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王子様チェンジ!!

作者: おけむら@物書きリハビリ

※小説としての形が整っているのは前半だけです。

※後半は台詞のみ駆け足です。すみません仕上げられませんでした。


 いいか、と念を押すように男が言った。

 この数日ですっかり見慣れたその顔は、真剣な表情を浮かべていた。あまりに正直すぎて大丈夫なのかと心配になるほど如実に感情を現した声音も、深刻な色を滲ませていた。

「お前は、あー……普通の高校生、だ。なんか特別とか、他と違うとか、そういうのは全然ない、普通の生徒だ。でもってクラスの……ええと、同じ教室で一緒に過ごすことになる同級生も、普通のヤツらだ。つうか、学校にいる生徒は全員そうだ。なんてか、平和なここで、日本で、普通に生まれて普通に育ったガキばっかりで、あれだ。完全に普通なんだよ。それで、お前はそいつらと普通に対等だ。普通なヤツらと平等にやってかなきゃいけないわけで、ホントにそこのところ忘れないで、気をつけてくれよ」

「ああ、わかっている」

 眉間に皺を寄せて、考えながら言葉をつのらせる男へと、笑顔で頷いてみせた。

 普通。対等。平等。

 まったく馴染みのない概念だった。

 普通ではない場所に生まれた。

 血族の間にも厳密な順列があり、正しく対等な者はいなかった。置かれた立場は唯一だった。

 平等とは他者に与えるべきものだった。

 けれど、今この身に必要な行動がそれだというのなら、成し遂げてみせよう。環境に適応し、不審から逃れ、状況に対応しなければならない。

 なぜこのような事態に陥ったのか、原因を解き明かし、目的を達成するために。

 腹にこごる決意を完全に押し隠した笑みに、しかし男は悩ましげな態度から一転、顔を覆ってうなだれた。

「……駄目だ。不安しかない」

 おまけに言うに事欠いてこの呟きである。

 初対面から過ぎるほど気安い態度で接された。しかし、ひとつはこの相手がそれ以外の振る舞いを知らないらしいこと、もうひとつは己の現状を省みれば仕様のないことだと甘受した。とはいえ、決して気分が良くはない。

 それでも彼は、右も左もわからぬ現況に初めて現れた水先案内人であり、唯一の理解者であり、得難い教師でもある。

 穏やかな表情を崩さぬまま、端的に尋ねた。

「なぜだ?」

「なぜもなにも……」

 さらに背中を丸めて頭を抱え、語尾を萎ませる。

 驚くほど胸中を素直に行動で示すところは評価に値する。見ていて非常に面白い。このような人間など周囲にいなかったがゆえ、殊更に。

 他者との会話には、常に見極めが付随していた。背景を念頭に置き、裏を読み、腹を探る。何気ない対話を装っていても、発言は吟味を重ねた内容だった。足元を掬われないために。立場を確かなものとするために。己が生まれ育った場所において、それは当然の嗜みだった。

 けれど今のこの身は違うのだ。

 この男の言動を見るたびに、改めて思い知る。だからこそ有り難くもあった。

「違和感しかねえよ怖えよ……そんなスマイル的なツラするキャラじゃないだろ……」

 しかし、呻かれた内容は心外の一言に尽きた。この身なればこそ、不敬を咎めるつもりはない。必要もなければ、権利もないのだ。幾たびにもわたるやりとりを経て、自らの立ち位置は理解した。それでも、今の言葉については。

「知らぬことだな」

 対比されることは仕方がない。だが、同一として扱われるのは不本意だ。この男ならば、それが判っていようものを。

 目を細め、わずかに笑みを薄くする。

 男は頭を抱えたまま、より一層うなだれた。

「……だろうな、悪かったな、でもそうなんだよ。俺相手ならもう仕方ないけど、学校でもそれじゃ困るんだよ」

「何を困る?」

「さんざん言っただろうが。学校にいるのは本当に、本当に、普通のガキばっかりなんだからな?」

「ああ、理解している」

「お前も普通のガキなんだからな?」

「それも理解している。ーー要点はなんだ?」

 腕を組んで問うと、男は音を立てそうな勢いで、がばりと顔を上げた。

「おっま、理解しててそれか!?」

 唐突に気炎を上げてくってかかってくる。威勢の良い声とは裏腹に、瞳の奥に潜む憂慮が見て取れた。

 内心の不安や心配をなだめて自らを奮い立たせるために、あえて強気に振る舞っている。これ以上追いつめるのは得策ではない。

「確かに、この身の処し方を完璧に把握したと過信するつもりはない。理解した通りに必ず振る舞えるなどと自惚れるつもりもない。その上で、お前の懸念は何だ?」

 柔らかな表情と声を保って問いかける。こちらを睨みつけていた男は不意に落ち尽きなく視線を泳がせて、観念したように再び口を開いた。

「……なんつうか、明らかに、普通と違って」

「ああ」

 相づちで先を促す。

「まず、固い」

「固い?」

「口調が、固い」

 想定外の部分を指摘され、心中で驚いた。表に現すような愚挙は犯さなかったが。

 だが、確かに、この男のような話し方が一般的だというのならば、自分は少々異質だろう。砕けた話し方など未だかつて試みたことすらなく、いささか難易度は高い。それでも必要ならば挑戦しよう。

