第29話 女王
この作品はフィクションです。
重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。
俺は床に頭を押し付けられながらも、名乗りを断った事への弁明をした。
「名乗らないのも無礼ですが、名乗りを聞かないというのも無礼な事ですわ」
「やはり見た目通り、一般人ではなさそうですね」
「いえいえ、俺は何処にでも居るような一般人ですよ」
「この国で、車に乗る事が出来る一般人は居ませんわ」
「いえ、ですから、俺はこの国の人間ではないと……」
「にも拘わらず、貴方は車を物珍しがることも無く、車に酔う事もしなかった」
「…………」
「……随分と変わってらっしゃるわね?」
……どうにも妙な感じだ。
まるで、先程まで一緒に車に同乗していたような口振り。
未だ、床に頭を押し付けられながらも、上目遣いで相手を見やる。
それほどじっくりと観察した訳ではなかったが、似ていると思う。
それにこの声。
口調こそ丁寧だが、声音は先の車に同乗していた女性に似ていると思える。
俺の視線に気が付いたのか、相手の表情が急に白けた。
「……何じゃ、もうバレたのか?」
「いえ、何となく、そうなんじゃないかな、と」
やっぱり、先程の女性その人だったようだ。
「つまらん奴じゃ。……おい、もう抑えつけんで良い。放してやれ」
「「ハッ、陛下」」
「……陛下って、それじゃあ、やっぱり貴方がこの国の女王様なんでしょうか?」
「如何にも。ワシが――、っと名乗りは嫌がっとったんじゃったな」
「じゃが、それでは何と呼び習わせれば良いのじゃ?」
「俺からは女王様とお呼びしますよ」
「それでは、市井で呼ばれると周りにバレる。別な呼び名が良い」
「……えぇーっと、じゃあお嬢様とか?」
「うぇ、キモッ。様はいらん、様は。もぅ、皆と同じでお嬢で良いか」
「では、お嬢、とお呼びしますね」
「あぁ、もぅそれで良いわ。……それで、おぬしは何と呼ぶかのぉー」
「別に今のままで良いのでは?」
「あん? おぬし、か? それでは他と区別がつかんわ」
「いえ、別に区別しなくてもいいですけど。そんなに長居する訳でもありませんし」
「……何じゃ、何か目的でもあったのか?」
「まぁ、こうなったら全てお話しておきますが――」
俺は、自分の事情を語って聞かせた。
【転移】について、やたらと食いつかれた。
自分にもやらせろ、とか言い出しかねない。
全て話し終え、女王――改め、お嬢は熟考していた。
「……どうかしましたか?」
「俄かには信じられん、信じられんが、わざわざ嘘をついても仕方あるまい?」
「いや、俺に聞かれましても、噓は言っていませんけど」
「おぬしの事情の真偽を確かめる術は無いが、一つ、異変については心当たりがある」
「……それは?」
「怪物じゃ。最近、何の前触れもなく怪物が現れる事があると報告が上がってきておる」
「怪物ですか……この世界には怪物は良く現れるんですか?」
「いや、怪物なんて輩が現れたのは、今回が初めての事じゃ」
「姿形はその時々によって異なっておるそうじゃ。幸い、ワシの国では武器も充実しておるし、今のところ被害は出ておらん」
「…………」
嫌な想像が膨らむ。
俺の世界を襲った、あのイヌザルを思い出していた。
結局、あれが何だったのか、今も分かっていない。
女神かメイドさんかが、【水晶球】の記録から調べてみるような事を言っていた筈だが、あれから音沙汰も無い。
この世界も、俺の世界同様に、あの怪物達に襲われているというのだろうか。
それはこの世界が原因だったのか、それとも別の世界からの干渉なのだろうか。
もしくは、俺の世界とは全く別の原因なのか。
【強欲】が関連しているのかも、現状では不明だ。
だが、これで分かった事もあった。
騎士が巡回していたのも、砦の兵士に砲撃されたのも、怪物を警戒しての事だった訳だ。
砦に関しては、もしかしたら空飛ぶ怪物が居るのかもしれない。
