【1日目-3】登録は建前、本当は
「あまり時間はとらせたくないから、できるだけ手早くやるわね」
部屋へ入り、備え付けのソファへと座るとエリカさんが対面に腰掛けながら言う。
「わかりました。あの、一ついいですか?」
「何?」
「エリカさん、もし私が貴方に危害を加えるような人物だったらどうします? 今この部屋には私と貴方だけですが」
そう言うと、エリカさんは口元に笑みを作りながら答えてくれた。
「この場で取り押さえるけど? ギルドの受付嬢というのは、荒事に対処できるだけの能力も求められるの。この意味がわかるかしら?」
「はい、わかります。良かった、それなら安心ですね」
安心という私の言葉に、少し首を傾げるエリカさん。
「まぁいいわ。それじゃ登録するにあたって、このカードに血を一滴垂らしてもらいたいの。痛いのは大丈夫?」
特に追及することもなく、自分の仕事を優先することにしたらしい。
「はい」
「それじゃ手を出して」
手を出してみれば、エリカさんが何か道具のようなもので私の指を覆う。するとちくっとした痛みが指先に走る。
「そのままこのカードに血を」
なるほど。今ので指先に針?を刺して血を採集するのか。でも、これ針が通らない人もいるんじゃ?
とりあえず言われたとおりにカードに指先を擦り付ける。
「あ、うん。別に指先に浮き出た血をつけて貰えれば十分なんだけどね?」
「あはは…」
なんて苦笑いを浮かべていると、カードの表面が輝き始める。それを見たエリカさんはカードを私に渡してきた。
「はい、そのカードに貴方の情報が出てると思うから確認して。何か気になることがあれば言ってね。あと、表示したくない情報を見えなくする事もできるから」
「どうやって見えなくするんです?」
「消えるように念じれば表示は消えるわ。でも、依頼する内容の関係でギルドにはある程度、情報を公開してくれると助かるわ」
「そうですか」
そういって私はカードに視線を落とす。そこにはこう表示されていた。
◇ ◇ ◇ ◇
名前:unknown
種族:人間
魔力:unknown
出身:unknown
経歴:unknown
技能:魔術、剣術、杖術、算術、体術、薬学、医術
称号:unknown
加護:unknown
◇ ◇ ◇ ◇
ほとんどunknown(不明)ってこれ大丈夫? どう考えても世界からお前は未知の生物だって言われてるようなものじゃ。
あ、人間ってあるからそこは認めてくれたみたい。あと技能。
「どうかしら?」
「そうですね。技能に表示されるものって一定以上の技術や知識があるって事でいいのですか?」
「そうなるわ。でも、あくまで目安でしかないの。その人がどこまで出来るかは達成した依頼の内容や結果から判断するから」
なるほど。それなら無難な結果に落ち着くように動けば、注目を浴びることもなさそう。
それより名前までunknownっていうのはマズイ。非表示にできるのだから、変更もできるといいのだけど。
「それじゃカードを預かってもいいかしら?」
仕方ない。種族と技能だけ表示にしておこう。もちろん技能は魔術と算術、杖術だけ。
「どうぞ」
カードを受け取ったエリカさんは、そこに表示されている内容を見て一言。
「ティアナっていうのは偽名ね?」
「そうですね。ただ言わせてもらいますが、前の名前は捨てました。だから、今の私はティアナです」
捨ててはいない。ただ私が伏せたいだけ。
エリカさんは、一つ息は吐いた。
「そう、何やら事情があるようね…。わかりました。ティアナの登録を認めましょう」
エリカさんは机の端に置いてあった箱状のものを手元に引き寄せて、それにカードを差し込んだ。
それが読み取り機? カードといい他よりも技術レベルが高いね。なんとなく予想というか推測できるけど、その通りなら今は触れるべきじゃない。
「ありがとうございます」
でも一つ言えるとしたら、カードを非表示にしたからといって、内容を読み取れないわけじゃないんだろうな、と。
カードや読み取りの装置を含め、このギルドのシステムの根幹にいる者なら全てを閲覧できるはず。
できれば膨大な数に及ぶ登録者の情報に、私が埋もれてくれればいいのだけど。それは希望的すぎるか。
「これで登録はできたわ。それじゃ本題に移りましょう」
本題? 一体何のことだろう。
「貴女、エマとはどういう関係なの?」
「…えっと、関係といいますと?」
「わざわざエマが連れてきた上に、登録が終わったら待っててというような相手だもの。これでも私とエマは幼馴染でね。私が知らなくて、エマが親しげに接する相手…。ありていに言えばすごく気になるわ貴女の事」
えぇ、それは予想してない。というか、ただの幼馴染という関係なら私の事をそこまで気にしなくても――これはあれですか? そういう感じ?