 優しく目元を緩めて、頷いてみせた。

「一理ある。気をつけよう」

「……おう」

「他には?」

 同意を送っても男は未だ何か言いたげな表情だったが、仕切り直すようにいったん唇を引き結んだ。ややあって言葉をつなぐ。

「あとは、怖い」

「怖い?」

「なんかもう、オーラが怖い。威圧感がハンパない」

 それは。

 完全に無意識の事柄であった。

 威圧しているつもりは毛頭ない。しかし、わざわざ言うからには、男は実際にそう感じているのだろう。

 思い当たる節はあった。これまで受けてきた教育。叩き込まれた心構え。常に誰かに見られていることを前提に、ふさわしくあるべく育てられた。

 芯から身に付き、意図せず与える印象を変えるのは至難の業だ。

 しかし、なるほどこの身を思えば、いささかちぐはぐな様相と見られてもおかしくない。

「なるほど、心掛けよう」

 しばらく考えた後に納得の意を示せば、こちらの様子をうかがっていた男が、あからさまに安堵の息をついた。

「他には、何かあるか?」

「いやもう、いろいろあるんだけど……ありすぎるほどなんだけど……言っても意味あるのかわかんなさすぎて……」

「言ってもらわねば判らん、が……そうだな」

 なぜか途方に暮れたような男を視界に入れたまま、顎に手をあてて考える。

 固さを取り払い、威圧感を与えぬよう。この身が他者と対等であり、誰もが平等であることを念頭に置いて。

 やはりいまひとつ判らない感覚だが、必要なのは。

「普通の子どもして行動すれば良いのだろう」

「その『普通』の基準が信用できねえんだよ、王子様的にな!」



■□■



 深い眠りに落ちていた。

 二、三度まばたきをして、まとわりつく倦怠感を振り払った。

 視界に映ったのは質素な小部屋だった。知らない場所だとすぐにわかった。生を受けたその瞬間から、この身は栄華の中にあった。厳選された一級品に囲まれ育った。それが当然であり必然だった。しかしこの小部屋は徹底的に飾り気が排された、あまりにも質素なーー粗末な様相だった。

 小さな低い台に横たわっていた身体を、慎重に起こす。固い敷物が申し訳程度に沈んだ。掛けられていた粗い手触りの布をまくり、両足を引き抜いて床におろした。静かに深く息を吸い、吐き出した。取り乱してはならない。けれど覚悟が必要だった。

 自分が、あの厳重な警備をかいくぐり、知らぬうちに、知らぬ場所へ連れてこられたという、この状況に向き合うためには。

 それだけではない。ゆっくりと動かしてみた身体が、自分のそれだと信じられないほどに重かったのだ。まるで病に倒れて何日も寝込み、全身が萎え衰えてしまった時のように。

 かろうじて衣類を身につけていることにだけは安堵した。それがどれほど珍妙で、貧相なものだったとしても。

 ーー誰が。

 ーー何の目的で。

 ーーどうやって。

 様々な疑問が頭に浮かぶが、思索に耽るいとまはない。ただひとつ判明している現状を打ち破るまでは。

 この身が、ヴィルーナ王国第三王子が、拐かされ囚われているという、最悪の現状を。

 肺の底から空気を絞り出す。そして意識を切り替えた。台に座ったまま、しばらく様子を伺ってみる。この小部屋の周囲に、他者の気配はなかった。

 見張りがいないのは不可解だ。好機ではある。しかし罠の可能性が高い。相手は城奥にある王族の私室に進入し、王子を連れ出すほどの手練れだ。甘く見てかかってはならない。

 城では今頃、どれほどの騒ぎになっていることか。何度記憶を辿っても、昨晩ーーというのは己の体感によるところだが、通常通り就寝したところで途切れていた。何の変哲もない一日の終わりだった。

 城内で賊を追うほどの騒ぎがあれば、眠っていても間違いなく気づいた。

 警備の隙をすべてかいくぐられたとしても、私室にまで踏み込まれれば、やはり判らぬはずがない。

 王族が常に守られるのは、常に害される危険と隣りあっているからだ。一筋の傷もつかないよう従衛や女官に囲まれて育ちながら、文字通り毒を飲んで自衛を徹底的に叩き込まれた。気配の察知もそのひとつで、呼吸するがごとく自然と勘が働く。

 そして、もしも自分が足りなくとも、側に控える従衛や女官が、仕える王族のため命をなげうつ。

 どのような手段や経緯があったのかは判然としない。しかし不甲斐なく拐かされた現状は、従者たる彼らにとって致命的な過怠であり、主たる己にとって痛恨の不手際であった。

 それにしても、と怪訝に思う。曲者に接近され、触れるのを許しただけではない。おそらくある程度長い距離を移動させられておきながら、なすがまま眠り続けていたというのは、異様というより他にない。