それを警戒してか、空も見張っていたところに、間の悪い事に俺が出くわしたといったところか。
「……どうかしたのか?」
「いえ、少し、その怪物に思うところがありまして」
「何じゃ?」
「俺の世界を襲ってきたのも、複数の動物を掛け合わせたような怪物だったんです」
「ほぅ、ワシの受けた報告とも似ておるな。複数の世界に姿を見せる怪物、か」
「しかし、何とも間の良い事じゃったな」
「え? 何がですか?」
「明日、その怪物の件について、三国間で会議を行う事になっておったのじゃ」
「物は序でじゃ、おぬしも会議に参加するが良い」
「は? いやいや、不味いでしょ」
「ワシでは他の世界云々は分からぬし、おぬしでしか分からぬ事もあるのではないのか?」
「そりゃ、まぁ、そうかもしれませんが、いきなり余所者が参加出来るものなんですか?」
「そこはまぁ、何とかなるじゃろ。文句を言うてきたら、一日だけワシの夫として振舞っておけば良いじゃろうて」
「それは色々と不味いでしょ」
「何じゃ、こんな美女を妻にして、何の文句があると言うんじゃ!?」
「いや、俺の相手が、ではなく、俺に、問題があるでしょう」
「……? つまり?」
「ですから、一国の王が、いきなり身元不明の人物を伴侶にしたと知られれば、何かと風評被害があるでしょう?」
「別にワシは気にせんがな。まぁ、おぬしがそこまで嫌がるなら、相談役とでもしておけばよかろう?」
「まぁ、それなら」
「良し、では明日はよろしく頼むぞ」
「腹も減ったし、食事に参ろう。おぬしも来い」
「え? あ、はい」
「と、その前に、じゃ」
お嬢は玉座から立ち上がり、その場でフワリと一回転してみせた。
「……ほれ、何かワシを見て、感想はないのか?」
「……え? はぁ、そうですね、綺麗です、ね?」
「……何か実感の籠っとらん言葉じゃな。じゃがまぁ、褒めておるから良しとするか。では行くぞ!」
何か、色々豪快というか洒脱な人柄の女性だ。
不思議と、嫌という印象は覚えない。
何となく、皆から愛される女王、という感想が浮かんだ。
案内された食堂では、豪勢な食事が所狭しと並べられていた。
こういう貴人との食事は、身内や客人ぐらいしか同席しなさそうだが、この場には、使用人も着席していた。
何でもお嬢曰く、食事は皆でする方が賑やかで楽しいから、だそうだ。
流石に、外ではちゃんとしているとは思うが。
差し当たって、明日はちゃんと振舞ってくれると信じたい。
いや、ホント。
賑やかに食事は進む。
使用人のガタイの良い男連中は、妙に俺の肩や背を叩いては声を掛けてくる。
それも軽い力ではなく、結構な強さの力が込められている。
例によって痛くはないが、よろめいてしまう程だ。
後、口調こそ普通だが、目が笑っていない。
流石に、お嬢と軽々しく言葉を交わし過ぎたのだろうか。
男連中の妙な圧を受けつつも、食事を無事終えた。
俺は浴場に案内され、風呂を済ませる。
因みに風呂は、お嬢は三階の専用、俺は一階の共用だ。
最初に案内された客間を寝所として与えられ、床につく。
夜中の襲撃に始まり、一時はどうなる事かと思ったが、ありがたい事に、こうして食事と寝床にありつくことが出来た。
明日は会議らしいが、果たして俺が役に立つことなどあるのだろうか。
精々、お嬢の足を引っ張らぬよう、粗相のないように気を付けるとしよう。
いやー、それにしても、美人だったなぁー。
そんな思考を最後に、俺は意識を手放した。
「いつまで寝こけておるんじゃ、この馬鹿者が!!!」
頭に響く大声と腹への衝撃。
「早よう支度せねば、会議に間に合わぬであろうが!!! さっさと起きよ!!!」
再び大声と衝撃。
寝惚け眼でベット脇を見やれば、お嬢が慌てた様子で俺の腹を殴りつけていた。
俺は眠り足りない頭を抱えながら、起き上がる。
「……あーー、おはよう、ございま、す?」
「たわけ! 朝などとうに過ぎおったわ! さっさと起きて車に乗らんか! 会議に間に合わんぞ!」
