第16話 暴食
この作品はフィクションです。
重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。
何故か発動した【転移】。
見れば、そこは天界の女神像のある部屋だった。
一人と一体の視線を感じる。
「……随分とお早いお戻りでしたね」
女神像からそんな言葉が掛けられた。
「はぁ、まぁ、そうですね……」
おざなりな返事をしつつ、俺は思考する。
【転移】が何故発動出来たのか。
いや、そもそも何故発動出来なかったのかを。
使えたのは樹海や、その上空で使用した場合。
使えなかったのは村の中で使用した場合。
つまりは、村、いや、【神樹】の影の内側が原因だろうか。
【神樹】の一定範囲内では【転移】が使えなかったという推論が浮かぶ。
結果論的にその可能性が高そうに思われる。
次回は気を付けなければなるまい。
否、次に相見える時が奴の最後になる筈だ。
今は、その為の手段を探さねばならないのだが……。
ふと、強い視線の圧力を感じて、思考を切り上げ、そちらへと視線を向けると。
「……………………」
ジーっと、音でも聞こえそうな程、眼鏡越しにメイドさんが俺を見つめていた。
凝視していた。
怖い。
「……えぇっと、何か?」
無言の圧力に耐えかね、思わずメイドさんにそう尋ねた。
「【嫉妬】はどうなりましたか?」
「まだピンピンしてますね」
「……【嫉妬】をどうされるお積もりですか?」
質問が若干変わった。
「ひとまず保留で」
俺はそう答えておいた。
現状では打倒し得る手段を持っていないし、見当すら付いていない。
いや、そういえば、簡単に打倒出来そうな存在が目の前に居た。
【憤怒の魔神】。
【色欲の魔神】を圧倒せしめたその実力の程は、申し分ないだろう。
【神樹】が【眷属】か【魔王】か【魔神】かは判らないが、どれでもメイドさんにかかれば関係無いに違いない。
「メイドさんにご足労頂く訳には参りませんでしょうか?」
なるべく丁寧に頼んでみた。
「【魔神】以外の事柄に、私が出向く事は出来かねます」
にべも無かった。
しかし、ということは【神樹】は【魔神】ではなく、【魔王】か【眷属】なのか。
再び手詰まりになってしまった。
手近なところで済ませられないなら、他を当たるしかない。
俺に出来ない事は、他で補えば良い。
俺が打倒出来ないなら、打倒出来る何かを探せば良い。
目には目を。
つまりは……。
「他の【大罪】の居る世界って分かりますか?」
「……他、ですか?」
「えぇ、さっきの以外で、出来ればもっとサイズの小さい奴が理想的です」
「……? 他ですと【強欲】【暴食】の存在を検知しています」
「どちらも【魔神】ではありません」
「その中で一番、サイズの大きいのは?」
「……【暴食】です。人を丸呑みに出来る大きさです」
「ではそれにします。【水晶球】に映し出して下さい」
そいつに【嫉妬】と戦って貰うとしよう。
【美徳】も【大罪】も持たない俺では戦うのも難しいが、それなら【執行者】か他の【大罪】保有者に戦って貰えばいいだろう。
我ながら名案だ!
