屋にスピーカーか何かで出力されているらしい。
会話の内容から察するに、この怪物達を送り込んでいたのは、彼らで間違いないようだ。
目的までは分からないが、碌でもない事だけは確かだろう。
向こう側の部屋では、今なお討論というか口論が続いている。
そういえば、この部屋の怪物共が襲い掛かってくる気配が無い。
というよりも、俺に対し何の関心も抱いてはいないようだ。
今はただ、その場で立ち尽くしている。
薬物か機械か、手段は不明だが、怪物共を制御しているのかもしれない。
改めて床を確認してみると、区画別けされている様子だった。
俺の居る区画に怪物共は一匹も居ない。
他の怪物共は、その区画をはみ出す事もなく、ただ佇んでいる。
この区画単位で転送していたみたいだな。
この床か、この部屋全体が転送装置のようなものなのか。
ともあれ、自分だけで考えるのも限界がある。
事情を知っている者達は、文字通り目の前に居るのだ。
話を聞いてみる事にするか。
無論、どのような理由であろうと、誰一人として見逃してやるつもりは無いが。
復讐するは我にあり、だ。
俺はガラスをノックする。
その音に気が付いたのか、研究者達が口論を止め、俺に注目する。
視線が集まった事を確認し、声を掛けてみる。
「あー、こっちの声って、そっちに聞こえてますかね?」
「…………」
反応が無い。
と、思ったら部屋に声が響いた。
「そちらからの音声を拾える造りにはなっておらん」
向こう側からの一方通行なのか。
まぁ、この部屋に怪物しか居ないんじゃ、会話する意味は見いだせないか。
仕方がない。
≪転移≫
俺は隣の部屋へと【転移】した。
「っ!? 消えた!? 何処に行きおった!?」
「どういうことだ!? 転送は行っていないぞ!?」
「……集団幻覚じゃったのか?」
「馬鹿を言っておる場合か! 施設内の何処かに行ったのかもしれん!」
「どうやってじゃ? お前こそ馬鹿を言うでないわ!」
どのジジイも、背後を見る事はしないらしい。
仕方がなしに、こちらから声を掛ける。
「こっちです、こっち」
「「「!?」」」
皆が一斉にこちらを向く。
うわっ、ジジイに注目されるとか気持ちが悪い。
「俺が知りたいのは、あなた方の目的です」
「……誰に向かって口を利いておる。我らは【賢人】、類人猿風情が身の程を弁えろ!」
「別にあなた方が何人であろうと構いませんが、それで、目的は何ですか?」
「劣等種が、まだ口を開くか!」
「隣の部屋の怪物を使って、一体何をしているんですか?」
「【賢人】に対して何たる無礼か! 平伏し、許しを乞え!」
……話にならないな。
余程、お偉い様のつもりでいるらしい。
「皆、落ち着け。相手は同じ言葉で話しておるのだ。その意味は理解出来よう?」
「何? 同じ言葉などと、当たり前の事を……、いやまて、同じ言葉で、だと?」
「確かに、何故じゃ!? どうやって我らの言語を習得しおったというのじゃ!?」
「この世界に我ら【賢人】以外で言語を解する者等居る筈も無い。まして、別世界であれば知る由も無い筈」
「では何故!?」
「我らの言葉を瞬時に理解・把握したのか。あるいは、言葉の意味だけを疎通してみせているのか。何とも驚きだな」
どうやら一人だけ、話が通じそうである。
他は細かったり小さかったりなジジイだが、この人は厳ついジジイだった。
ジジイには変わりないのだが。
「あなた方の知的好奇心を満たしてあげる義理も余裕もありません」
「質問は既にしましたが?」
「……随分と不評を買ってしまったようだな。済まないな、我々以外の者との対話など、初めての事なのでな」
「……それで、お答え願えますか?」
「我らの目的だったか? 端的に言えば、知識の探求、か」
「我らはこの世界を知り尽くし、支配し尽くした」
「そして、他の世界の存在に気が付き、それらの把握に乗り出したのだ」
「他の世界の把握の仕方が、怪物を送り込む事だと?」