 薬か、毒か。だとしたら、内通者か。

 しかし、どちらにしても。

 ここがどこかはわからない。賊が何者かもわからない。目的も不明、閉じこめて放置する意図も読めない。

 それでも、既におめおめ浚われる失態は犯した。その上のうのうと救出を待っているつもりはない。

 小部屋を改めて観察する。

 ひとことで言うならば、やはり簡素だ。そして狭い。

 長方形の空間でもっとも場所を取っているのは、いま腰掛けている人ひとりがぎりぎり横になれる幅の低い台だ。その他、高低も大小も異なる台がいくつか、壁に沿って置かれている。その種類は様々だが、配置には規則性があった。ただ乱雑に物を詰め込んだわけではない。中央を拓いたささやかな余白から、どこにでも手が届くよう設置されている。

 まるで家具のようだ、とふと思った。この小部屋を誰かの私室に見立てるならば、これらに該当するのは寝台や文机、引き出しが連なる小物入れ、大小の脇棚、ひときわ背が高く段で仕切られているのは飾り棚もしくは書架。そんなことを考えながら、同時に荒唐無稽だと笑い飛ばす自分がいた。庶民の暮らしをなにもかも知っているわけではない。だからといってまったくの無知でもない。生活に必要な家具をなにもかも一室に詰め込んで住まうなど、あまりに馬鹿げたーー焼いた魚を水に戻すような話だ。

 そもそも前提から矛盾している。この程度の広さの私室で暮らす者もいるだろう。それは家そのものが小さな、さほど裕福ではない層だ。けれど金銭的な余裕がなければ、家具の種類や数を増やせない。

 不可解なのは、どれほどよくよく熟視しても、小部屋の中に存在する物が、己の知識となにひとつ合致しないことだ。

 作りは単純。つるりとした素材。

 教養の一環として、自国だけでなく他国の文化も学び、触れてきた。人の手により創り出された物は、様式ひとつとっても特徴を持つ。材料から生産地のあてがつく。国内でも地域によって特色を持ち、他国となれば違いは顕著となる。だというのに、ここにあるものときたら。

 癖は強い。様式は統一されている。独特の文化が発達している。だというのに、わからない。

 文机や脇棚に類似した台の上には、雑然と小物が置かれていた。こういった品々もまた大きな手がかりになってしかるべきだというのに、用途の検討すらつかない。

 なによりこの空間でひときわ異彩を放つ、壁に埋め込まれた額縁は。

 ずいぶんと大きい。城の絵画と比べても遜色がないほどに。しかし、この額縁が飾っている物はなんなのだ。

 絵画ではない。書のたぐいでもない。

 全面が一色に塗られた板だった。濁らせた湯に似た、のっぺりけぶる乳白色。表面は丁寧に磨きあげられたかのように滑らかだ。

 小部屋にある唯一の装飾品。これがいったいどのような意味を持っているというのか。

 わからなかった、何も。周囲に存在する物から賊の情報は得られない。忸怩たる思いだったが、認めないわけにはいかなかった。

 小部屋の周囲に他者の気配は、やはりない。

 そっと腰を上げる。本格的に動かした身体の衰えは、想像以上に酷かった。これほどまでに身体能力が低下するなど、いったい何日眠り続けていたというのか。やはり薬物の影響を疑う。

 履き物はなかった。裸足のまま床を進んだ。ほんの数歩で反対側の壁に届いた。そして、目覚めて見回した時に最も気を引かれた場所に立った。

 扉、だ。

 おそらく。

 荒く塗られたの壁の途中、いささか色も材質も異なる部分。縦長に切り取られた一枚の板のような形状。やはり扉ではないかと思った。このような誂えは初めて見るが。

 腰ほどの高さに取り付けられた丸い銀色。これが開閉の取っ手だろうか。どれほど知識を探っても、やはり自国にこのような様式はない。他国でも思い当たる節がない。まったく交流のない辺境国か。だとしても、これほどまでに独特な風習と技術を確立しているのならば、噂に聞いたこともないのは不自然だ。

 取っ手らしきものに触れた。

 にわかに胸中を苦い気持ちがよぎって消えた。これまで、自らの手で扉を開閉した経験がないことに思い至ったからだ。

 生まれ育った城は同時に公の場所でもあった。あらゆる箇所に従衛が配置され、ゆく先々で彼らが扉を開けた。数少ない私的な空間を使う際も、付き従う側仕えが開いた入り口を通ってきた。王族の行く先を妨げぬよう道を整えるのは従衛や女官の仕事であり、それを当然と受け止めてきた。奉仕を拒否することは、すなわち彼らから仕事を奪うことであり、従者の存在への否定に繋がる。仕えられる身としてやってはならないことだと教育を受けた。

 ひとり捕われて初めて、自分で扉を開けようとしている。それがなにかの皮肉のようだと思った。こわばった手に力を込めた。

 ぐっと押してみる。開かない。

 掴んで引いてみる。開かない。

 上に、下に、左右に動かしてみる。取っ手が不安定にぐらぐら揺れた。やはり開かない。

 全身の筋肉を使って強く引いた。繋がる板が、おそらく扉が、ガタンと大きな音を立ててたわんだ。やはりこの板は動く。確信を得たが、しばらく静止して神経をとがらせた。

 壁の向こうに他者の気配は、ない。

 聞こえてくる音もない。誰かがやってくる様子もない。

 ……いちど閉じこめてしまえば絶対に逃げられないという自信の現れか?

