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救世主は救わない  作者: nauji
第二章
16/60

第11話 色欲

この作品はフィクションです。


重要語句は【】、能力使用時は≪≫で記載しております。

 いつまでも、ここで漂っていても仕方がない。


 おやっさんの世界に向かうのは、放射能の影響を考えると危険過ぎるので、一旦、天界へ戻る事にしよう。

 流石に、女神像に影響があるとは思えないし、メイドさんも、ただ者では無いのだろう。

 確か、【使徒(しと)】とかいう存在だった筈だし、影響が皆無ではないかもしれないが、一般人よりはマシだろう。

 ……きっと、多分。


 懸念が他に無い訳でもない。

 騎士こと【執行者(しっこうしゃ)】の事だ。

 さっきは助けてくれたが、あれが総意とは思わない方がいいだろう。

 巨神なんかは、諦めていない気がする。

 怖いのは、あの女神像の部屋に【執行者】が待ち構えている場合か。

 即、確保って具合にキャプチャーされかねん。

 出来るだけ、部屋の隅をイメージしてみよう。


 ……そういえば、【執行者】から逃れる為に【転移(てんい)】した際、メイドさんが拳構えてたんだよな。

【転移】って事前に察知可能なんだろうか……。

 もし、そうだったら逃げられないかもな……。


 まぁ、ここでウダウダ考えていても始まらない、か。


≪転移≫




 目にした光景は、紫色の空間。

 ……ではなく、真っ赤な空間だった。

 空も、地面も、空気でさえ赤い霧がかって見える。


 一瞬、おやっさんの居る世界に【転移】してしまったのかとも思った。

 あの赤色に染まった都市群かと錯覚したのだ。

 だが、違う。


 今いる場所も街中ではあるが、建造物は地球のビル群に似ている。

 ここがおやっさんの世界なら、建物は【UM(ユーム)】の液体金属みたいな質感の筈だ。

 それに、此処は建物以外こそが赤いのだ。


 ……嫌な想像が頭を()ぎる。

 もしかして、【執行者】が失敗して、おやっさんの世界が崩壊してしまい、その跡地に俺が立っているんじゃないか?

