第22話 鬼神
この作品はフィクションです。
重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。
「遠慮は無用だ。そなたは我の客人とした」
「ありがとうございます。いただきます」
ありがたい事に、俺が食事を摂っていない事を知ったお館様が、食事の席を設けてくれていた。
いや、本当にありがたい限りだ。
感謝してもしたりない。
いや、ホント。
マジで。
眼前に並ぶ料理。
果たしてこれは、俺が食べても無事に済むのだろうか。
俺がこの集落に来るまでに、終ぞ見かけなかった、他の生物達。
この過酷な環境下で生きている、強靭な生命。
今も絶賛、動いていらっしゃる。
チラリとお館様の方を盗み見れば、その文字通り生き物を噛み千切っているところだった。
……少なくとも、鬼は食べられるらしい。
これは、本当に人間用の食事なのだろうか。
どう見ても、調理のちの字もされていない、生の生物。
出された食事に手を付けないのが、失礼に当たるのは分かっている。
いるのだが、一口目に必要とされる勇気は、【魔王】に挑む勇者にも等しく感じる。
つまりは、常人には成し得ない偉業。
中々手を付けない俺に、お館様が訝し気に声を掛けてくる。
「……どうした? どれも新鮮の筈だが、何か手を付けぬ理由があるのか?」
「……一つだけ、お伺いしたい事が御座います」
「……一応、質問の体では無いか。早々に二度、同じ事を繰り返せば叱責だけでは済まさんつもりだったが」
「まぁ、良い。申してみよ」
「では失礼して。この食事は人間でも食べられる物でしょうか?」
「? これは異なことを申す。我が人間の食事なぞ、知る訳があるまい」
「――――」
思わず絶句。
あっぶねぇー、勇者に転職しなくて正解だった。
「何だ、食べんのか?」
「えぇ、大変申し訳ないのですが、これは人間には食べられない物かと思われます」
「……そうなのか? 食べもしないで分かるものなのか?」
「恐らく、食べたら無事では済まないのではないかと」
「ふむ、なら仕方ない。……おい、客人の膳を下げよ。誰か人間の食事が分かる者がおれば、その食事を代わりに持って参れ」
「ご配慮いただき、ありがとうございます」
「良い、我も思慮が足らんかった」
そうして、今度は無事に食べられる食事にありつけた。
やはり、初見の生ものは警戒するべきだ。
果たして、看守の用意した食事とやらも、食べられた物であったのかは謎のままである。
ようやく人心地つくことが出来た。
満たされた腹に満足感を得ていると、広間の外が騒がしくなってきた。
慌ただしく駆け回る足音や、話すというより、叫びや怒声のような声も聞こえてくる。
「……なにやら騒々しいな。誰かある」
「――ハッ、御前に」
うおっ、ビビった。
突然、お館様の前に跪いた鬼が現れた。
忍者だ、絶対忍者だわ。
「一体、何の騒ぎだ?」
「【鬼神】様の御容体が急変したとの事です」
「何だと!? それで対応は如何にした?」
「すぐに医者を呼びにやり、今は診察中とのことです」
「……そうか、何かあればすぐに知らせい」
「ハッ、それでは失礼致します」
おぉ、退散する様も捉えられなかった。
流石忍者。
と、そんな事を考えている場合でもないか。
どうやら件の【鬼神】の容体が悪化したらしい。
何事も無ければ良いのだが。
「……すまんな、騒がせてしまった。そなたは、どこか客間を使ってくれ。誰か、客人を案内いたせ」
「いえ、お心遣い感謝いたします」
すぐに、案内の鬼が現れた。
「それでは、これで失礼いたします」
「うむ、ゆるりと休むが良い」
そう言って、案内の鬼と共に退出した。
室外へ出ると、やはり、まだ騒々しい気配がある。
案内された先は、騒ぎからは遠くにある、離れのようだった。
俺は案内の鬼に礼を言い、靴を履いたまま部屋へと入る。
当然、本来であれば、靴を脱がねばならないのだが、例によって靴も【聖衣】の一部となっており、脱ぐ為には【聖衣】を解除せねばならない。
つまりは全裸になってしまう訳だ。
故に、先だってお館様と、その件で一悶着あった訳だが、俺の事情をどうにか説明し、また、この【聖衣】は汚れることがなく、それは靴もまた同じであった。
その事もあり、何とか理解を得る事が出来、今ここに至った訳だった。
部屋は畳では無いが、何か弾性のある素材を敷いてある和室っぽい作りをしていた。
この室内からでは、外の喧騒が聞こえない。
客間というからには、立地的にもそういった配慮がなされているのだろう。
今のところ、危急の事態は訪れてはいない。
楽観は出来ないが、今すべき事は特に無い。
だからこそ、今の内に考えを纏めておこう。
まずは、女神、というよりメイドさん曰く、この世界に【大罪】の【憤怒】の【眷属】が居るそうだ。
【眷属】というと、おやっさんの世界に居た、【怠惰】もそうだった筈だ。
あの時は、重力炉の管理者連中が無気力に陥っており、結果、炉心の暴走を招いていた。
【憤怒】と言う事は、対象は怒りを抱えたモノと言う事だろう。
【神樹】の件もあるし、人だけとは限らない。