 だというのならば、なるほど自分はいままさに、相手の思惑にはまっているのだろう。ふつふつと沸いた怒りが胸を灼いた。このままおとなしく、賊の思い通りになどさせてたまるものか。

 幸い、と言うべきか。動かしてわかったことだが、板にはさほど厚みがないようだ。表から閂のひとつやふたつかけられている可能性は否定できないが、破れるか試してみる価値はある。さすがに遠くまで音が響くだろう。しかし誰かが様子を見に来れば、それはそれで状況が変わる。なにひとつわからない現状から一歩踏み出せることに違いはない。

 問題は、やけに萎えたこの身体でどれほどの力を出せるかだ。それでも、行動しないという選択肢はない。

 そう判断して、扉から少し距離を取ったーーところで。

 突然響きわたった翼獣の甲高い鳴き声に、反射的に腰を屈めた。

 翼獣は大型の肉食鳥だ。主に狙われるのは家畜だが、飢えていれば人間もまた獲物とする。旋回状態から狙いを定めて一気に下降し、鋭い鉤爪で掴んで再び上昇して、巣へと持ち帰り食らう。非常に危険な猛鳥であり、上空に姿が見えたら人々は屋内へ避難する。遮蔽物のない場所で遭遇した場合は、地に伏せてやり過ごすのが常套だ。

 いま自分がいるのは屋内だ。しかし、鳴き声はずいぶん近い。そのうえ断続的に続いている。

 低い体勢のまま息を潜めながら、すばやく目線だけあちこち動かす。姿は見えない。近づいてくる影もない。小部屋の中に変化はない。鳴き声は未だ聞こえる。これは、どういうことだ?

 いや、おかしい。鳴き声が近すぎる。まるでーー違う、間違いない。翼獣は、小部屋の中で鳴いているのだ。

 翼獣と一緒に閉じこめられている? 想像して肝が冷えた。小部屋に檻のたぐいははなかった。台の内側までは見ていない。誰の気配も感じないことに油断して子細に確認しなかったことが、今更ながら悔やまれる。しかし改めて見回しても、翼獣が入る大きさの台などはない。雛ならばともかく、と浮かんだ考えを切り捨てた。翼獣は雛と成鳥で鳴き声が異なる。

 すぐに次の動作に移れるよう腰を落としたまま、扉から離れて小部屋を慎重に移動する。数歩で中央へ戻った。鳴き声が近づいたのがはっきりわかった。そして、ある一点に視線が釘付けとなった。

 見つけた。目覚めた時点から、変化した物を。

 最初に横たわっていた広い台の横、飾り棚ほどの小さな台。その上にある小物のひとつ。用途がわからなかったため、記憶に留めるだけでいったん捨て置いた物。広げた手に満たないほどの薄い長方形の板。その表面は確か、黒一色だったはずだ。

 しかし、いま改めて注視したそれには、色鮮やかな模様がついていた。

 それだけではなかった。翼獣の鳴き声を発しているのもまた、この小さな板だった。

 あまりにも常識を外れた事態に直面して、頭が真っ白になった。不審な物にわざわざ近づくような真似をしてはならない。けれど手が伸びた。抑えられない動揺に指先が震えていた。

 しかし、あとわずかで触れる、その直前。

 ぱたりと鳴き声がやんだ。同時に板の表面から模様が消えた。まるでこちらをあざ笑うかのように、何事もなかったかのように、板は滑らかな黒一色に戻った。

 呆然と立ち尽くす。一連の出来事は完全に許容量を越えていた。どう処理をしたらよいのかわからなかった。なにを考えることもできずに脳が空転していた。再び静寂が訪れた小部屋で、激しく脈打つ心音だけがうるさい。

 本当に、自分は。

 いったい、何に巻き込まれたというのだ。

 思考力を失ったまま、不意に襲われたのは冷たいやいばに肺腑を撫でられるような感触だった。なにか途方もない間違いを犯しているのではないかという、それは恐怖だった。



 ーーどれほど時間が経ったのだろうか。

 我に返ってようやく、自分が最初に横たわっていた低い台へ腰掛けていることに気づいた。完全に無意識の行動だった。

 打ちのめされていた。過去に覚えがないほど。

 どのような状況に陥っても、隙を見せてはならない。常に自分を律し注意深く行動せよと、骨の髄まで教え込また。誇りと誉れを充分に自覚し、王族のあり方を体現してきた、そのつもりだった。