そんな事を思っている間に、【水晶球】には荒野が映し出されていた。
草木も無い、水も無い、生き物も居ない。
黄土色に染まる世界。
俺はその光景を目に焼き付ける。
≪転移≫
そこは何もかもが乾いた世界だった。
地面は見るからに水気が無く、乾燥して罅割れており、見渡す限り、草も木も生えてはいない。
風も吹いてはいないのか、視界に動くモノが何もなかった。
空にも雲一つ浮いていない。
この世界に水が無いなら、雲が発生する訳もないのだが。
【聖衣】の何処かにくっついていたのか、一枚の葉がひらりと落ちてゆくのが見えた。
何とはなしにそれを目で追う。
すると、体から離れたと思った瞬間、瑞々しい葉が風化し、跡形も無くなってしまった。
思わず唖然としてしまう。
……この世界、乾き過ぎじゃね。
これは【聖衣】を解除したら死ぬな。
さて、件の【暴食】は何処に居るのか。
この世界、というよりは、この惑星がどれ程の規模か分からないが、ヒントも無しに一体の生物を探し出すのは至難の業だろう。
メイドさんの話では、結構大きい生き物のようだったが。
予め、【暴食】自体を【水晶球】で映して貰えば良かったか。
いっそ今から天界へ戻ろうかとも考えたが、メイドさんの眼鏡越しのジト目を思い出す。
メイドさんの機嫌を損ねるのは良くない。
何といっても、彼女は、俺を殺し得る存在なのだから。
歩いて探すのは無謀なので、地表が視認出来る程度に、空から浮いて探すことにする。
暫くの間、そうして探してみるものの、変化の無い景色ばかりが広がる。
【暴食】は何処に居るのか。
何度目とも分からぬ、思考が頭を過ぎる。
この世界が荒廃しているのは、【暴食】の所為なのだろうか。
そうだとするならば、動物も植物も水でさえも、全て食らい尽くしてしまったのか。
後、残っていそうなのは地面ぐらいか。
そこでふと思いついた。
【暴食】は腹を空かせているだろう、と。
最早、この世界には食べられる物が地面ぐらいしかないようだ。
であれば、今も地面を食べているのか、もしくは、他の食べ物を探している事だろう。
つまり、俺が探しても見つけられないならば、向こうから見つけて貰えば良いのだ。
大型だというからには、視覚以外の嗅覚や聴覚も、普通よりも優れていてもおかしくはあるまい。
匂い、これはどうだろうか。
嗅覚が優れているならば、もう遭遇していてもおかしくない。
いや、この惑星の広さは知らないが。
音、これはどうだろうか。
今のところ、無音もいいところだ。
音を出せば、辺りに響くとは思うが、結局、規模が問題だ。
振動、これはどうだろうか。
確か、地球に居た象は、足の裏から伝わる振動で、数キロから数十キロ先を感知出来た筈だ。
匂いや音よりかは、遠くに伝わるだろう。
ここは一つ、疲れない方法でいこう。
俺は出来得る限り上空へと向かう。
別に、成層圏だろうが宇宙だろうが、【聖衣】があれば大丈夫な筈だ。
面倒なので、宇宙まで出てから地表へと【リング】で加重する。
衝突、轟音。
地表にクレーターを出現させていた。
まぁ、これなら結構遠くまで響き渡ったことだろう。
これでも駄目なら、場所を変えて、再チャレンジすることにしよう。
再び上空へ移動しながら、眼下へと視線を向ける。
動くモノは見つけられない。
流石に一回で成功する訳もないか。
何の前触れもなく、影が差した。
雲一つない空だった筈。
日の光を遮るものは思い当たらない。
原因が分からず、何気なく上を見上げる。
宙に浮く俺よりも、遥かに高いところから、灰色の何かが、俺を目掛けて落ちてきていた。
すぐに至近という距離に近づく。
狼だ。
それも馬鹿でかい。
人一人どころか、十人位丸呑みに出来そうな口を開け、こちらに落ちてくる。
