【8日目-6】世界に意思はあるか?
精霊を先頭にして、私、ライラを抱えたクラウスの順に森の中を進んでいく。方角としてはクィヘールの街へ向かって森の浅い方へ歩いていく。
《先に聞きたいんだけど、あれは放置するの?》
《ああ、あれか? 周囲の結界はいいのじゃが、あの渦となってる魔術が厄介でな。周辺に満ちるだけの魔力量となると、下手に干渉したときの被害が甚大での》
《確かに魔力量は多いけれど、魔術の構成はそこまで複雑でもないでしょう? ましてや貴方は精霊なのだから魔術に関しては右に出るものはいないはず。何か他に放置する理由があるんじゃない?》
《ふむ、やはり騙されてはくれんか》
《今は教えられないって事?》
《…有り体に言えばの》
少しの間があったのが気になるけれど、無理に聞き出す事もないかな。機嫌を損ねて立ち去られても困るし。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
《この辺なら少しは落ち着けるだろう》
時間にして数分、精霊について案内されたのは少し切り開かれた円形の場所だった。広さは反対側の木まで十数歩くらい。中央付近の地面に焚き火の跡と思わしき灰と炭があり、それを囲うように所々踏みしめられたような草や地面が見える。
どうやら、森へ入った者達が休憩に使ったりしてる場所なのだろう。
「いい場所があったね」
「そうだな。と言うか、この場所を知っていたのか? 迷いなくここまで来た気がするんだが」
「気のせいだよ」
疑わしそうな眼差しに気づかないフリをしつつ、中央付近で佇んでいる精霊の隣へ歩を進める。クラウスもすぐに並び、地面へライラを下ろそうとしているのを見て、私は少し待ったをかけた。
「下ろすにしても、下に何か敷くものが必要じゃない?」
ライラの着ているローブはフードの無いタイプだから、そのままだと地面に直接髪や顔が触れる事になる。意識がないとは言え、流石にそれはね?
「これを使って」
そう言って私は着ていたローブを脱ぎ地面に敷く。ポケットには嵩張るものは入れてなかったから、何も問題はないはず。
「すまない」
「気にしないで」
そうしてライラを横たえるように下ろしたクラウスは、しばらく様子を見ていたが起きる気配が無い事から私へと顔を向けた。
「それで、色々と聞いていいか?」
「いいけど、とりあえず座りましょ。それに、ずっと気を張り詰めたままで疲れただろうし」
思ったより落ち着いた様子のクラウスに対して、私は座るように促す。てっきり開口一番に問い詰められるかと思ってたけど、ここに来るまでに多少は気持ちを落ち着けたのかな。
クラウスが座ったのを見て、私も出来るだけ汚れなそうな場所を選んで座る。それぞれの位置は、ライラの隣にクラウスが。焚き火の跡を挟んで私。精霊は私の横に浮遊してる。
「そういえば、最初に会ったときもこんな風に話を聞く事になったな」
「あれからあまり日も経ってないけどね。それで何から聞く?」
苦笑いを浮かべるクラウスに対して、私もその時の事を思い出しつつ言葉を返す。こちらに来た初日にこの兄妹と出会ったんだよね。その前後の事も含めると、私この二人に対して割と事前確認なしに行動してる気がする。どれも二人の不利益にはなってないと思うけど、もしそうだったら今こうしてないんだろうな。
そんな思考もさっと済ませて、クラウスの言葉を待つ。
「まずは、そうだな。ライラの身に何が起こった? 魔力を奪って気絶させたからには、何かしら思い当たる節があるんだろ?」
「多分だけど、“祝福”による一種のブースト、もしくはトランス状態だと思う」
「…祝福だと思った理由は?」
「ライラの周囲に小精霊が集まっていたのと、魔力が周囲に影響を及ぼしてなかった事かな」
「ふむ…確かに隣にいた俺には特に何も無かったからそうなんだろうが、魔力を感じられないから何ともな…。ところで小精霊と精霊って何か違いがあるのか?そもそも、祝福って教会で受けるものじゃないのか?」
どうやら認識に違いがあるみたいだね。
《教会の祝福って、貴方達の祝福とは違うよね?》
《人の子らによる祝福、という事であるならば我等の祝福とは違うの。そもそも高位の存在からの恩恵でない時点で、それは形式的なものに過ぎないと思っておる》
なるほどね。まずはそちらから答えていこうか。
「教会のものとは違うね。宗教に関わる話だからその話はするつもりはないけど、ライラが受けた祝福は言わば世界に認められたという事」
「世界に、認められた…?」
「この“世界”がライラという存在を認めたんだよ。ある理由をもってね。《そうでしょ?》」
《そうじゃの。英雄の血が目覚めたという事は、一人の英雄が誕生するようなもの――その存在は世界を左右するのだから、認めざるを得ない――とはいえ、まだまだ雛に過ぎないがの》
そう言われると、改めて凄い場面に遭遇したよね。英雄の雛――と言っていいか分からないけど、その誕生に相見えたんだから。
「ちょ、ちょっと待て! 世界が認めたって、まるで世界に意思があるような――」
「それがあるんだよ」
「……」
その言葉に、クラウスは信じられないような――いや、信じられないからこそ次の言葉が出てこないのだろう。確かに世界に意思がある、と突然言われても信じられないと思う。けれど、実際にライラの様子を近くで目の当たりにしている以上、頭ごなしに否定もしにくい。そんな葛藤が窺える。
「…あー、なんだ。世界に意思があるとして、だ。それは神とは違うのか…?」
しばらくして一応の整理はついたのか、更なる疑問が生まれたらしい。
「神、ねぇ」
だけど、その問いに私はどう答えたものか悩む。
《我には聞かぬのか?》
《貴方に聞くのはある意味正しい。けれど、それは自力でたどり着いた者に与えられる権利でしょう?》
《ならばどう答える?》
だからそれを考えてるんだよ!と返したい。
「クラウス、世界ってなんだと思う?」
「…難しいな。俺たちが生きているこの大地や海、空や木々、動物や建物、それらを含めたあらゆるもの全ての事じゃないか?」
「そうだね。その認識でいいのだけど、じゃ世界っていつどのようにして生まれたの? と考えた時に、全ては最初から今の形で在ったのか? そういう疑問に行き着くよね。そして、それには神が創造したのだから最初から全て存在するという説と、生物と同じように生まれてから少しずつ成長した──要は今の世界の形になるように変化してきたという説に分かれる。ここまではいい?」
「あ、あぁ…」
「前者の場合、神が全て創造したのだから世界の在り方=神の意思とも言えるよね。じゃ後者の場合、どうだと思う? 例えば人で考えた時、子どもって親の思ったとおりに育たないよね。それと同じように世界も神が生んである程度成長するまで面倒を見て、もう必要以上に手を出さなくてもいいなってなったら、後はもう基本的に世界が自分でどう生きていくか決めなくちゃならないんだよ。その時点でもう両者は別の存在――いえ、元々別の存在なのだからその意思も違うものになるよね」
最後の言葉は余計だったかもしれないけど。
「つまり、世界の意思と神は別ものなんだよ」