「エリカさんが知らないのも無理ないですよ。私とエマが知り合ったの今日ですから」
「今日知り合って、そんなに仲良く? 貴女、何かした――いえ、エマの“悪い癖”が出たのかしら」
目を見張ったり怪しんだり何か思い当たったり。エリカさん忙しそうだな。
「悪い癖、ですか? あ、私は何もしてないですよ」
「あの子、困ってる人を放っておけないのよ。それに多分、貴女が人目を惹く容姿をしているのもあるかもしれないわ。可愛い物や綺麗な物に目がないから」
分かるような分からないような。とりあえず、エマの目に留まるべくして留まったという事か。
「そういう事ですか。初対面なのに、随分親切だなって思ってました。でもそのお陰で助かったのも事実ですけどね」
「そうなると、私の気にしすぎって事かしらね? でも、貴女がまともな人っていう保証もないのよね。如何にもワケありだし」
否定はしないし、まともな人が“あれ”に目をつけられるわけもなく。
「エリカさんはエマを大事にしてるようなので言いますが、あまり私とは関わらないほうがいいかもしれませんね?」
そう言うと、エリカさんは訝しげに私を見た。
「普通、否定すると思うのだけど? それにその言葉を信じて貴女と関わらないように言っても、エマは聞かないわ。貴女が離れたとしても、エマの事だから…」
エリカさん、悩んでるね? けど、それはエマが決める事だし、エマをどうするかも私次第。
「だったら、エリカさんが側にいればいいじゃないですか。私がこの街にいる間だけでも。そうすれば安心ですよね?」
「…その通りね。それなら何があっても守ってあげられるわ」
そう言いつつも、どこか不満げな表情なのは私に言われたからだろう。
「とりあえずエリカさんの方針が固まったようで良かったです。それで私はそろそろ退室しても?」
「そうね。あ、カードを返すわ、これはすでに貴女のものだから。失くした場合、再発行に銀貨1枚貰うから管理はしっかりね」
「わかりました。――それと今更ですけど規則とか説明してもらってないような?」
「普通に依頼をこなしたりする分には問題ないし、説明してると時間がかかるから求められたらする事にしてるの」
それを説明するから部屋を取ったんじゃないの? と思った私は悪くない。
むしろさっき言ってた本題を話す為に部屋を取った疑惑が。
「では、念の為説明してもらってもいいですか?」
「わかったわ」
そう言ってエリカさんは、壁際にある本棚から一冊の冊子を取り出してきた。
「これに規則が載ってるわ。全部説明してると日が暮れちゃうから、要点だけね」
「後で読みたくなったら、エリカさんや職員さんに言えばいいのですか?」
「ええ。貸出は禁止だから、ここで読んでいってもらうけど」
この一冊しかないわけじゃないと思うのだけど、貸出できないのは何故だろう? 考えても分からないけど。
「分かりました。では、説明お願いします」
………。
……。
…。
エリカさんの説明は10分ほどで終わった。
「こんなところね。あとは自分で読んで」
「はい、ありがとうございました」
そう言って私は立ち上がる。今度こそ退室するために。
「貴女――いえ、ティアナと呼ぶ事にするわ。とりあえず明日もギルドに顔を出しなさい」
「いいですけど。あ、そもそも私お金なくて宿にも泊まれないので、ギルドの一室を借りようかと思ってたんでした」
エリカさんは何故かため息をついた。なんでだろう?
「……職員が使用する部屋を貸します。その代わり、後で依頼報酬から宿泊費を貰うわ。一度にってわけじゃないから安心して」
「良かったです。えっと部屋は?」
「ちょっと待ってて。私の仕事が夕方までだから、それから案内するわ。それまでエマとギルド内にいてくれるかしら?」
「わかりました。とりあえず、さっき座ってたところに戻ります」
「ええ」
エリカさんを残して先に退室。受付があるフロアへ戻った私は、座ってた椅子と周辺にエマがいない事を確認。
待っててと言うだけあって、用事はまだ終わってないか。とりあえず座って待ってよ。
少ししてから、エリカさんが受付に戻ってきたからしばらく眺めることにした。特に意味はない。
そういえば、カードの表示どうしよう? あのままってわけにもいかない。せめて、名前をティアナに――?
◇ ◇ ◇ ◇
名前:ティアナ
種族:人間
魔力:unknown
出身:クィヘール
経歴:unknown
技能:魔術、剣術、杖術、算術、体術、医術
称号:unknown
加護:unknown
◇ ◇ ◇ ◇
これは一体? 最初見たときはunknownだった名前と出身が記載されてるんだけど。
名前に関しては変えられないかなって思ってたけど、出身は気にしてなかった。だから、変われっていう思いとか意識で変わるわけじゃないのだろう。
という事は、あの読み取り機を通した事で? 情報を更新してるとか?
多分だけど、この推測は合ってる気がする。
とりあえず結果オーライなんだけど、後手に回ってる感。どうするかな。エマが来るまで暇だし考えてみるか。