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救われない世界  作者: 日辻
1章 始まりのクィヘール
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【2日目-2】依頼と魔術

 店のカウンターを入った先には扉があり、その扉を開けると少し長い廊下へと出た。廊下の左右には扉が2つずつあり、奥の突き当たりにも1つ。モニカさんは、右手前の扉を開け待っててくれた。

 部屋へと私を通したモニカさんは扉を閉じ、椅子の一つに座る。


「その辺にある椅子に座ってくれ」


 私はテーブルを挟んで向かう形になるよう、近くの椅子へ腰掛けた。


「そうだ。何か飲みたいなら出すがどうする?」

「いえ、お構いなく」

「そうか。では早速だが依頼について話をするとしよう。まず店の手伝いという依頼なんだが、君次第で内容はだいぶ変わる。と言うのも、取り扱うのが古道具とはいえ魔術の込められた物だから魔術の知識や理解がないと危険でね。だから、まずは君がどの程度か確認したい」


 なるほど。扱いを間違えて魔術が暴発した場合、使用者を含めた周囲に甚大な被害を齎すのだから当然ではある。


「それで、どのように確認するつもりです?」

「いくつか魔術を使ってみてほしい。どんなものを使うかは任せるが、室内で収まるものにしてくれると助かる」


 これはなんとも。私が決めていいのは有難いけど、逆に悩む。それに私の使う魔術は、どうやら詠唱からして違うのは昨日の時点で分かってる。それをモニカさんがどう判断するか、と思ったけどすでに見せるしかない状況。

 

「では、失礼して『幻影よ(ガイスト)』」


 聞きなれない言葉に一瞬、目を細めたモニカさんは次の瞬間目を見開くことになった。なぜなら、私の背後に“もう一人の私”が立って現れたのだから。


「…それは、幻影か?」


 でもそれは一瞬のことで、冷静に“もう一人の私”が何なのかを言い当てる。それに対して、私達は答える。


「「そうです」」

「ふむ……こうして見ると君と幻影に違いがないように思えるが、そこまで自然に自身を投影できるものなのか? もしくは、君が見せている幻っていう可能性の方が真実味があるというものだ」

「「どちらにしても、モニカさんが見ているもの。それが事実ですよ?」」

「ふ、流石にそこまで親切ではないか。正直なところ、今のだけでも聞きたい事が山のようにあるのだが。本題は君の魔術への理解度だからな、それはまた後にしよう」

「はい、それでは次に行きますね」


 私は指を鳴らすことで幻影を消す。


「いや、もう十分さ」

「十分、ですか?」

「ああ、今のを見せてもらっただけで君が如何に魔術に精通してるか、いや空間や人体についてもか? ともかく魔術具を取り扱うにあたり、問題はないだろう」


 あれだけのことなのに、だいぶ評価されてる気がする。でも、モニカさんもだいぶ魔術に詳しいと思う。見ただけで幻影だと当てた事とか、空間への投影なのか認識への投影なのか聞いてきたのだから。そもそも魔術具を集めるくらいだから、魔術への関心や理解が深くて当然か。

 というか、モニカさん途中から若干口調が変わってるな。


「ありがとうございます」

「それでなんだが…まさか君のような子が来るとは思ってなくてね。どうしたものか」


 モニカさんは思案するようにしばらく黙っていたが、何か思いついたのか立ち上がり入ってきた扉とは別の扉へと向かい、隣の部屋へと消えていった。 

 そして、戻ってきたモニカさんは一枚の紙をテーブルに置いた。


「これは?」

「お店に並んでる商品のリストだ。商品毎に使用方法と魔術の効果が書いてあるから目を通してほしい。注意事項も書いてあるが、記載の無いものに関しては君が調べてくれ」

「それはいいですけど、実物見ながらでいいですか? あと、これ私に店員やってほしいって事ですよね?」

「察しがいい子は好きだよ」


 そう言って笑顔のモニカさん。私はジト目になるのを自覚しながら。


「お店のお手伝いだからって、いきなり店員させますか?」

「もちろんさ。取り扱いもだけど、君はさっきお店についてもアドバイスくれたからね。そこも評価した結果というわけ」


 売れ行きがよくないっていうから、安直に宣伝が足らないんじゃないかって思っただけなのに。


「とりあえず店員という事は、長期的な依頼ですよね? その間の賃金、この場合報酬とかってどうなります?」

「いつまでやるかによるけど、毎日銀貨1枚支払うというのはどうだろう?」


 銀貨1枚って、それ普通の店員に支払う金額じゃない。というのも、昨夜のエマの家での食事だけど3人分で掛かった食費は銅貨10枚に満たないらしい。その他の必要経費を考えても、一人で生活する分には全然困らないだけの収入とも言える。

