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救世主は救わない  作者: nauji
第二章
30/60

第22話 鬼神

この作品はフィクションです。


重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。

「遠慮は無用だ。そなたは我の客人とした」


「ありがとうございます。いただきます」


 ありがたい事に、俺が食事を摂っていない事を知ったお館様が、食事の席を設けてくれていた。

 いや、本当にありがたい限りだ。

 感謝してもしたりない。

 いや、ホント。

 マジで。


 眼前に並ぶ料理。

 果たしてこれは、俺が食べても無事に済むのだろうか。


 俺がこの集落に来るまでに、終ぞ見かけなかった、他の生物達。

 この過酷な環境下で生きている、強靭な生命。

 今も絶賛、動いていらっしゃる。


 チラリとお館様の方を盗み見れば、その文字通り生き物を噛み千切っているところだった。


 ……少なくとも、鬼は食べられるらしい。

 これは、本当に人間用の食事なのだろうか。


 どう見ても、調理のちの字もされていない、生の生物。

 出された食事に手を付けないのが、失礼に当たるのは分かっている。

 いるのだが、一口目に必要とされる勇気は、【魔王】に挑む勇者にも等しく感じる。

 つまりは、常人には成し得ない偉業。


 中々手を付けない俺に、お館様が(いぶか)し気に声を掛けてくる。


「……どうした? どれも新鮮の筈だが、何か手を付けぬ理由があるのか?」


「……一つだけ、お伺いしたい事が御座います」


「……一応、質問の体では無いか。早々に二度、同じ事を繰り返せば叱責だけでは済まさんつもりだったが」

「まぁ、良い。申してみよ」


「では失礼して。この食事は人間でも食べられる物でしょうか?」


「? これは異なことを申す。我が人間の食事なぞ、知る訳があるまい」


「――――」


 思わず絶句。

 あっぶねぇー、勇者に転職しなくて正解だった。


「何だ、食べんのか?」


「えぇ、大変申し訳ないのですが、これは人間には食べられない物かと思われます」


「……そうなのか? 食べもしないで分かるものなのか?」


「恐らく、食べたら無事では済まないのではないかと」


「ふむ、なら仕方ない。……おい、客人の(ぜん)を下げよ。誰か人間の食事が分かる者がおれば、その食事を代わりに持って参れ」


「ご配慮いただき、ありがとうございます」


「良い、我も思慮が足らんかった」


 そうして、今度は無事に食べられる食事にありつけた。

 やはり、初見の生ものは警戒するべきだ。

 果たして、看守の用意した食事とやらも、食べられた物であったのかは謎のままである。




 ようやく人心地つくことが出来た。

 満たされた腹に満足感を得ていると、広間の外が騒がしくなってきた。

 慌ただしく駆け回る足音や、話すというより、叫びや怒声のような声も聞こえてくる。


「……なにやら騒々しいな。誰かある」


「――ハッ、御前に」


 うおっ、ビビった。

 突然、お館様の前に(ひざまず)いた鬼が現れた。

 忍者だ、絶対忍者だわ。


「一体、何の騒ぎだ?」


「【鬼神(きしん)】様の御容体が急変したとの事です」


「何だと!? それで対応は如何にした?」


「すぐに医者を呼びにやり、今は診察中とのことです」


「……そうか、何かあればすぐに知らせい」


「ハッ、それでは失礼致します」


 おぉ、退散する様も捉えられなかった。

 流石忍者。


 と、そんな事を考えている場合でもないか。

 どうやら(くだん)の【鬼神】の容体が悪化したらしい。

 何事も無ければ良いのだが。


「……すまんな、騒がせてしまった。そなたは、どこか客間を使ってくれ。誰か、客人を案内いたせ」


「いえ、お心遣い感謝いたします」


 すぐに、案内の鬼が現れた。


「それでは、これで失礼いたします」


「うむ、ゆるりと休むが良い」


 そう言って、案内の鬼と共に退出した。

 室外へ出ると、やはり、まだ騒々しい気配がある。


 案内された先は、騒ぎからは遠くにある、離れのようだった。

 俺は案内の鬼に礼を言い、靴を履いたまま部屋へと入る。


 当然、本来であれば、靴を脱がねばならないのだが、例によって靴も【聖衣(せいい)】の一部となっており、脱ぐ為には【聖衣】を解除せねばならない。

 つまりは全裸になってしまう訳だ。


 故に、先だってお館様と、その件で一悶着あった訳だが、俺の事情をどうにか説明し、また、この【聖衣】は汚れることがなく、それは靴もまた同じであった。

 その事もあり、何とか理解を得る事が出来、今ここに至った訳だった。


 部屋は畳では無いが、何か弾性のある素材を敷いてある和室っぽい作りをしていた。


 この室内からでは、外の喧騒が聞こえない。

 客間というからには、立地的にもそういった配慮がなされているのだろう。



 今のところ、危急の事態は訪れてはいない。

 楽観は出来ないが、今すべき事は特に無い。

 だからこそ、今の内に考えを纏めておこう。


 まずは、女神、というよりメイドさん曰く、この世界に【大罪(たいざい)】の【憤怒(ふんど)】の【眷属(けんぞく)】が居るそうだ。

【眷属】というと、おやっさんの世界に居た、【怠惰(たいだ)】もそうだった筈だ。

 あの時は、重力炉の管理者連中が無気力に陥っており、結果、炉心の暴走を招いていた。


【憤怒】と言う事は、対象は怒りを抱えたモノと言う事だろう。

神樹(しんじゅ)】の件もあるし、人だけとは限らない。