 しかし、飲み込むことも許されない、理解を軽々と越えた現状を前に。得体の知れない物に囲まれている現実を前に。取るべき道が判らず、ただ途方もない無力感に蝕まれることしかできなかった。

 絶望するにはまだ早い、四肢がある限り足掻けと、冷えきった心のどこかが叫んでいる。

 けれど、動くことは正解なのか、この奇怪極まりない現状に対応することは可能なのか、現在が本当に最悪なのかーー更に理不尽な何かに直面するしてしまうのではないかと、怯えに身がすくむ。

 動かねば、何もわからない。

 動いたら、何かわかるのか。

 堂々巡りだった。

 これほど惰弱だったとは、と自嘲に口元が歪んだ。本当は理解しているのだ。動かなければならないと。耳をふさぎ目をふさぎ、思考を止めるのは愚策だと。行動せずに変化を求めるなど無理なことだと。

 恐れるのは、未知だからだ。ならば少しでも知らなければいけない。知ろうもせず留まっていてはならない。それでは何も始まらない。始めることができない。

 座ったまま、顔の前で両手をく組んだ。

 目を閉じる。深くゆっくり息を吸い込む。

 大きな深呼吸を繰り返して、荒れた心を鎮めていく。瞼の裏にまず映したは父の姿だった。威厳に満ちた国王ユハローグ。寄り添う母妃ラチア。王太子として公務を行う強く曲がらぬ兄ユハジュード。長兄を補佐する穏やかで抜け目ない次兄ユハディーダ。優雅に微笑みながら社交界を取り仕切る姉アリラキア。誇り高きヴィルーナ王家。

 末弟として名を連ねる己ユハルーグが、ただの臆病者であってはならない。

 心は凪いだ。

 目を開ける。

 小部屋の内部は変わらない。さきほど度肝を抜いてくれた忌々しい板も、黒い表面を見せて沈黙を保っている。

 取れる選択肢はふたつ。小部屋の内部を詳細まで確認するか、扉であろう板を蹴破るか。

 このまま徒手空拳ではあまりに心許ない。脱出に使えるものがあれば手に入れてきたい。しかし、ここにあるものについては、解らないということしか判らない。不用意に携帯して、先程のような異常事態に突然見舞われたら、動きを阻害されるだけだ。

 ならば、やはり扉を。

 そこまで考えたところで、不意に意識が逸れた。

 微かに音が聞こえた。

 他人の気配を感じた。

 小部屋の外、扉の向こう。誰かいる。動いている。

 扉を開く音。閉める音。隠さぬ足音。近づいてくる。

 ーーそして、これは、声か?

 身体がこわばる。扉を見据える。確かに誰かがこちらにやってくる。ようやく賊の登場か。音高く歩む挙動から、礼儀作法を知らぬ者だと当てがついた。相手は王子を拐かす輩である、そもそも礼儀など要求するべくもないが。

 いや、おかしい。

 それほどの手練れにしては、ずいぶん賑やかすぎないか?

 想定と現状の大きなかいりに再び混乱しかけて、ぐっと奥歯を噛みしめた。困惑に浸っている場合ではない。気を引き締める。そもそもここで目覚めた時から、己の理解の範疇に収まってくれることなどなにひとつなかったのだ。いまさら常識を期待するなど無駄なこと。

 足音はどんどん近づいてくる。気配はまっすぐ、こちらに向かって。

 そして、声。ーー聞き慣れない発音。どこの言葉だ?

 賊が扉の前で止まった。台の上で軽く腰を浮かせて見守る。

 扉についた取っ手が、銀色の丸いそれが、くるりと回転した。そして。

 すんなりと扉が開かれた。外側に向かって。

 ……外に向かって開くのか、どこの文化だ、と浮かんだ疑問は反射だった。

 裏腹に身体は動いていた。

 台から一気に扉へ距離を詰める。あまりに鈍い四肢の反応に舌打ちしたい思いにかられつつ、扉を開けた人影にーー男に肉薄する。開放されても入り口は狭い、武器があっても振るえなかっただろう。懐に踏み込む、相手は無防備、必要なのは鋭い一撃。

 繰り出した手刀を鳩尾に沈める。呻き声をあげて男が沈んだ。

 けれどそれもまた、想定外だった。

 昏倒させるつもりだった。それが無理でも、のたうちまわって嘔吐するくらいの威力を込めた。だというのに、男は意識を保ったままでーー

 自分は、とても手が痛い。指を脱臼したのではないかと思うほどに。

 いくらなんでも衰えすぎてはいないか。喉奥から溢れそうになった悪態を押しとどめ、しゃがむ男をかわして外へ出る。

 外。では、なかった。

 扉が開いた一瞬で見て取ってはいた。しかし実際その場に立つと悔しさが先に立つ。小部屋の外にあったのは、少しだけ面積は広いものの、さして程度は変わらない、やはり質素な部屋だった。

