弟
僕は隣の弟の部屋に入った。弟はいつものように机に向かい、何かを書いている。おそらく勉強しているのだろう。小さい頃から遊び呆けていた僕とは違い、弟は生まれてこのかた勉強ばかりしている。
「二郎、ここに置いとく。」
そう言って僕が部屋の中央に置いたのは、弟宛に届いた荷物だった。差出人は祖母。祖母は弟のことを溺愛している。長男の僕には何故か目もくれず、弟には毎月いろいろなものを送ってくる。本や望遠鏡、世界地図など、その内容の殆どは教育のためのものだった。僕よりも弟の方が勉強好きで、将来が有望だから応援しがいがあるのだろう、と僕は勝手に思っている。なにせ祖母には僕が生まれたその日しか会ったことがないし、ましてやそんなに昔の記憶が僕にあるわけがないので、特に弟を羨ましいとも思わない。
いつも幸せに暮らして来た僕だったが、一つだけ、時々不満に思うことがある。それは、一言で言えば僕の体格と顔つきだ。弟は、よく学校の行事で親が集まる機会があった時、友達やその親に、「お母さんに似ているね。」と言われる。これは誰でも1度は言われたことがあるような台詞だろう。しかし僕は、生まれてこのかた一度も、その言葉を言われたことがないのだ。弟と母は、彫りが浅くて黒髪で、背が高い。対して僕は、彫りが深めで茶髪で、背は低い。しかし僕は、自分が母親に似ていると言われないのは僕が父親似であるからだろうと確信している。自分は間違いなく母から生まれたのだから、そうで無いはずがない。父親は、弟が生まれた翌年に亡くなった。父の写真がなぜか一枚も残っていないのがとても惜しい。僕には父がいた頃の記憶も、亡くなったという実感もない。勿論、父親の顔など覚えていない。