「あの【生体端末】の事か。あれらが見聞きし、口にしたモノを我々が精査し情報を収拾しておるのだ」
「……口にした、ですか」
「そうだ。その組成を知るには実に合理的な方法だ」
「…………」
言葉にならない。
何とも、何ともしょうもない話だ……。
そんな事の為に、俺の世界も、女王達の居た世界も、襲われていたというのだろうか。
「全ては、我々【賢人】がより高みに至る為の糧に過ぎない」
「……是非とも、君にもその糧となって欲しい」
突如、背後から肩に衝撃が加えられる。
肩を見れば、イヌザルが噛みついていた。
話をして気を引き付けておいて、俺を捕食させるつもりだった訳か。
だがまぁ、一応言っておいてやるか。
「俺を捕食させる必要は無い筈ですよ」
俺の肩に歯を突き刺す事が叶わず、ただ歯を当てるだけのイヌザル。
そのイヌザルの様子を見て、相手の眉が顰められる。
「……何故なら、既に捕食されましたからね」
俺の言葉の意味を図りかねているのか、碌に反応は返ってはこない。
だが、最早構うまい。
俺は我慢する事を止めた。
≪救世≫
俺を中心に、光り輝く白い柱が天地を貫き現出する。
彼らの行いは、【傲慢】と呼ばれるものなのだろう。
他を顧みず、己が私利私欲を優先する、その有様。
そして、俺の行為もまた、【傲慢】なのだろう。
己の感情を優先し、他を顧みない。
一切合切、全てを消し去る。
――【傲慢】。
己の中に、その存在を確かに感じた。
世界が消滅する。
何度目かの無明の闇。
この身に感じるのは、郷愁か、悔恨か、歓喜か。
改めて、自己を認識してみる。
≪傲慢≫
あぁ、やっぱり気のせいではない。
俺の身にも【大罪】が宿ってしまったのか。
……それとも、とうの昔に存在していたのか。
女神がほくそ笑む様が目に浮かぶかのようだ。
これも想定通りなのだろうか。
これをこそ望んでいたのだろうか。
分かる事は何もない。
ここでくだを巻いていても始まらない。
行動しなければ。
怪物達の更なる流入は防げた。
後は、進行してきた巨人と騎士達をどうにかすればいい筈だ。
先ずは巨人の元へ急ぐとしよう。
≪転移≫
現れた先は、戦闘のあった街道ではなく、穀倉地帯の城だった。
またしても【転移】先が異なっている。
だが、イメージ通りに【転移】出来ている事もあった。
何が問題なのか。
この世界で【転移】が失敗したのは、覚えている限り2回。
この世界に初めて来た時、そして、この世界に戻って来た時、の2回だ。
つまりは、世界間で【転移】した際に、ズレが生じている訳だろうか。
それならば、今からは問題無い筈だ。
≪転移≫
今度こそ、目的の街道へと現れた。
だが、そこには巨人は既に居なかった。
何処に行ったかなど明白だ。
≪転移≫
女王の住まう屋敷の前へと現れる。
正面玄関は、扉が吹き飛ばされ、上側が破損していた。
既に、中に入ってしまったのか。
≪転移≫
謁見の間へと姿を現す。
次いで、背中に衝撃が走る。
俺は玉座に相対す形だ。
正面には女王が玉座を盾にし、怯えている様子が伺える。
背後を振り返る。
そこに巨人が居た。
片腕を突き出し、今にも玉座に迫ろうとしていたようだ。
「貴様、また現れおったのか!? 忌々しい奴め!!」
巨人の腕が振り上げられる。
そのまま押し潰しでもするつもりのようだ。
「じょうお――お嬢、怪我はありませんか?」
「……え、えぇ、お蔭様、で?」
若干口調に違和感があるが、特に問題は無さそうに見える。
では、巨人を始末して、終わりにするとしようか。
振り下ろされた巨人の腕を片手で受け止める。
そしてそのまま握り潰した。
「何ぃ!? 馬鹿な、人の力で【魔術機甲】が破壊出来る訳が――」
この場で争うと女王を巻き込みかねないか。
握り潰した腕を離さず、そのまま【転移】する。
≪転移≫
先程まで居た、無明の闇。
光も音も空気も無い、この消滅した世界で、しかし巨人は動いてみせた。