 扉。銀色の取っ手を回す。外開き。

 すばやく視線を走らせる。扉、はなかった。壁の一角がそもそもない。ぽっかりと四角い穴が開いている。その先はおそらく廊下だ。どこに続いているかはわからない。けれど進むしかない。

 判断を下して身を翻した、そうしようとした、刹那。

 足首を掴まれた。

 反射的に蹴り飛ばしかけて、動きが止まった。

「……てっめ、なに、しやがる……!!」

 床に伏したままこちらを睨み上げてくる、男の言葉が。

 聞き慣れない発音、知らない文法、初めて聞く言葉が。

 扉越しに聞いた時には、音としてしか捉えられなかった言葉が。

 じわりと脳に浸透し、ぱたぱたと再構築され、意味を成したからだ。

 なぜ。

 理解、できる?

 お前は。

 ーーお前は、なんだ?

 口からこぼれた疑問は、掠れきったヴィルーナ語だった。男は苦悶の表情に、怪訝な色を乗せた。

「はあ? なに言ってやがる」

 返された言葉は、やはり知らない言語だった。それなのに、解る。

 そして、呆然と見やった男は。

 いってえな、と毒づいて、わき腹を押さえながら立ち上がった。黒い髪と目、乳白色の肌。変わった様式の派手な衣服。並ぶとずいぶん背が高い。いや、違う。

 再び襲いくる違和感。この男の背が高いのではない。

 自分の、目線が。

 あまりに非力すぎる己の手を、初めてしっかりと見下ろして戦慄した。まったく筋肉のついていない貧相な腕。

 目が覚めてから、動かした身体の重さに、まるで自分のものではないようだと思っていた。それは例えだった。そのはずだった。

「それで」

 男が口を開いた。怒りに任せた笑顔だった。

「こんな時間まで寝てるバカを、親切にも起こしてやろうとした優しい弟に、いきなり暴力をふるった理由はちゃんと用意してるんだろうな?」

 残念ながら、自分に弟妹がいたことはない。

 現実逃避のように思いながら、胸に差し込まれた冷たい刃は愉しむようにひたひたと肺腑を撫でていく。

 ああ、本当に。

 自分はいったい、何に巻き込まれたというのだ。

 ーー頭が痛む。脳内で力任せに警鐘を鳴らされているかのようだ。

 けれど途方に暮れている時間はなかった。

 目の前に立つ見知らぬ男は、怒りも露わにこちらを睨みつけている。ざっと眺めた限り、上背こそあるが細身で鍛えていない。武器を所持しているかどうかは、奇妙な衣服に仕込みがある可能性は否定できないものの、握りしめた拳を震わせるだけで取り出す素振りがない。威嚇に似た態度だが、ほとんど棒立ちだ。なんらかの行動を起こす構えもせずに、ただこちらの反応を待っている。

 片手を男に向けた。置かれた状況を整理したかった。

 言葉を探す。先程の様子から、ヴィルーナ語はおそらく通じない。必要なのは相手が話した未知の言語。なぜか理解することができた言語。

 ほんの少しの思案。それだけで、気味が悪くなるほどすんなりと、脳内で変換できた。

「ーー少し、待て」

 組み立てた言葉を、舌に乗せて押し出した。

 男は「あぁ?」といっそう怒気を強めて唸った。

 通じなかったのだろうか。懸念はすぐに杞憂だとわかった。毛を逆立てんばかりの勢いで、男が会話を繋げたからだ。

「てめえ、なんだその態度。ひとさまにいきなり一撃くらわせといて、『待て』ってどういうことだよ。待ってんのはこっちだよ、理由を言いやがれ、それよりまず謝れ!」

 相手が言った内容は、やはり解る。

 己の言葉を相手が理解したのも、確認できた。

 意志の疎通は可能だ。では、どうするか。

 男はあからさまに凄んでいる。本来、こういった輩を前にして、刺激するのは得策ではない。宥めるかいなすか、どちらにしてもまずは落ち着かせるのが正解だ。身の安全を図るためにも。

 だが、今はこちらにも心理的な余裕がない。不可解な状況の渦中にいるのだ、少しでも多く男が持つ情報を引き出したい。幸いというべきか、男はすぐさま実力行使にーー直接的な暴力行為などに移る気配はない。

 ならば。

 腕を組んで表情を消し去り、鋭く男を見据えた。

「待て、と言っているのが聞こえなかったのか。お前は直面している現状がどれほど異常かまったく気づいていないようだが、今この場においてもっとも優先すべきは事態の把握と互いの認識の齟齬の確認だ。私は三男一女の末弟だが、弟と自称したお前には私が兄に見えるのか?」

