【8日目-2】門とイクス
休憩場所を求めて歩いていると、周辺の魔力の濃度が先程に比べて上がっていると感じた。何らかの魔術によるものかと、咄嗟に周囲に視線を向けるがどこにもそれらしき影は無い。魔術ではない?――と考えていると、不意に木々の無い開けた空間があるのが目に入った。いや、正確には音を拾う魔術が及ばない空間があるのに気がついた、というのが正しい。
そうして視線を向けた先には、木々だけじゃなく草花などの生物の気配が感じられず、ただ剥き出しの地面だけが広がる場所があった。その範囲は広くないにも関わらず、森の中にぽっかりと空いた空間は一度その存在を認識すると、こびりついた染みの如く。まるで、そこだけ世界から切り離されたかのような錯覚に陥る。
それに気を取られて歩みを止めてしまっていたのだろう。私がついて来ていない事に気付いた二人が振り返る。
「どうした?」
「何かあった?」
二人の言葉は届いていたけれど、私は視線の先の空間にどこか既視感を感じて、あれが何なのか思い出そうとしてた。
私の反応がない事で、自然と二人も私の視線を追うようにその先へと目を向けることになる。すると――。
「……え、何、この魔力が渦巻いてる感じ…。嘘、なんで。これだけの魔力、どうして気付かなかったの…?」
「…森の中で植物一つ生えてないか。ライラの言う魔力が原因か?」
ライラは魔術師ということもあって、あの空間に満ちている魔力とその渦を認識できたようで異質さに気づいてくれた。
空間に魔力が満ちる現象は、例えば魔術的な儀式の副次的なものが主だけど、時折戦場跡地の残留した魔力が窪地に集中したりする事でも起こる。でも、それには大量の魔力が必要不可欠。なら、あの魔力はどこから来たのか。そして、もう一つ。魔力が渦を描く程の力の流れ、これが自然に起きたものなら規模は大きいはず。
つまりは目の前にあるのは自然現象じゃなく人為的な魔術の可能性が高いってこと。ちなみに異質さと言ったのは、認識するまで高濃度の魔力が近くに存在する事を感知できなかった点。何かしら結界のようなもので認識を阻害している可能性もある。それもまぁ完璧ではないから、こうして見つかったわけだけど。
「ねえ、ティアナはあれが何か知ってる?」
「知らないけど、おおよその検討は。――門と言ったところかな」
「トーア?」
「門って意味。魔力の渦と言ったでしょ? たぶん、渦の中心は別の場所に繋がってるんじゃないかな」
「…どうしてそれが分かる?」
少し困惑しているみたい。こればかりは、空間系の魔術を知らないと発想すら湧かないから当然の反応とも言える。
「渦は流れ。流れがあるということは、始まりがあり終わりがあるって事。物は試しに近くのものでも投げてみれば?」
それらしく言ってみたけど、教えるより実際に見たほうが早いはず。
クラウスが足元にあった石を拾い、あの空間へ向かって投げる。真っ直ぐ飛んでいった石は、魔力の渦の端に触れたあたりから軌道を変え、渦の中心に向かって螺旋を描くように吸い込まれて消えていった。
「消えたな」
「途中から魔力の渦に沿っていったような……。あの魔力はどこへ流れているの?」
「さぁね。ただ、これが一方通行で向こうに流れるだけならいいけど」
一方通行だとしてもこの魔力濃度からして巻き込まれたら厄介と言わざるを得ない。
そして、やはりライラの方が魔術を扱うだけあって理解が早い。クラウスは剣士だから仕方ない気もするけど、魔力を認識できるようになった方が後々いいのでは? まぁ、それは後でいいか。
そういえば、最近門に似た何かがあったような……。あぁ、思い出した。
“あれ”が初めて私に声を掛けてきた時に、途中から誰かが私のところに転移してくる兆候があったんだ。魔力で無理やり空間を捻じ曲げて繋げたのか色々歪んでたね。でも、結局“あれ”が「邪魔」と一言呟いたら、プツンと歪んだ空間が何事もなかったかのように元に戻った。
その後は邪魔が入らない場所で話そうってことで、あの空間に移動させられた。
――そういえば連絡手段があると言うのにあれから何の音沙汰も無いな。何か必要な条件でもあるのか?