姿は見えないが、掴んだ腕が動かされているのが分かる。
まさか、こんな場所でも生存可能とは、大した玩具だ。
自慢したがるのも頷ける。
とはいえ、所詮は玩具。
今の俺の敵ではない。
腕ごと引き寄せ、迫って来るであろう胴体に向けて、反対の手で貫き手を放つ。
固い物を貫く感触。
次いで、柔らかい物を貫く感触。
腕を引き抜き、巨人から手を離す。
今、人を殺した。
もしくは、もう間も無く死ぬだろう。
明確な殺意を持って、殺人を犯したのは、先の【賢人】達を含めれば二回目だろうか。
特に何も感じない。
罪悪感も、焦燥感も、自己嫌悪も、何も。
俺は変わってしまったのだろうか。
【大罪】を有して、今なお続くこの全能感。
こんなものはまやかしだ。
【魔神】はおろか、【魔王】や【天使】にすら敵うまい。
だが、明らかに今までとは異なっている。
この身に溢れる力も、この身を支配する思想も。
――求むるは支配。
――遍くの支配。
――全てを蹂躙し、全てを隷属し、全てを支配せん。
――誰も彼も。
――男も女も。
――老いも若きも。
――全て。
そんな思考が頭を埋め尽くさんとする。
そして、それが血管を通り、全身を駆け巡ってゆくかのようだ。
熱に浮かされるように俺は――。
……アホくさ。
成程、これが【大罪】を宿した影響か。
俺の場合は【傲慢】がこの身を支配しようとしてくる感じか。
とはいえ、俺の身体は俺のモノ。
俺の頭も、俺の意識も、俺の思考も、俺のモノだ。
何一つとして、くれてやるつもりは無い。
【嫉妬】や【暴食】のようになってやるつもりは無い。
俺は俺だ。
俺の世界を消滅させたのも。
【賢人】達の世界を消滅させたのも。
巨人を操る国王を殺めたのも。
全て、俺がやったことだ。
【大罪】なんかの所為では断じてない。
犯した行いに罪を背負うのだ。
罪により事を成す訳じゃない。
見誤っては駄目だ。
目を背けても駄目だ。
罪は此処に、確かに在る。
さて、中二病はそろそろ止めにして、戻るとしようか。
女王の身も、まだ完全に安全という訳でもないだろうし。
≪転移≫
三度、違う場所に現れる事になった。
そういえば、世界間で【転移】した際に、場所がズレるんだったか。
この世界の特性なのか、あるいは別の何かが原因なのか。
俺は屋敷へと向かう。
≪転移≫
現れたのは玉座の間。
女王は玉座に座り、両手を胸の前に組んだ状態で目を瞑っていた。
何かの儀式中?
……ではないか。
俺は声を掛ける事にした。
「お嬢、終わりましたよ」
すると、パッと目を開き、女王がこちらを向いた。
「遅いわ!!!」
放たれたのは叱責だった。
「何が”何とかしてみせます”じゃ。此処まで巨人が来おったではないか!」
「いや、途中で手違いがありまして……」
「危うく、ワシが傷物にされるところじゃったのじゃぞ!?」
「……いえ、それは、はい、すみません」
「……まったく、ワシを心配させおってからに」
「…………」
「……………………怖かった」
「……すみません」
「…………いーや、許さん! 今後一切、ワシに逆らう事を禁ずる!」
「いや、俺は、お嬢の部下ではないので、それはチョット」
「出来ぬと申すのか!?」
「取り合えず、一先ず落ち着いて下さい」
「ワシは極めて冷静じゃ!」
「それは酔っ払いの理論ぐらい信用出来無い言葉ですね」
「何じゃと!?」
謁見の間に、二人の声が響く。
こんな遣り取りが暫くの間、続けられるのであった。
さて、この展開が予想されていなかった事を願います。
作者なりに伏線を張りつつ、頑張ってみた次第です。
今の今まで、自身の無力を嘆いてきた救世主。
ここに至りようやく力を手にしました。
果たして、これからどうなるのか!?
21/707/19 誤字修正
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