「……かいぎ? ふわぁぁっ。……えぇと、会議会議、あぁ、確かそんな話をして――」
「つべこべ言わず、さっさと歩け! むしろ走れ!!!」
「お前ら、引っ立てろ! 急げ急ぐんじゃ!」
「「ハイ、陛下」」
俺はまたも宇宙人扱いで車へと連行された。
車に乗り込むなり、お嬢が運転手を急かす。
「全速力で向かえ! ブレーキを踏むこと、まかりならん!」
「ハッ!」
お嬢の号令を受け、車は急発進する。
そのまま街道を爆走してゆく。
「……まったく、起きて来んから部屋に様子を見に行ってみれば、まさか用意しとらんどころか、起きてすらおらんとは思わなんだわ」
「……面目次第も御座いません」
俺はいつも通りに昼まで寝ようとしていたらしい。
だが、会議は他国で行われるのか、移動をしなければならなかったのだ。
普通は前乗りして、当日に備えそうなものだが。
いや、寝過ごした俺が言えた義理ではないが。
「会議の場でしでかしたら、おぬし、ただでは済まさんからな!」
「はい、気を付けます」
「はぁー、これ程焦ったのは生まれて初めてやもしれん」
「……つまり、おぬしに、ワシの初めてを奪われてしもうた事になるな」
瞬間、車内に殺気が満ちた。
お嬢からではない、男達からの殺気だ。
マジで勘弁して下さい。
火にガソリンを投入しないで下さい、お願いします。
お嬢は俺を揶揄う事で留飲を下げる事に決めたのか、次々と過剰な表現が見舞われる。
その都度、車内の殺気は増していった。
気が付けば、車窓の風景は、金色へと変化していた。
俺が殺気に晒されている内に、車は穀倉地帯へと来ていたようだ。
目的地は、穀倉地帯の国だったのか。
あれ、それって不味くね?
俺、あの国で脱獄犯になってると思うんだけど……。
「あのー、発言してもよろしいでしょうか?」
「今のおぬしに発言する権利があると思うとるのか?」
「結構緊急性の高い話題なんですが」
「……はぁ、仕方がない。申してみよ」
「実は、――」
俺は、穀倉地帯の国で起こった、馬車を救ってからの一連の出来事を話してみせた。
「何と! おぬし刺されても死なぬのか!?」
「そこじゃねぇよ」
「……何じゃと?」
「いえ、何でもありません」
思わず、素でツッコミを入れてしまった。
問題点はそこでは無い。
「まさか捕まっておったとはのぉー。話から察するに、牢に来ておったのは騎士団長と魔術研究所所長じゃろうな」
「はぁ、そうなんですか?」
「ワシが見た訳じゃないから、断言は出来んがの」
騎士団長はともかく、魔術研究所所長?
「魔術師についてご存じなんですか?」
「む? いや、ワシも詳しくは知らん。あの国が何やら熱心に取り組んでおると耳にしておるだけじゃ」
「まぁ、あの国は軍事力で他の二国に大きく後れをとっておる。何かに縋りでもせんと、立ち行かぬのかもな」
「……それで、俺が同席したら問題なんじゃないですか?」
「まぁ、素知らぬフリをしておけば良かろうて。ワシの連れを捕まえたりは出来ぬよ」
「そういうものですか?」
「何せ、ワシの国が一番強いからの! ワシに強く言える者はおらん!」
「左様ですか……」
まぁ、確かに、言われてみればそうかもしれない。
他国の女王の付き添いを、捕えたりするのは容易く出来る事ではないかもしれない。
所謂、外交問題になってしまうのだろう。
よもや、俺がその要因になるとは思わなかったが。
そんな事を話している内に、街へと到着していた。
すぐに、城が見えてくる。
気がかりは多いが、ともかく、会議に臨むとしよう。
進展はした、筈です。
何気に女王は、この作品のプロットを立てた当初から構想のあるキャラなので、書くのが楽しみでした。
当初は、もっと気の強いキャラを想定していたのですが、何か勝手に今の状態になりました。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