『いや、そんなものないけど?』
「は…?」
ちょうど考えていた相手の、しかもその場にいない相手の声が聞こえる事なんてあるだろうか。いや、ない――。
『あれ、驚かせちゃった? それとも怒ってるかな?』
どうやら幻聴じゃなかったらしい。
――なんでこのタイミングなのか問い詰めたいけど、今まで何してたわけ?
『僕にも色々とやる事があってねー。もちろん、君の様子は見てたよ!――でも言わせてもらうなら、今まで何してたは僕のセリフなんだけどね?』
――それこそ見てたなら分かってるんじゃない? まぁそろそろって思ったから今こうして動いているのだけど。
『ふぅん、分かってるならいいよ。そういえば、気づいてるんでしょ?』
――“真名”のこと?
『そそ。説明の手間が省けるのは助かるけど、僕としては少しつまらないなぁ』
――つまらなくていい。それに、自分に課せられた枷くらい気付けなきゃとっくに死んでる。
『それもそうだね! それにしても、“ティアナ”は悪くない名前だよ。それなら力の減衰も最低限ってところかな?』
――そんな事言いつつも、全部分かってるんでしょ? ほんとうにタチが悪い。嫌われるでしょ?
『僕を好きだって言うやつなんているのかな? まぁ仮に僕が手を出しちゃったら、それこそ僕の思うがまま描くがまま。それこそ一番つまらない展開だよね』
――私を拾っておいてよく言う。さて、言い訳を聞かせてもらおうか?
『あれ、やっぱり誤魔化されてくれないかぁ。いや、言い訳になるんだけどさ――』
――簡潔にまとめろ。
『ええ? うーん、そうだねぇ。正当防衛するのは当たり前だよねって話』
――なんとなく理解した。つまりは管理者に感付かれた、と?
『異物が入り込んだから応急処置したよ!くらいのものだね。君を特定したわけじゃなく、僕によるものとも認識していない。だけど、力を削ぐには有効な一手。初手でミスを犯せば、修正はまず無理じゃないかな』
――真名から乖離する事による魂の損傷。それこそ神でもなければ修復不可能ってわけか。
『ふふふ、君はほんとうに人間にしておくには勿体無いねぇ。君さえ良ければ、すぐにでも座を用意するよ?』
――それこそ、お前が言うつまらない展開ってやつじゃないの?
『あはっ、その通り! うんうん、その調子でこれからも僕の期待に応えてよ! これでも結構君の事、気に入ってるんだから』
――勝手にしろ。
『あ、そうそう。いい加減、僕の事を“あれ”とか“それ”って呼ぶのやめてくれないかな? 流石に名前で呼べとかって無理は言わないからさ』
――それなら、“イクス”で。
『へぇ、いいね! 咄嗟に思い付いたにしては――もしかして、予め考えていたとか?』
――さぁね。……他にないならもういい?
『んーそうだね。今回はこれくらいにしておこうか。またいつでも話せるわけだし』
あえて、最後の言葉には返事をしない。“あれ”の――イクスの相手をするのはいろんな意味で疲れるから、これからは余裕のあるときだけにしたいところ。終わってみて気がついたけど、あの会話は時間にしてたった数秒しか経っていなかった。脳内で会話してる間も視覚や聴覚を通して、周囲の状況は把握していたけれど、その何もかもが酷く遅く感じられたのは錯覚じゃなかったようだ。思うに一時的に思考を加速させて会話を行っていたんじゃないだろうか? 回りくどい事をするものだと感じるけど、下手に力を行使すると管理者や他の者達に気付かれて、より面倒な事態になると分かっているからだろう。
まぁそのことは置いておこう。
それよりも、状況はあれから何一つ変わっていないのだから。まずは目の前の事から片付けよう。