 いやいや、ここは明らかに別の街だ。

 赤い景色に、廃墟が横たわる様が、嫌な想像を掻き立てているだけだ。


 でも、この世界がおやっさんの世界とは別だとしても、おやっさんの世界が無事という保証も無い。

 ……くそっ、思考が悪い方へと向いてしまう。


 こういう時は逆転の発想をするべきだ。

 俺は被爆している懸念があったから、比較的影響が少なそうな天界へと【転移】しようとしていた筈だ。

 そして、現状、この世界に人は見当たらない。

 ならば、少なくとも、生き物に遭遇する迄は、周囲に配慮する必要は無いだろう。

 ……まぁ、放射線が被爆したモノからどれぐらいの距離に対して影響を及ぼすのかは知らないが、今はそれを気にしていても仕方がない。


 無理やりにポジティブを引っ張り出し、思考の迷路から抜け出す。

 すると、何故この場所に【転移】してしまったのかに疑問が及ぶ。

 天界の女神像の部屋をイメージして、何故この場所に来てしまったのか。

 今まで、何度か【転移】を使用したが、イメージと異なる場所に来てしまったのは初めてだ。

 では何故、今回は失敗?してしまったのか。

 今までと今回とで異なるのは何か。


 大別するならば、内的要因と外的要因、ってとこか。


 一つは、【救世(きゅうせい)】使用後の世界からの【転移】だった事。

 だが、確かメイドさんが俺を天界へと連れて行ってくれた筈だ。

 ならば、【救世】使用後の世界からの【転移】が失敗する要因ではないように思われる。


 一つは、直前に爆発に巻き込まれていた事。

 それも、確か超新星爆発とかいう、明らかにヤバそうなものに、だ。

 それこそ放射線が悪影響を与えた可能性もある。

 これに関しては、否定材料が現状存在しない。


 一つは、【リング】の故障。

【リング】が何かしらの原因により故障してしまったとすれば、どうだろうか。

 それこそ、先の爆発が原因という可能性もある。

 左腕の【聖衣(せいい)】の袖を捲り上げ、【リング】の状態を見てみるが、特に損傷個所は見当たらない。

 とはいえ、内部がどうかまでは分からないし、可能性は否定出来ない。


 一つは、俺の知らない要因だった場合。

 これはあらゆる可能性が含まれるから、否定出来ない。

 当然ながら、俺の知ってる事より、俺の知らない事の方が多い訳だしな。




 思い当たるのは、こんなところか。

 直前の【転移】までは大丈夫だったし、爆発、【リング】の故障、俺の知らない要因、の三つか。

 この中で【リング】の故障が一番深刻だ。

 移動手段の要である。

 試しに、視界にある廃墟の屋上へと【転移】を試みる。


≪転移≫



 視界から赤色が取り除かれた。

 そこは屋外ではなく、屋内だった。

 ……これはマジで【リング】が壊れた可能性が高い。

 頬が引き攣るのを止められない。


 広い空間だ。

 廊下の途中に居るのか、出入口は視界内には捉え切れない程の規模の様だ。

 天井も高い。

 普通の建物ではないのか、ギリシャだかの表面が縦に凸凹(でこぼこ)した円柱が整列している。

 神殿とかにありそうな造形だった。

 もう下手に【転移】せず、歩いて探索した方が安全かもしれない。

 見知らぬ空間に放り出されて、取り返しがつかなくなっても困る。


 しばらく同じような光景が続く。

 一体、どれだけ馬鹿でかい廊下なのか。

 未だ果てが見えないとか、地球の建造物ではあり得ない程の巨大さの様だ。


 天井の高さといい、廊下の幅といい、まさか巨人でも住んでいるんじゃないだろうな。

 そう、人間サイズの建物というより、いっそ巨人サイズの建物というスケールだ。

 そこらの柱の陰から、ひょっこり巨人が顔を出して来そうな気さえする。

 だが、その不安は実現しないまま、道程を消化してゆく。


 不自然な程、生き物の気配が無い。

 この世界は生き物が絶滅してしまった後なのだろうか。

 俺の足音だけが響く長大な廊下を、ひたすら歩き続ける。



 廊下を歩く決断をした事を後悔し始めた頃、(ようや)く、視界の先に廊下の終わりが見えてきた。

 体感では何時間も歩き続けた気がする。

 どれだけ馬鹿げた規模なのだろうか。

 廊下の長さでは断じてなかった。

 さて、外か何処かの部屋か。

 トンネルの先はトンネルだったようなオチは御免被りたい。




 そこは、やはり巨大な広間だった。

 視界に再び赤色が戻って来る。


 だが、今度は血液による赤色だった。

 この広間で一体どれだけの量がぶちまけられたのか、黒くなったものや、まだ赤さの残るものまで様々だった。

 思わず鼻を抑える程、強烈な鉄に似た臭い。

 この広間の赤色が血液だと主張するように、血液特有の臭いが部屋を満たしている。


 そして、広間にあるのは血液だけではなく、その持ち主だった者達も存在していた。

 どれも人型を保っておらず、肉片や肉塊と呼べる状態と化していた。

 つい最近見た、漆黒の鎧と思われる破片も辺りに散らばっている。


 最早、惨状ですらなく、屠畜場(とちくじょう)といった具合に、生き物が肉へと加工されているようだった。



 この世界の生き物を全てミンチに変えたのか……。

 広間の中央に、肉塊が山の如くそびえている。

 その頂上に、玉座にでも座るかの如く、妖艶な美女が、頬杖をつき脚を組んでいた。

 ウェーブがかった長い金髪に、圧倒的な双丘を湛えた胸、すらりと伸びた脚。