 今回でいえば、【鬼神】が怪しい訳で、その病の症状とやらが気になるところだ。

 今のところ、他に候補は無い。

 未だ見ぬこの世界の人間達の誰かかもしれないし、鬼の中の誰かかも、他の生物かもしれない。


 だが、やはりリスクが高いのは【鬼神】だろう。

 他は【眷属】になっても、世界の危機とはならないように思うが、【鬼神】の実力如何(いかん)では、世界を滅ぼせるかもしれない。


 もし【鬼神】が【眷属】であり、世界の危機が迫るともなれば、【転移(てんい)】で何処かに捨ててこよう。

 鬼達には盛大に恨まれたり、憎まれたりもするだろうが、ここは命を優先しよう。

 それに、もしかしたら【執行者(しっこうしゃ)】達が討伐しに来るかもしれない。

 原因は遠ざけるに限る。




 そこに、例の雄叫びが響き渡る。

 それも一度ではなく、連続している。


 空気だけでなく、建物も振動しているのが分かる。


 前に聞いた時は、集落から離れた地下牢だったが、今回は余程近いのか、凄い音と圧力を感じる。


 流石にジッとしても居られず、室外へ出る。

 離れの周囲に鬼の姿は見えないが、本殿の方で騒がしくなっているのが遠目にも分かる。


 このまま屋内を通っていくと、誰かに止められるかもしれない。

 そう思った俺は、空から騒動の中心へと向かう事にした。


 探すまでも無く、それは見つかった。

 何せ、建物よりも高いのだから。


 誰に説明されずとも、あれこそが【鬼神】なのだと分かる。

 まず、目を引くのが、普通の鬼族の何十人分はあろうかという巨大な体。

 次いで、その体色だ。

炎鬼族(えんきぞく)】は赤色だが、あれは全身黒色だ。

 額にある角も、【炎鬼族】とは違い、大きさも形も、鬼というより、悪魔の角といった印象を覚える程に、後ろへと大きく反り返った形をしている。

 背に羽を付ければ、文句なく悪魔の完成と言えそうだ。

 いや、実際にやれば、文句どころか、非難殺到間違いなしだが。


【鬼神】が雄叫びを上げる度、上空の黒雲に光が走る。

 雷だろうか。


 日本の風神雷神の絵が、確か鬼だったような気がする。

 この【鬼神】もまた、雷を操ったり出来るのだろうか。


 その【鬼神】の周りには、破壊された館の姿があった。

 館の奥まった辺り全てが、【鬼神】の為の寝所だったのかもしれない。

 今は、館の奥まった箇所全てが瓦礫と化している。



 俺は、【鬼神】を見やり、疑問を覚える。

 不快感を感じない。

 まさか、あれ程の異様であってさえ、あれは【眷属】ではないというのか。

 では、別に【眷属】が居るとでもいうのか。


 雄叫びは、今なお続いてている。

 眼下では、鬼達の中に、お館様も見えた。

 皆、一様に、捕縛する訳でもなく、ただ、周りを取り囲んでいるだけだった。


 傷つける事を恐れているのか、誰も彼も手は出さない。

 俺も、【眷属】である確信が持てず、宙に留まるしかない。


 やがて、雄叫びが止んだ。




 途端、不快感が全身を包む。


 ――【憤怒】。


 そんな言葉が頭に浮かんだ。


 視線の先にあるのは、雄叫びを止めた【鬼神】だ。

 今は(うつむ)いている為、その表情は窺えないが、別段、異常動作は見受けられない。

 だが、俺の感覚は、その静まった【鬼神】を【憤怒】であると示していた。


 何故、暴れていない今こそが【憤怒】として感じるのかは疑問だが、やはり【鬼神】こそが【憤怒】には違いないようだった。


 静まり返った【鬼神】に対し、周囲の鬼達が声を掛けている。

 だが、【鬼神】は反応を返さない。


 様子がおかしい事に気が付いたのか、徐々に鬼達の声が静まってゆく。


 辺りが静寂に包まれた。

 そして、鬼達が突然吹き飛ばされた。


【鬼神】には依然として動きは見られない。

 だが、鬼達は【鬼神】から離されるように吹き飛んでいる。


 理解が及ばぬ状況。

 それは俺にも襲ってきた。


 感じたのは風。

【リング】の重力制御を上回り、俺の体を押し流す。


 どうやら、風を操っているらしい。

 何の予備動作も必要とせず、声も発する事無く、事を成しているらしい。

 眼下では、瓦礫も飛ばされてゆく。


【鬼神】の頭が動いた。

 俯いていて見えなかった表情が、窺えるようになる。

 そこにあったのは…………表情が抜け落ちたような顔、無表情だった。


 何の感情も表してはいなかった。

【憤怒】の気配を宿す【鬼神】はしかし、怒りを浮かべてはいない。


 俺は風に押し流されながらも、重力制御により、その場からはまだ離されてはいなかった。


 不意に【鬼神】の顔がこちらを向いた。

 今までとは比べ物にならない風圧が襲い掛かる。

 たまらず、俺はその場から離れる。


 無表情で攻撃を仕掛けてくる【鬼神】。

 気味が悪いにも程がある。


 館から吹き飛ばされながら見える視界の中、黒い【鬼神】のみが佇んでいる。


 すると、黒雲に再び光が走り始める。

 それは、最初は無造作に、しかし、時間が経つにつれ、一か所に集まってきているようだった。

 限界を迎えたのか、黒雲が雷光を帯びる。

 極大の雷が、【鬼神】諸共、直下の館へと降り注ぐ。


 瞬間、極光が世界を包んだ。






21/07/06 誤字修正


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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お読みいただき有難うございます!

『勇者は転職して魔王になりました』
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