今回でいえば、【鬼神】が怪しい訳で、その病の症状とやらが気になるところだ。
今のところ、他に候補は無い。
未だ見ぬこの世界の人間達の誰かかもしれないし、鬼の中の誰かかも、他の生物かもしれない。
だが、やはりリスクが高いのは【鬼神】だろう。
他は【眷属】になっても、世界の危機とはならないように思うが、【鬼神】の実力如何では、世界を滅ぼせるかもしれない。
もし【鬼神】が【眷属】であり、世界の危機が迫るともなれば、【転移】で何処かに捨ててこよう。
鬼達には盛大に恨まれたり、憎まれたりもするだろうが、ここは命を優先しよう。
それに、もしかしたら【執行者】達が討伐しに来るかもしれない。
原因は遠ざけるに限る。
そこに、例の雄叫びが響き渡る。
それも一度ではなく、連続している。
空気だけでなく、建物も振動しているのが分かる。
前に聞いた時は、集落から離れた地下牢だったが、今回は余程近いのか、凄い音と圧力を感じる。
流石にジッとしても居られず、室外へ出る。
離れの周囲に鬼の姿は見えないが、本殿の方で騒がしくなっているのが遠目にも分かる。
このまま屋内を通っていくと、誰かに止められるかもしれない。
そう思った俺は、空から騒動の中心へと向かう事にした。
探すまでも無く、それは見つかった。
何せ、建物よりも高いのだから。
誰に説明されずとも、あれこそが【鬼神】なのだと分かる。
まず、目を引くのが、普通の鬼族の何十人分はあろうかという巨大な体。
次いで、その体色だ。
【炎鬼族】は赤色だが、あれは全身黒色だ。
額にある角も、【炎鬼族】とは違い、大きさも形も、鬼というより、悪魔の角といった印象を覚える程に、後ろへと大きく反り返った形をしている。
背に羽を付ければ、文句なく悪魔の完成と言えそうだ。
いや、実際にやれば、文句どころか、非難殺到間違いなしだが。
【鬼神】が雄叫びを上げる度、上空の黒雲に光が走る。
雷だろうか。
日本の風神雷神の絵が、確か鬼だったような気がする。
この【鬼神】もまた、雷を操ったり出来るのだろうか。
その【鬼神】の周りには、破壊された館の姿があった。
館の奥まった辺り全てが、【鬼神】の為の寝所だったのかもしれない。
今は、館の奥まった箇所全てが瓦礫と化している。
俺は、【鬼神】を見やり、疑問を覚える。
不快感を感じない。
まさか、あれ程の異様であってさえ、あれは【眷属】ではないというのか。
では、別に【眷属】が居るとでもいうのか。
雄叫びは、今なお続いてている。
眼下では、鬼達の中に、お館様も見えた。
皆、一様に、捕縛する訳でもなく、ただ、周りを取り囲んでいるだけだった。
傷つける事を恐れているのか、誰も彼も手は出さない。
俺も、【眷属】である確信が持てず、宙に留まるしかない。
やがて、雄叫びが止んだ。
途端、不快感が全身を包む。
――【憤怒】。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
視線の先にあるのは、雄叫びを止めた【鬼神】だ。
今は俯いている為、その表情は窺えないが、別段、異常動作は見受けられない。
だが、俺の感覚は、その静まった【鬼神】を【憤怒】であると示していた。
何故、暴れていない今こそが【憤怒】として感じるのかは疑問だが、やはり【鬼神】こそが【憤怒】には違いないようだった。
静まり返った【鬼神】に対し、周囲の鬼達が声を掛けている。
だが、【鬼神】は反応を返さない。
様子がおかしい事に気が付いたのか、徐々に鬼達の声が静まってゆく。
辺りが静寂に包まれた。
そして、鬼達が突然吹き飛ばされた。
【鬼神】には依然として動きは見られない。
だが、鬼達は【鬼神】から離されるように吹き飛んでいる。
理解が及ばぬ状況。
それは俺にも襲ってきた。
感じたのは風。
【リング】の重力制御を上回り、俺の体を押し流す。
どうやら、風を操っているらしい。
何の予備動作も必要とせず、声も発する事無く、事を成しているらしい。
眼下では、瓦礫も飛ばされてゆく。
【鬼神】の頭が動いた。
俯いていて見えなかった表情が、窺えるようになる。
そこにあったのは…………表情が抜け落ちたような顔、無表情だった。
何の感情も表してはいなかった。
【憤怒】の気配を宿す【鬼神】はしかし、怒りを浮かべてはいない。
俺は風に押し流されながらも、重力制御により、その場からはまだ離されてはいなかった。
不意に【鬼神】の顔がこちらを向いた。
今までとは比べ物にならない風圧が襲い掛かる。
たまらず、俺はその場から離れる。
無表情で攻撃を仕掛けてくる【鬼神】。
気味が悪いにも程がある。
館から吹き飛ばされながら見える視界の中、黒い【鬼神】のみが佇んでいる。
すると、黒雲に再び光が走り始める。
それは、最初は無造作に、しかし、時間が経つにつれ、一か所に集まってきているようだった。
限界を迎えたのか、黒雲が雷光を帯びる。
極大の雷が、【鬼神】諸共、直下の館へと降り注ぐ。
瞬間、極光が世界を包んだ。
21/07/06 誤字修正
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