【1日目-5】楽しい時間の後は
エマの家で食事をご馳走になった私は、そのまま泊まっていくというエリカさんとエマに別れを告げ、ギルドへの道を歩いていた。
やっと一人になれた。誰かと一緒にいるのは久しぶりだったから、精神的に疲れた。そもそも私は基本一人で行動するタイプだから、相手に合わせるのって苦手。
「はぁ、とりあえずギルドに戻って休も」
それでも好意を寄せられると、無碍にできない私も私。甘いね、これだから彼女たちを――。
「おい、見てみろよ。凄く可愛くないか、あの子」
「どれどれ…。ひゅー、こいつはなかなか」
「とんでもねぇ美人じゃねえか。てっきり、こんな街に見るもんなんて無いと思ってたけどよ、探せばちゃんといるもんだな!」
「まったく俺たちはついてるな。もちろん、行くだろ?」
「「「おう」」」
そんな声が聞こえてくる。男達に目をつけられた相手が可哀相ではあるけど、私としては興味がない。だから私は振り返りもしなかった。
すると、声がしていた方から足音が近づいてくる。
「おう、お嬢ちゃん。ちょっといいか?」
酒臭い息を吐きながら、私に声を掛けないでほしい。
「何?」
「こんな時間に女が一人で歩いてると危ないと思ってな。どうだ、家まで送ってやるぜ?」
送り狼が可愛く思えるな。しかも、一人を囲ってる時点で救いがない。
「いらない」
「そうつれない事言うなって。これでも俺たち腕っぷしには自信あるんだぜ!」
「そうそう! ここら一帯の魔物なんて俺たちにかかれば雑魚よ雑魚!」
男達は自分たちの腕っぷしを自慢するかのように言い合う。周囲にいる人は巻き込まれたくないのか、距離を置いてこちらの様子を窺っている。どう見ても酔ってる男共が壁際で若い女を囲っているというのに、助ける気概のある人はいないのか。もしくは助けを呼びにいくとか。
――なんて、助けて欲しい仕草も何もない私が言えたことじゃない。
「それなら、その腕前ってのを見せてくれる?」
「お? いいけどよ、どうするってんだ?」
そんなの決まってる。
『風よ、 纏え』
私は呟くと共に目の前の男へ一歩踏み出す。懐へと潜り込み、顎への掌底を放つ。そのままガラ空きとなった腹部への蹴りを叩き込むと同時に、腰元にあった剣の柄を掴んで引き抜く。この時になってようやく私が移動した事を認識したのか視線を彷徨わせる男達。私は引き抜いた勢いを殺さず、次の標的へ斬りかかる。
「ぐあぁ!」
私が二人目を斬ると、声に気付いた残りの二人がこちらを向く。二人は胸元を深く切り裂かれ倒れていく仲間を目にして、ようやくそれぞれの武器を取り出す。
『氷血の弾丸』
その隙を逃すわけもなく、私は血に濡れた剣を二人へと振るうと共に唱える。次の瞬間、剣にまとわりついていた血は二人へ向かって真っ直ぐ飛んでいく。二人は避ける素振りもなく向かってくる。きっと私が血を振るい落したか虚空に向かって振るったようにしか見えていないのだろう。
「かはっ」
「うぐ…」
その結果、いつの間にか魔力により凍り付いていた血を――『氷血の弾丸』を体中に受けた二人は向かってくる途中で倒れることとなった。二人には突然、体中に衝撃を受けたことくらいしか分かっていないはず。すぐにでも感覚が追いついてきて、鋭い痛みに苦しむだろうけど自業自得とだけ。その分、一人目が一番回復が早いと思うから、後始末はそいつに任せてしまおう。仲間だもの、見捨てたりはしないでしょ。
「あ、そうだ――この剣だけど、お前たちに勿体ないから私が貰うよ」
そうなんだよ、さっき『氷血の弾丸』を使ったときに思ってた以上に魔力の流れがスムーズでね。あと見た目ほどの重量を感じさせない辺り、魔導銀かそれに近い金属を使用しているのは確か。あ、鞘も貰っておこう。
私は未だにお腹を押さえて呻いている一人目の元へ。
んー、これはもう一発いれておくか。すぐ立ち直られても面倒だし。そう思った私は押さえてる腕諸共、蹴り飛ばす。男は悲鳴を上げたあと、蹴られた腕を押さえながら地面を転がり回る。
「ごめんねー。ちょっと鞘も欲しいだけなんだ、じっとしててくれる?」
男が止まるのを待ってそう言い、鞘の留め金へと手を伸ばす。
「っ! この――」
その瞬間、男が私の腕を掴み引っ張った。それによって体のバランスを崩した私は男に向かって倒れていく。この時、男はしてやったという顔をしていたが、次の瞬間にはその表情が歪む。
「ぐぅっ…」
なんてことはない。女の体重とはいえ人一人分の重さを、二度に渡る蹴りを受けた腹部で受け止めればそれまでのダメージもあって痛みに襲われるのも当然の事。痛みで男の力が緩んだのを逃さず、その場から離れる。
「はぁ、危ない危ない。手負いの獣は何するか分からないね――いや、こんなのと一緒にされちゃ獣に悪いか」
さてどうしたものか考えようとした矢先。
「どいてくれ! 女の子が暴漢に襲われてるっていうのはこの先か!?」
「なんで誰も助けようとしないのよ!」
そんな声が人混みの向こうから聞こえてくる。声の感じからして青年と少女だと思う。その声の主たちは人混みを掻き分けているのかだんだん近づいてくる。
その間も男達から注意を逸らさなかった私だけど、本心で言えば面倒事がまたやってくる事に天を仰ぎたい気持ちだった。