「……は?」

 下手に落ち着かせて思考力を取り戻させるよもりも、こちらの調子に巻き込んで混乱させ、感情の赴くままに発言させた方がよい。

 厳しい声音で一気に告げる。男の顔から怒りが抜け落ち、ぽかんと間抜け面を晒した。完全に理解が追いついていない様を確認しながら、さらに言葉を連ねる。

「成る程、確かに外見はお前の兄なのかもしれんな。私にとってこの肉体は、生まれたときから持ち得ていたものと異なるようだ。それを確かめたい。鏡はあるか?」

「は? お前、何……」

「鏡はあるか? あれば寄越せ。この小屋のどこぞに設えられているのならばそれでもいい。案内しろ。急務だ」

「は……、お前、え……?」

「何度言わせる。鏡だ」

 高圧的に畳みかけると、ぽかんと口を開けたまま男が動いた。思考を放棄した動きだった。今はそれでいい。

 ふらふらとおぼつかない足取りの男の後ろを進む。小部屋から続く部屋を横切り、切り取られた壁の一角を抜けて、数歩程度でまたげる廊下のさらに向こう。これまた小さな扉を開けて、止まった男を追い越した。

 中に入るとそこは、最初に目覚めた小部屋とすら比較にならないほど狭い空間だった。側面に、額縁に填められていたものと同じ乳白色の板が、より大きなーー戸口のような体で設置されている。突き当たりに大人ひとり隠れられそうな箱。そして、壁から腰ほどの高さに水盆ほどの台が突き出しており、その上部に求めた物があった。

 前に立つ。

 腕を持ち上げた。前へ伸ばした。

 驚嘆するほどくっきりと映る鏡の中で、知らぬ男が同じ動きを返してきた。

 整えたこともなさそうなぼさぼさの黒髪。馴染みのない肌色。地味な目鼻立ち。痩せた身体。一言で表すならば、貧相だ。

 腕を降ろして、嘆息した。視線を動かす。鏡の中、己の後方、開いたままの入り口に所在なさげに立ち尽くし、どう取り扱ってよいのかわからぬ不気味な物を見る目でこちらを眺める男に尋ねた。

「これは、誰だ」

「だ、れって……えええ……何言ってんだよ……」

 身体ごと振り返り、男を見据える。視線が合わさる。狼狽えたように逸らしかけて、しかし男は踏みとどまった。おそるおそる口を開く、

「……お前、頭でも打ったのか?」

「この男は誰だ?」

「なんか……の、なりきりとか、ごっこ遊びにしたって、たちワリィぞ?」

「この身体は、誰だ?」

 頭に血が上った状態からはすっかり脱している。代わりに不審と疑念がたっぷりと、おまけにわずかな心配が瞳の中にある。内心で驚いた。ずいぶんと人がよいものだ。

 引かずに冷静に見つめ続ける、観念したように男が答えた。

「……俺の双子の兄貴。雀部葉史。だろ」

「双子か、似ないな」

 端的に感想を言い捨てて、狭い空間を出た。男が慌てて脇に避ける。

「お前の名は?」

「雀部茎史。なあ……お前、ホント何なの?」

「ここはどこだ?」

「……家だろ」

「家。ササベヨウシの? ササベケイシの?」

「俺らのだよ、当たり前だろ……おい、マジでどうしたんだよ?」

「この家は、どこにある」

「は? え……えと、え? 酉之とりの市?」

「国名は何だ」

「……日本に決まってんだろ、なあマジでなんなんだって」

 短い廊下を引き返す。部屋の中央で立ち止まる。

 ササベヨウシ。不思議な響きの名前だ。けれど、理不尽極まりないものの、何故か操れる知らない言語とは、馴染んでいる。そして、ニホン。主要外国どころか、辺境国の中にも、そのような名を持つ所はない。だというのに、その字が正確には「日本」であると、脳が形を組み立てた。これまで学んで得てきた知識を越えて、勝手に理解を与えられる状況に身の毛がよだつ思いにかられる。それでも、これが現実だ。

 整理しよう。

 原因はわからない。理由もわからない。認めたくもなければ、どのような手段を用いればこのような事態が引き起こせるのかもわからない。

 けれど己は、ヴィルーナ王国第三王子は、ユハルーグ・スカザチェラ=ヴィルーナは、生まれ持った肉体ではなく、ササベヨウシの身体に宿った。

 故郷ヴィルーナと、おそらく実質的に繋がりを持たないーー共通する線上に存在しない、日本という国の、ササベヨウシの家で。

 思いがけず笑いが漏れた。伺うように付き従ってきていた男が、顔をひきつらせえてヒエッと喉を鳴らした。

 今の気持ちを、端的に表現する言葉がある。まだ王族としての心得が薄かった幼い頃、躾け鞭をふるう作法の教師を厭って逃げたことがある。城内をこっそり隠れ進むうちに従衛の鍛錬所近くまで迷い込み、彼らの私語を初めて聞いた。そこで使われていた言葉。