それと同時に不快感が襲ってくる。
――【暴食】。
そんな言葉が頭にうか……んでる場合じゃない。
反射的に【転移】する。
≪転移≫
イメージを浮かべる暇も無かった為、直前まで居たクレーターに【転移】していた。
つまり、さっきの位置から直下の場所だ。
今も影が規模を増し、俺へと迫っている。
すかさず、更に【転移】を行う。
≪転移≫
今度は、狼の上空へと【転移】した。
一体、何処から落ちて来たのか。
空を飛べる訳では無いのなら、まさか、跳躍したというのだろうか。
俺に気づかれない距離から跳躍し、俺の頭上まで跳んで来るなんて……。
答えは眼下にて、実演という形で成される。
クレーターの中に小さなクレーターを増やし、狼がこちらに向かって跳躍して来た。
たまらず、俺は【転移】する。
≪転移≫
宇宙に出た。
流石に、ここまでは来れまい。
想像以上の大きさだった。
あれを連れて【転移】出来るだろうか……。
捕らぬ狸の皮算用、そんな言葉が頭に浮かぶ。
あれは狼だったが。
だが、ある程度の大きさが無いと、【神樹】に対抗するのも難しいだろう。
【暴食】がどの程度【神樹】を食べる事が出来るかは分からないが、他の【大罪】よりかは相性が良いように思う。
しかし、【聖衣】があるから怪我しないとはいえ、あのサイズに襲い掛かられると、反射的に逃げてしまう。
……いや、本当に怪我しないのだろうか。
メイドさんは【魔神】では無いとしか言わなかった。
もしからしたら【魔王】でも【聖衣】は突破出来るかもしれない。
あの狼が【魔王】だと仮定した場合、安易に食べられたり、引っ掻かれたりするのは危険だ。
特に、【暴食】というのだから、食べられるのはかなり危険だろう。
まてよ、それなら【神樹】にも同じ懸念があった筈だ。
あの枝の一突きで死んでいた可能性を今更ながらに思い至る。
なまじ、【聖衣】の防御力と治癒力が優れている所為で、危機感が疎かになっている。
この身は不死ではない。
俺を殺せる存在は居るのだ。
そうなると、俺が危害を加えられずに接触して【転移】を試みるしかない。
上手くいくイメージが湧かない。
あの大きさで、かなりの俊敏さを誇っていた。
そして極めつけは、その力。
跳躍力からも予想出来る足の力、そして体験したくもない顎の力。
まずは相手を分析するべきか。
跳躍では届かない距離を保ちながら、観察する事にしよう。
【転移】で先程の上空へと戻って来た。
眼下には、ここからでも視認出来る程の灰色の巨躯。
こちらに飛び掛かっては来ないが、その目が俺を捉えて離さない。
口端からは涎が垂れ、目には飢餓感が宿っている。
【暴食】の狼に獲物として見られているのを感じつつも、不思議と【神樹】の時のような敵意や殺意を抱くことは無かった。
一体、何が異なるというのか。
狼は飢えている。
飢えるという事は、生きる為に栄養を欲するという事。
空腹を満たそうとする生存本能。
つまりは、生きたいという欲求だ。
対して【神樹】はどうか。
あれは生きる為の所業ではなく、ただ、己が欲望を満たす為の行動だった。
俺が生存を望むように、狼もまた生存を望んでいる。
そこに、知らず知らずのうちに、共感のようなものを覚えているのかもしれなかった。
俺から視線を外さない狼に対し、どう行動したものか。
正面から落下していけば、一飲みにされるだろう。
接近するには【転移】するしかあるまい。
効果があるかは不明だが、一旦、視界の外に【転移】後、直接狼の傍に【転移】し接触、三度【転移】して【神樹】の元へと連れて行こう。
≪転移≫
宇宙へと逃れる。
≪転移≫
狼の至近、横っ腹の辺りに現れる。
相手が動くよりも先に腹へと触れる。
≪転移≫
眼下に樹海が見える。
傍に狼が…………居ない!?
