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救われない世界  作者: 日辻
1章 始まりのクィヘール
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【1日目-6】手当てと鞘

 人混みを掻き分けて現れたのは、革鎧姿の金髪碧眼の青年と、短杖を手に胸当て以外は軽装な金髪碧眼の女の子。ぱっと見、兄妹に見えなくもない。

 そんな二人も、目の前に広がる光景に一瞬言葉が出なかったのだろう。


「これは一体…?」


 青年の呟いた言葉は、まさに今の二人の心境を表していると、私は若干の現実逃避をしつつ思う。青年は倒れている男達を見てから、私へと視線を向けた。その視線は訝しげに細められているあたり、怪しまれてるというか――まぁ気にしても仕方ない。


「聞きたいのだが、ここで女性が暴漢に襲われていると聞いて駆けつけた。そのはずなんだが、この状況はどういう事だ?」

「それって私に聞いてます?」

「ああ。今来たばかりの俺でも、君が関わっているというのは明白だからな」


 それはそうか。血濡れの剣を持った女以外、胸元を切られ動かないのが一人。腹部を押さえて呻いているのが一人。服がズタズタな上に体中が痛むのか呻くだけで動けないのが二人。このうち切られてる一人を切ったのは私じゃないかと疑いもする。


「まぁ否定はしないし何なら説明もしてほしいならするけど、その前に彼らの手当てを先にした方がいいんじゃない?」


 一方的に傷つけていた私がどの口で言うのか、ほんと笑える。でも、私のその言葉に青年は怪我人を優先する事にしたらしい。


「そう、だな…いや、その通りだ。君には後で話を聞こう。

すまないが、彼らの傷を手当てをしたい! 誰でもいい、医術の心得とは言わない、傷の手当てが出来る者は手伝ってくれないか!」


 そう周囲へと向けて声をあげた青年は、すぐに隣にいた少女に一言話しかけると腹部を押さえている男の元へと走っていった。少女も青年と一緒に移動を始めたが、青年とは別の一番重傷な切られた男の元へと近寄っていった。

 ふむ、どうやら彼女は医術の心得があると見ていいか。外傷を診る際やその後の動きに無駄がない。それは青年の言葉通りに数名の人が男達の元へ寄ってきていたが、そのうちの数人に何か指示をしていた様子から見た印象。


 そんな風に彼らの手当てが終わるのを私は見ているしかなかった。だって、傷を負わせたのは私だし。そんな私に手当てを受けるのは男達も複雑でしょ?

 まぁ言い訳はそれくらいにして。剣が抜き身のままって良くない。ふむ、あまりやりたくないけど鞘が奪えなかった以上これが手っ取り早いんだよなぁ。


 私は少女のもとへ歩いて行った。すると彼女も私が近づいてきた事に気づき僅かに身構える。ちなみに、倒れている男は胸元に包帯を巻かれているところを見るに一先ずの手当ては終わったらしい。


「何?」

「そう警戒しなくてもこれ以上、それに危害は加えないよ。ちょっとそこをどいて欲しいなって」

「だからどうして? 手当が終わったとはいえ、今動かしたら傷が開くって分からない?」

「はぁ、それを動かすわけじゃないから――とは言っても信じないか」


 この少女には納得できる理由でも提示しない限り、動かない気がする。ちなみに周りにいる人たちは、私が近づいた時点で距離をとっている。ちらっと見た感じ、私を見る彼らの視線には若干の恐怖が見て取れる。

 あぁなんだ、それもあってか少女は動くつもりがないわけか。


「それじゃそのままでいれば? あと、これ以上危害を加えないっていうのは本当。だから邪魔しないでね」


 私はそう言うと、両手の掌の上に柄と刀身が乗るような形で剣を持ち上げる。視界の端で、少女が杖を手にとって私の行動に対応できるよう構えている姿が。それに内心呆れつつ、私は口を開いた。


剣に(シュヴェーアト)仮初の(ツァイトヴァイゼ)片割れを(パンダン)

 唱え終わると同時に、私の周囲の地面が青く発光する。その範囲は私や少女だけでなく、他の倒れた男達や青年達を含めるまでに拡大。すると、その青い光に照らされながら地面から水滴のようなものが浮かび上がるのが分かる。そしてある程度の高さまで浮かびあがった水滴は剣の刀身へと収束していく。


「これは、何…?」


 そんな呟きが聞こえてきたけど無視。それよりも結果が私の求めるものであったことに安心する。


「よし、ちょっと色が悪いけど即興にしてはなかなかでしょ」


 私の手元には黒い鞘に収まったひと振りの剣があった。つまり私がやりたかったことは剣の鞘を作ること。この際、一時的なもので構わなかったのだけど、出来上がった鞘を見るにやりすぎた感が。でも、ちゃんと留め金も作ったから、腰元のベルトに装着することも可能。うん、出来が良い分には問題ないか――そんな事を思ってると。


「おい、いきなり魔術を使うなんてどういう神経してるんだ?」

「いきなりじゃないけど。この子と他の人には言ったから」

「…私は魔術を使うとは聞いてない」

「ライラはそう言っているが?」


 少女――ライラの呟きは青年にも届いたらしい。これは一から説明したほうが面倒がなさそう。納得するかは知らないけど。


「あーうん、とりあえず今のことも含めて最初から話すって事でいい? そのほうがお互い早く済むと思うんだけど」

「構わないが、いきなり魔術を使った事は認めるって事だな?」

「まぁね」


 私は肩をすくめながら言う。そんな私に対して青年は溜め息をつく。


「ここではなんだ、場所を改めよう。怪我人も安静にできる場所に運ばないといけないしな。

すまないが、担架を――すでに準備している? ありがとう、感謝する」


 前半は私へ、後半は手当をした人達へ向けて。男達の手当はすでに終わっていたみたいで、その言葉の通りに4人分の担架を運んでくる人達がやってきた。


「では、彼らを近くの診療所へ運んでくれると助かる。俺は少し彼女と話をするから。――あぁ、少ないがこれは手伝ってくれた礼だ。帰りに一杯飲んでくれ」


 青年は懐から硬貨を取り出し、手伝った人たちへ渡した。

 なるほど。怪我人の手当や診療所へ運ぶだけと言えばそれまでだけど、働いたことに見合う対価がある事は道理と言える。


「待たせたな。話を聞くのはギルドでいいか?」

「いいよ。そもそも私はギルドに向かってる途中だったし」

「それは何よりだ。では行こうか」


 そう言って青年は先導するように歩き始めた。私が彼について歩き始めると、ライラと呼ばれた少女が私の斜め後ろについて歩き出した。

 監視みたいなものか、と思いその気持ちも理解できるから気にしない事にする。だっていきなり魔法を使う相手、目を離したら何をする分かったものじゃないって事でしょ?



 その後は少女がじっと私を見ているのを感じつつ、ギルドまでの道をただ黙々と歩くのだった。






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