2.変革の日
あれから数週間がたった。
徐々に企業からの配当が僕の口座に振り込まれた。その額はいささか非常識だと思えるくらいの額で、税金の手続きが面倒臭くなったのを覚えている。
ともあれ、月に千数百万の配当金が得られるようになった僕は、フリーターもやめて、名実ともに投資家に転身した。
近所のおじさんおばさんからは、『何か明るくなったね』とか『いいことあったの?』とか言われた。
まあ確かにお金に後顧の憂いが無くなったことで、僕の今の気分は永遠に有頂天だろう。
だから、僕は引っ越すことに決めた。
近所の人には惜しまれたけど、これからの拠点としてふさわしい場所を探すために不動産に出向いていた。
「お客様のご要望に合致する物件はこちらになります」
目の前の不動産会社の社員さんが僕にその物件の資料を差し出してくる。
「これで良いですよ」
即決だ。この物件は都内でも少々高めのマンションだが、億ションにも匹敵しうる値段の物件だが、資金無限の僕からすればどんな物件だろうが買える。
「お支払方法は?」
販売員の人は嬉しそうに僕にそう聞いてくる。
「即金払いで」
これには販売員の人も驚いた顔をする。
すでに収入証書は見せてあるので、後は本当に金を払って家を買うだけだ。
普通ならこの額はローンだろうけどね。
「ありがとうございます!」
その後はトントン拍子で話が進み、僕の銀行口座から支払うことになったが、僕からすれば数千万円すら痛くも痒くもなかった。
もう、たったの数週間だけで金銭感覚が毒されて来てしまっている。無限のお金と言うのはこうも人を一瞬で変えてしまうらしい。
それからの数日で、手配していた引っ越し業者がやって来て、僕のアパートから新居に持っていくものを運び出したが、そこには家具は殆んどなく、殆んどは衣料品だった。
それ以外のソファーやベッドを始めとした家具や、冷蔵庫や洗濯機などの必須家電製品は専門の業者さんに、先にマンションに運び込んでもらう手筈になっていた。
新居は2LDKだが、僕一人しか住まないので無駄に拾い家になってしまうだろう。
そのマンションには地下駐車場が利用できる特典がついていたが、免許も車も持っていない僕からしたら無用のものだった。もっとも、今後次第では取得するかも知れないが。
「それじゃあお疲れ様でしたー」
「ありがとうございます。それではまたのご利用をお待ちしております」
と、引っ越し業者とのそのやり取りを終えて僕の引っ越しも完了した。
さて、と。
「これから何しようかなぁ······」
株式も全部自動でやってくれるから僕は特に何もすることがなかった。
ふと、自分の今の格好を見ると、いかにも貧乏人らしく安っぽい服装だった。到底今の新居には似合わなかったので新しい服を買いに出掛けることにした。
それから、都心の複雑な路線に悪戦苦闘しながら僕は今まで一生縁がないと思っていた巨大な複合商業施設に新しい服を買いに来た。
中に入るととてつもない人の量だった。僕は案内板を見ながら服屋を適当に見繕って、店に入った。
「いらっしゃいませ」
という店員の言葉とともに入店して、暫く眺めていて中々決まらないと、そんな僕を見かねたのか若い女性の店員さんがやって来て、僕が服装選びに悩んでいる旨の事情を伝えると、何とその店員さんがコーディネートしてくれることになった。
「どうですか?」
その店員さんに言われるがまま試着室に押し込まれた僕は、何故か店員さんの着せ替え人形と化していたが、この店員さんのセンスが中々のもので、自分で姿見を見ても似合っていると思えるものだったので、ついついコーディネートしてくれた洋服を全部買ってしまって、この店が中々の高級店だったのか、選んだ洋服が高級だったのかは知らないが、百万近くした。
「お買い上げありがとうございます!」
と、僕のコーディネートをしてくれた店員さんがまぶしい笑顔で僕を見送ってくれた。