触れるだけでは【転移】出来ないのか、それとも重量オーバーなのか。
確か、メイドさんは俺に触れながら、二人共【転移】させていた筈だ。
となれば、問題は重量なのか。
【リング】の重力制御で浮かせれば重量は問題無い筈だ。
だが、重量ではなく、大きさが問題だった場合はどうしたものか。
狼を縮める術は無い。
かといって、俺が大きくなる事も出来ない。
うーむ、何か解決方法はないものか。
ひとまず、分かっている事を列挙してみるか。
・【リング】の装着者がイメージした場所へ【転移】する事が出来る。
・【リング】の装着者が接触した同程度の大きさの存在も同時に【転移】することが出来る。
つまりはこういう事だろう。
この二点からでは、解決方法が見いだせない。
他に、【リング】の機能で何かないだろうか。
・言語の翻訳。
・重力制御。
・身体の保護。
これらも、問題の解決には繋がらない。
他に何かなかっただろうか。
【リング】を渡された時の事を思い出してみる。
そうだ、確か【リング】は指輪や腕輪や首輪にも出来ると言っていた筈だ。
つまりはサイズの変更が可能と言う事だ。
と言う事は、俺のサイズではなく、狼のサイズに【リング】を変更すれば、狼の【転移】は可能となる筈だ。
だが、それでは、【転移】先のイメージを狼がしなければならない。
だから、【リング】で俺と狼を覆い、俺が【転移】先をイメージすればいいんじゃなかろうか。
後は、【リング】がどこまで大きくなるかだな。
狼の一番細い箇所に俺ごと覆ってくれればいいんだが。
場所は尻尾の付け根とか、足首だろうか。
一番細いといえば髭かもしれないが、流石にそれは自殺行為だな。
ともあれ、プランは立った。
後は仕上げをごろうじろ、だ。
狼の上空へと【転移】する。
≪転移≫
下を確認するやいなや、狼は跳躍してこちらに迫って来た。
十二分な距離を取っていたので、その顎の餌食にはならなかった。
先程、俺が触れた所為で、余計に気が立っているのかもしれない。
さっきと同じ手順で狼へと迫る。
二度【転移】を行い、狼の至近へと出現した。
だが、学習したのか、狼が、今度は俺に反応してみせた。
狼は軽くその場で跳躍を行い、体を横回転させる。
続けざまに俺へと前足が振るわれた。
俺は、空を切った手を差し出した状態だ。
俺に前足がぶつかる。
「ガハッ!?」
口から声と共に血が吐き出される。
悪い予感が当たり、【聖衣】が破かれ、胸と伸ばしていた右腕を爪で薙ぎ払われた。
追撃を食らう前に【転移】で上空へと逃げ延びる。
≪転移≫
すぐに傷は癒されるものの、俺は戦慄を覚えずにはいられなかった。
一回の経験で順応してみせた身体能力と判断力の高さ。
しかも、【聖衣】を上回る攻撃力。
一回目に失敗してしまったのが悔やまれるが、最早嘆いてもしかたがない。
それに、【聖衣】を破られたのは、俺にとって致命的だが、同時に【神樹】にとっても致命的だろう。
今になって、よくよく考えてみれば、狼はこの世界の生き物を食べ尽くしていた。
【大罪】の【暴食】によって影響を受けた魂を、文字通り有りっ丈食べ尽くした訳だ。
【魔王】とはいえ、惑星一個分の魂を吸収したとすれば、【神樹】との体格差を補って余りある、筈だ。
後は、【神樹】の元へ連れて行くだけ。
そうすれば、勝手に殺し合いを始めるだろう。
……そういえば、その場合、高い確率で【森の民】に被害が出るな。
んー、しまった。
それを考えに入れてなかった。
首尾よく戦わせられたとして、【神樹】の傍には【森の民】の村があるのだ。
それはそれは、甚大な被害が予想される。
逆に首尾よくいかなければ、狼が【森の民】を直接襲いかねない。
もしくは、【暴食】の影響を受けるかもしれない。
一応、【神樹】が【巫女】を守ろうとするかもしれないが、【巫女】以外は死ぬ公算が高い。
上手い解決策が浮かばないまま、しかし、事態は動く。
前足に付いた俺の血を舐め回していた狼だったが、それも無くなってしまったのか、再びこちらに狙いを定めて直したようだ。
しかし、俺が届かぬ場所に居続ける事に、焦れた狼は思いもよらぬ行動を起こす。
突如、白い光の柱が天地を貫き出現した。
俺は、考えるのを強制的に中断させられた。
その柱には見覚えがある。
既視感に目が見開かれているのを自覚する。
視線を狼へと向けると、そこに灰色の狼は存在しなかった。
居るのは、白色の体に、白地に金の刺繍が施された羽衣のような物を纏った狼だった。
あれは、俺と同じ……!?
≪救世≫
聞こえる筈の無い声を聞いた気がした瞬間、白い光に包まれた。
想定よりも長くなり過ぎた……。
次回、決着なるか!?
22/06/19 誤字修正
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。




