18話 仁義切ります
明るいネオンと電灯の下で、ダークスーツに身を包んだ二人のヤクザが睨み合っていた。
普段飄々とした態度を崩さない竜さんが、厳しい表情をしている。
一体どういう人なんだろうか。
もうひとりのヤクザは、ごつい体格、この夜中にサングラスをかけ、ゴールドのネックレスをかけた見るからにヤクザでございます、という男。
男は、粘るような声で竜さんに絡んでいる。
「おう、竜やないか」
「今は止めておけ」
「なんでじゃ。芋引いてるんちゃうやろな」
「……一般人を連れてるからだ」
「関係者じゃないんか?」
「こちらは小説家の先生だ」
「ふん。……それならしゃあないな」
なんだか険悪な雰囲気だった。
竜さんが飄々と相手をすることで、ますます男のいやらしさが強調されてしまっていた。
「まあええやろ、一般人に手を出さないのは、大昔からの掟やからな。次会ったときは知らんぞ」
「あまりアヤをつけてくると、痛い目にあうぞ」
「ふん、喧嘩で済めばええが、抗争になって、お前ら相手になると思っとるんか?」
「さあな。うちを頭だけと見るか、そうでないかは任せるさ。ところでこちらの先生、『任侠男坂』の川辺先生だ、ご挨拶したらどうだ」
「なあにい! 川辺先生とは、あの川辺先生か!?」
「そうだ」
男の驚きようと言ったらなかった。
つい先程まで堂々たる威風で睨みつけていたというのに、突然しどろもどろとした。
かと思うと、やくざ者が顔を赤く染めて、サングラス越しに視線をさまよわせ、ううむ、ああ、とか唸り始めた。
と思った次の瞬間には、腰を割、身をかがめ、突如仁義を切り始めた。
「お控えなすって」
「はっ? ……ああ、そちらからお控えなすってください」
「往来にて失礼ですが、控えさせていただきやす。仁義発します。手前は粗忽者ゆえ、前後間違えたるふしは、まっぴらご容赦願います」
ちょっと、なぜ!
なぜいきなり仁義を切る!!
仁義。
それは渡世人――いわゆるヤクザが、自分たちのどこの組のものかを表明する礼儀の一つだ。
もはやヤクザの世界も名刺交換が主流になって、廃れた古い仕来りの一つなのだが。
突然の口上に、往来の一般人たちが興味を示す。
示しながらも、関わりには会いたくないと、遠巻きに見つめるばかりで通り過ぎていく。
ボクは男の口上を、ただ聞いていた。
「先生におかれましては、初のお目見えと心得ます。手前、生まれ育ちは大阪西成でございます。
稼業、縁を持ちまして、身の片親と発しますは西成に住まいを構えます、新木一家四代目を継承いたします、新木伸に従います若い者でございます。
姓は武田、名を重蔵。稼業、若頭補佐を務めておる者でございます。
以後、万事万端、お願いなんして、ざっくばらんにお頼り申します」
「有難う御座います。ご丁寧なるお言葉。申し遅れて失礼にございます。手前、姓は川辺、名は誠。稼業、未熟の小説家として駆出し中でございます。以後、万事万端、宜しくお頼り申します」
なんだ、一体何の茶番だ!?
どうしてボクが口上をあげるんだ。
仁義を切るとか、調べたけどよく知らないんだけど!?
「ありがとうございます。どうぞ、お手をお上げなすって」
「武田さんから、お上げなすって」
「それでは困ります」
「では、ご一緒にお手をお上げなすって」
「ありがとうございます」
「ありがとうございました」
男、武田は感動したようだった。
おおお、となんだか唸ったかと思うと、身を震わせていた。
竜さんがため息をつきながら耳打ちして説明してくれる。
「新木組のものですよ。うちとは敵対関係にあります」
「そういうことってあるんですね」
「うちはスマートな稼ぎをしていますが、相手は昔ながらの違法行為を繰り返すバリバリの武闘派です。あまりに反りが合わないので、会合でも顔を合わせるとああして絡んでくるんですよ」
小さな声で、迷惑な話です、と竜さんは心底面倒そうにいった。
しかし、ヤクザといっても色々いる。
新木組は新木伸組長が運営している組で、シャバ代に地上げ、高利貸し、噂によると借金からのソープに麻薬の販売にも手を染めている可能性があるという、金のためなら手段を選ばない組だそうだ。
どのような形で世間と折り合いをつけるのか、そういうところに気をつけている田口組にしたら、どうにも馴染めない相手だろう。
新木組と田口組は近年ピリピリとした緊張状態が続き、いつ抗争が勃発してもおかしくないらしい。
そんな相手であるにもかかわらず、何故か急に仁義を切るとか、いったいどうなってるんだろう。
それだけ極道の人から支持されているのを喜ぶべきか、恐れるべきか。
本格的にペンネームを変えて、別のジャンル作品を書いたほうがいいんだろうか?
本気で心配になってきた。
武田は挨拶をして満足したのか、最初に竜さんに絡んでいたことも忘れて、上機嫌に去ってしまった。
この先とんでもない騒動に巻き込まれることになるとは、このときのボクは想像すらしていなかった。
今回ちょっと短いですが。
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