 申し訳程度に身を包む薄地の黒いドレス、腰まであるスリットの隙間から覗く脚の付け根には下着が見当たらない。


 視線が縫い留められたかのように、その美女へと引き寄せられる。

 その、女の魅力を詰め合わせたような肢体に対し、俺の抱いた感情は、欲情ではなく、不快感だった。


 美人だと、魅力的な姿の女性だと認識している筈なのに、不快感が沸き上がる。

 余りの不快感に、思わず眉根を寄せ、睨むように見やる。


 ――【色欲(しきよく)】。


 そんな言葉が頭に浮かぶ。

 だが、より強い不快感があることに気が付いた。

 美女の横、肉塊の山に横になって眠っているように見える少女。

 認識してしまうと同時、視線が吸い寄せられる。


 赤というよりは黒に近い色をしたベリーショートの髪。

 起伏を感じさせない、スレンダーな体。

 赤いキャミソールを身に纏い、肘まで覆う黒い手袋と、膝上まで覆う黒い靴下。


 十歳前後のような見た目の少女は、しかし、巨人を前にしているかのような存在感を俺に与えてくる。

 今は閉じられている瞼が開いた瞬間、俺の息が止まってしまう光景を幻視した。

 危機感なんてもんじゃない。

 アレは天災とか、人知の及ばぬ超常の何かだ。

 アレの視界に入ったが最後、そこら中に広がる肉塊の仲間入りを果たすことだろう。



 感情に引っ張られるように止まろうとする思考を叱咤し、【転移】で逃れようとする。


 と、視界の中に動くものがあった。

 漆黒の鎧を血で赤に染め上げた【執行者】だった。

 雄叫びを張り上げながら、肉山の頂上に座す女へと、黒い剣で斬りかかって行く。


 だが、座した女が無造作に手を振り払うと、【執行者】は広間の壁へと吹き飛ばされてしまった。

 壁面を盛大に沈ませる。

 一体、どれだけの力が込められていたのか、巨人の物と見紛う堅牢で巨大な建物が、(きし)みを上げている。



 あれらを相手に【聖衣】がどれ程の意味を持つのか分からない。

【執行者】には悪いが、俺に意識を向けられる前に、この場を一刻も早く去るべきだ。

 この世界に最初に降り立った場所をイメージして【転移】を行う。


 よりも早く、俺の右肩に誰かの手が置かれた。

 そう感じた瞬間には、俺の右腕が消失していた。


 一瞬、【聖衣】の防御や癒しを上回ったのか、俺の右肩に激痛が走った。

 痛みでその場を飛びずさると、すぐさま【聖衣】により右腕が復元されてゆく。

 眠たげに目を細める少女。

 反射的に肉山に目を向けると、横になっていた筈の少女が居ない。


 俺には、無駄な行動を取った事を後悔する間も与えられなかった。


 俺の目と鼻の先に、小首を傾げた少女が居た。

 先程よりも目が開かれており、真っ赤な瞳に俺の驚愕した顔が映りこんでいる。


「キミ、変わってるねぇー」


 場違いな程、涼やかな声が耳に届いた。


「何で、キミには【色欲】が効いてないのかなぁー?」


 どうやら、この声は少女が発しているようだ。


 と、少女が消失した。

 今度は左肩に激痛が走る。


 左腕をもぎ取られたらしい。

 少女はもぎ取った俺の左腕を地面に叩きつける。

 如何程の力が加えられていたのか、腕が原型を留めず、血煙へと霧散した。


 再び【聖衣】の癒しにより左腕が復元される。

 だが、左手首に着けていた【リング】が失われてしまった。

 これで【転移】が使えなくなった。

 焦燥感に(さいな)まれながらも、その元凶へと目を向ける。


「――――――――――――――――――――」


 少女が言葉を発する。

 しかし、言葉が理解出来ない。

 ……翻訳機能を果たしていた【リング】を失ったせいで、言葉が理解出来なくなったのだ。


「―――――――――」


 少女から言葉と共に伸ばされた右手の指先が俺の胸に触れたと思った瞬間、俺は背中に凄まじい衝撃を受けていた。

 目から火花が散っているような錯覚を覚える。

 少女の正面から直線距離に壁へと吹き飛ばされたらしい。


 身体の内部が潰れたのか、口から血が溢れ出る。

【聖衣】による癒しにより、すぐに治されてゆくが、瞬間的にこちらの防御を上回った攻撃を受けている。

 もしも一撃で全身消し飛ばされたら、それか首から上や、首から下とかでも、即死となるであろうことは想像に難くない。


【聖衣】の癒しとやらは、どういう原理なのか。

 失った血液とかは、どこからか供給されるのか。

 いや、体の欠損が修復されているのだから、無尽蔵の再生か、時間の逆行だろうか。


 余計な思考をする度、少女が俺にちょっかいを掛けてくる。

 向こうからすれば大したことない所作なのかもしれないが、こっちからすれば一回一回が致命傷レベルの被害を被っている。

 今もまた、瞬間的に俺の傍へと少女が現れ、指先でつついてきた。

 俺の身体が壁にめり込んでゆく。


「―――――――――」


 にこやかに何かの言葉を口にする少女は、まるで虫を相手にする子供のようだ。

 見た目からして、子供に違いないが。


 破壊と再生のサンドバッグにされた俺の命は、最早、少女の機嫌次第だった。






21/06/21 冒頭の文章を一部改訂。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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