 込められた感情は察知しても、聞き慣れぬ言い回しが理解できず、その後意味を教師に尋ねて、こってり叱られたものだ。

 ああ、この日本の言語にも、合致するものはあるのか。

 初めて感情のままに、初めてその言葉を、知らぬ言語で吐き捨てた。

「ーークソッタレ」



■□■



「正直、めちゃくちゃ正直なところ、お前にはじっとしててほしいんだけど……聞かねえよな」

「当然だ。どのような経緯、手段をもってかような事態になったのか。動かぬことには、解明もできまい」

「解明? 元に戻るための方法を探すんじゃねーの?」

「ことがそう単純ならばよいがな」



「ドアは! 自分で! 開けるんだよ!!」

「……そうだったな」



「椅子を! 引くのを! 待つな!!」

「そうだったな」



「なんであいつとお前が入れ替わったんだろうな」

「……それを、私も知りたいものだ」



「おい、なんだよこの状況」

「こやつらは私、あるいはササベヨウシがずいぶんと気にくわないらしい。言葉でもって精神を、暴力でもって身体を、害そうとした。ゆえに無力化したのだがーーササベヨウシはなにゆえこれほど脆弱なのだ。護身程度で、筋を違えた」

「問題は、そこじゃねえ……」



「なかなか、興味深い状況だな。いじめーー陰湿な嫌がらせ。そう呼ぶには可愛らしい行為ではあるが、『普通』であり『平等』な間柄のお前たちが、なにゆえそのような行いする?」

「……雀部兄に、命令されて」

「ササベ兄?」

「……君だろ」

「私か」



「雀部兄は、おとなしそうだけどキレたらなにするかわからないって、有名だから」

「ゆえに従うと? ……そうか」



「雀部兄のさあ、アレなんのつもりだろうね? 王子様ごっこ」

「あそこまでなりきられると感心するよね」

「……ねえ、ちょっとさ。試してみない?」

「えー、面白そう!」

「やるやる!」



「変なこと、聞くけど。……君は、本当に、雀部兄なの?」

「お前はどう見る?」

「見た目は雀部兄だけど、全然違う人だと、思う」



「雀部兄。お前、カンニングしただろ。お前がこんな点数、取れるわけがないだろうが」

「ならば問題を出してみろ。いまここで回答してやろう」



「ねーちょっと、王子様? 女子レディが転びそうになってるのに助けもしないって、王子様的にアリなワケ? そんなの王子様って言えるんですかぁ?」


淑女レディは無様に転ばぬものだ」



「あんたがいまさらどんな振りしたって、クソの肥溜めみたいな最低野郎だってことに変わりはないんだからね! ごまかせると思うんじゃないわよ!!」


「……なんだか、楽しそう?」

「ああ。これほど威勢良く面罵される経験は初めてだ」



「雀部兄……くん、本当に、雀部兄じゃないんだね」

「なぜ、そう思った?」

「……そんなに上品なサンドイッチの食べ方、初めてみたから」



「……あいつさ、雀部兄。『王子様』になってから、体育の授業出てなくない?」

「あー、言われてみれば」

「いちいち見てなかったけど、そうかも。ーーなにするの?」

「古典的で、有効的なヤツ、かな」



「検索してみたんだけど、ヴィルーナ王国ってぜんぜんヒットしなかったんだ。この線は、外れなのかな」

「この線とは、どういう意味だ?」

「成り代わりって、ラノベとかそっち系だとけっこうありがちなんだ。だから雀部兄の魂が王子様の身体に入って、はじき出された王子様の魂が雀部兄に入って、この状況になったのかなって、思ったんだけど」

「『成り代わり』。そのような物語が流布しているのか、興味深いな」



「ーーねえ王子様、財布抜いたの、あんたしかいなくない? 体育のとき、いなかったのあんただけだったよね?」


「ひとつに、私は体育の授業の時間を図書館で過ごしている。脆弱な肉体を鍛えることを怠り、知識を求めることを優先した責めは受けよう。実際にいたかどうかは司書に問え。もうひとつ、体育の時間は男女別れて行動すると記憶しているがーーお前が私にそれほど興味を持っているとは意外なことだ。いないと確信するまで、よく探したものだな?」



「……他人事だとは、この身では到底言えんな」



「……ササベヨウシの置かれた状況は、じつに興味深い。個として認識されぬほど軽んじられ、直接的な危害をも受ける。他者に影響を与える立場では決してなかろうに、嫌がらせを強要する首謀者として名が挙がる。よくよく利用されているな。


 ーーさて、『雀部兄』と呼ばわれるこやつは客体、主体はお前だ。私には親しげに振舞っていたが……お前はササベヨウシを、どのように扱っていたのだ?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 会話だけで状況を把握できました。すごい書き方の技術。読んでいて楽しかったです。 物語をありがとうございます。
[一言] これ続き読みたいですー! 最後、不穏な雰囲気が漂っていて、ドキッとしました。 王子キャラがいい感じで好きです!
[一言] これ連載で詳しく読みたーーーい!と思いました 入れ替わるとそうですよね、こうならないと変ですよね…新鮮でした
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