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17話 薄情な同僚と騒動の前の静けさ

 薄暗い店内だった。

 ぼんやりと照らされた明かりは、ボクたちの顔をうっすらと浮かび上がらせている。

 分厚いバーのカウンターの上に、ショートのグラスが3つ並んでいた。

 ともに座っているのは、ボクとかつて同じ公募に参加し、デビューした同期だった。

 ボクは結局受賞できずの拾い上げ。

 しかし、並ぶ二人は立派に受賞作家だった。

 そこに嫉妬する思いがあると言えば、あるようなないような。


 同じ時期にデビューしたということもあるが、不思議と馬があった。

 だからか、今では戦友だと思っている。

 お互い締め切りに追われた忙しい身ではあるけれど、こうして時折顔を合わせては飯を食べたり、酒を飲んだりしている。


 今日の議題は、ボクの環境についてだった。

 つまり、『ヤクザがパトロンになることは是か非か』論争である。


 羨ましい話じゃないか、と大賞をとった山口が言った。

 ヤクザがパトロンについて、作品を書いているというと、最初は信じられなかったが、やがて納得して今は羨ましがっている。

 山口は最初のシリーズこそ長期化したが、あとは2巻、3巻で打ち切りが続いている。

 ボクみたいに単巻で最初から書くことの多い作家とタイプが違うから、かなり精神的には追い込まれているはずだ。


「あーあ、俺も続きを買きたい作品があるんだよなあ」

「打ち切りになった奴かい?」

「そうそう、まったく聞いてくれよ。最初は5巻までは続くって話でプロット組み立ててたのにさ、それを売上が思ったように伸びなかったので3巻で纏めてくださいって、ムリに決まってるだろうが。おかげで読者にも飛び飛びで意味が分からないって酷評されるし」


 山口の肩ががっくりと下がったかと思うと、次の瞬間には杯をあおっていた。

 琥珀色の液体が流れ、グラスの氷が美しくカランと音を立てた。

 大丈夫かな、とボクは思った。

 ロックのダブル、一気に飲むにはアルコール度数が高すぎる。

 思った通り、山口の顔は程なく真っ赤にゆで上がった。


「まあ、山口君の気持ちも分かるよ。私も企画がなかなか通らなくてさ、そういうファンがいたら心強い」

「南さんはでも、毎回しっかりとキレイに畳んでますよね」

「長期化するネタがないだけなんだけどね……」


 山口に水を渡しながら言うのが、南さん。

 デビュー当時四〇歳と年上で、格好の良いオジサンだ。

 ボクや山口と違って、南さんは本業を持っているから、金銭面での不安は少ない。

 本職は司法書士だそうだけど、仕事の知識を生かして職業ものや法律ものの作品を良く書いている。

 一冊一冊のクオリティが高くて、結構な人気を博していたはずだ。


「でも、正直怖いんですよ。締め切り破ったらどうなるかまるで分からないし」

「ハイリスクハイリターンだよね。でも、君も断らなかったってことは、条件に強い魅力を感じていたんだろう?」

「それはそうですけどね。今、懸念してたとおり、原稿が進んでないんですよ」

「おや、珍しいね。普段はなんだかんだと刊行ペースが早いのに」

「だから余計にいまプレッシャー感じてて」


 本当にどうなるんだろうか。

 どうせだったら、何かいいアドバイスでももらえないだろうか。

 つい先日、田口のおっさんに進捗を確認されたのが、契約からひと月後。

 いま、さらに一週間経っている。

 プロットを再構築したから、話もほとんど一から書くことになってしまった。


「それで、もし締め切りを破ったらどうなるんだよ」

「うーん……ボクの前にも作品を作ってる人がいたらしいんだけど……」

「なんだか嫌な予感がする引きですねえ」


 ボクが途中で言葉を飲み込むと、二人が顔を突き出してきた。

 よっぽど興味があるらしいが、ボクとしてはできるだけ口にしたくない予想だった。


「……前任者は、消えちゃったんだって…………」

「消えた…………」

「君、それは……つまり……」

「うん……。そういうことだと思う……」

「いやいやいやいや、俺絶対にそんなの嫌だからな!」

「冗談、ではなさそうですね。よく引き受けましたねえ。それで進捗はどうなんですか?」

「…………ヤバいです」

「おいおいおいおい……」

「もう、こうして会うのが最期になるかも」


 ごくり、と綱を飲み込んだのは、はたして誰だっただろうか。

 ボクの悲痛な表情を流石に冗談とは受け取らなかったらしい。

 こうして、本当に話すのが最後になるんだろうか。

 そうして考えると、この瞬間がとても貴重なものに思えた。


「か、書け! とにかく書くんだ! それしかない!」

「そうですよ。ひとまず文字数を稼いで、なんとか完成に漕ぎ着けば」

「最高のクオリティでって、約束しちゃったんだ……もうダメだ……」

「おう……」

「………………逃げては?」


 頭を抱えるボクと山口と違って、南さんは冷静だった。

 そして、その一言はとても魅力的に聞こえた。

 そうだ、本当にもうどうしようもなくなったら、逃げてしまえばいいのでは?

 どこかに部屋を借りて、逃げながらなんとか作品を完成させる。

 そして、完成校を持って、謝れば許してくれるかもしれない。


 そんな、甘い希望、

 優しい未来、

 輝かしい明日。




 それが砕かれる一言。


「先生、飲み過ぎは体に毒ですよ」

「…………た、竜さん。どうしてこのお店に?」

「いえ、近くで見たものですから。お楽しみ中失礼しました」


 黒服を来た超イケメン。竜さんがいつの間にかボクの背中に立ち、優しく肩に手を置いていた。

 ボクはもう、震えることしか出来ない。

 聞かれていたのだろうか。いや、きっとそうだ。

 全部把握されているのだ、きっと。逃げ出さないために。


 ああ、どうして――どうしてこんなことに……。


「あ、俺用事思い出した」

「私も」

「ああ、遠慮なさらず楽しんでくださいね」

「いやいや、本当に急な用事だから」

「それじゃあ川辺くん、達者で。素晴らしい作品を楽しみにしているよ」


 まったく薄情なことだ。

 山口も南さんも、竜さんの怖さに恐れ入ったのか、あわただしく帰る準備をして、逃げてしまった。


 あれはよく契約したよ。

 命がいくらあっても足りませんね。

 やっぱり安全安心が一番。


 などと遠くで会話が漏れ聞こえ、悲しくなった。

 やっぱり第三者の目から見ると、かなり危うい状態らしい。

 置いて行かれて気落ちしたボクは、しょんぼりとしながらバーを出た。

 会計は二人がすでに済ませてくれていたようだった。




 バーから出ると、とたんに冷たい風が吹き付けてきた。

 体を震わせる。酔いが冷めてしまうような寒さだ。


 表通りをフラフラと歩いていると、後ろから剣呑な声が聞こえてきた。

 竜さんと、見るからにヤクザという風体のオッサンが、殺気を放ちながら睨み合っていた。


 田口組とはまったく違う、ヤクザらしいヤクザ。

 もしかして、抗争だろうか……?

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