 それより貯蓄が尽きそうだから、コレクション売り始めたんじゃなかったのかこの人。


「そんなに払えるのかという疑問もあると思うけど、魔術具を集める事に比べれば小さな出費なんだ。それに、そもそもこれだけ集めるには大金が必要だろう? それくらいの収入を私は得ていたからね。だから、しばらくは心配しなくてもいいのさ」

「わかりました。さすがに毎日は私も来られるか分からないので、前日までには決めてお知らせしますね」

「それでいいとも。あくまでお店は副業でね。本業を再開するにあたって、少しでも手伝える人が来てくれれば助かるといった気持ちで依頼しただけなんだ」


 なるほど。まぁ細かい内容は追々詰めていくとして、これでしばらくはお金の心配はしなくてよさそう。ある程度貯まったら必要なものを揃えないと。それと、拠点となる場所もか。いつまでもギルドの一室というわけにもいかないだろう。


「そういえば、依頼の内容と報酬が決まったらギルドへ連絡しなくていいんですか?」

「もちろんするさ。今回のような場合、私と君が一緒にギルドの受付に行き、依頼内容と報酬について契約を結ぶことになる。まぁ契約と言うが、簡単なものだ。君は依頼内容の店員としての仕事をする。私は君の仕事に対して報酬を払う。ギルドは両者の仲介と管理みたいなものだな。ちゃんと内容に沿った働きと、報酬が払われているか。それ以外は基本的に、当人たちの問題だからな。ギルドもそこまでは面倒を見てくれない――と、少し話がずれたな」


 やっぱりギルドに報告というか、依頼内容を教える必要があるわけか。たしかに曖昧な内容だから、働いた成果とか報酬についてトラブルに発展しやすそう。たぶん、過去にそういう事例があっての今なんじゃないかと思う。

 とにかく後で、モニカさんとギルドに行く事は決定事項って事は覚えておこう。


「そうですか。では、あとでギルドに行くとして簡単にですけど、店員の仕事の内容を教えていただいても?」

「うん? 算術はできるのだろう?」

「それは大丈夫ですけど、会計するだけが店員の仕事というわけじゃないですよね」

「そういうことか。まずは店内と商品の整理や掃除。商品に触れる事になるから、私がいない時は渡した紙を参考にしてくれ。――そうだな、言うだけじゃ分からない事も多いな。ここからは店で説明したほうがいいか」


 私は頷いて立ち上がる。モニカさんはすでに扉の前まで移動して待っていた。






 その後、店に戻った私はモニカさんから説明を受けた。商品についてはリストを見ながらどこに何があるか確認しながら場所を覚えていく。それだけの事なんだけど、なかなか終わりが見えないのは、偏に魔術の事となるとモニカさんの話が尽きないからだ。

 世界は違えど、魔術という術は共通している。そして、その魔術に対して並々ならぬ関心と理解がある人の目の前に、興味をそそられる魔術を使う者が現れたら? 質問責めにあうのは当然のことだった。

 その中で、私の使う魔術についてモニカさんが考察したセリフが以下のものである。


「聞いたかぎり君の魔術は、一種の到達点なのかもしれないな。少し長くなるが、いいか?


 まず魔術とは基本的に世界の法則を対価を以て、一時的に書き換える術だとされている。この対価は大抵は術者の魔力だが、他にも魔術的な価値があるもの――所謂、魔石などの魔力を内包した物だな。それを消費するという形で世界に捧げ、一時的に法則を書き換える許可をもらえるのさ。世界が実際に許可するわけじゃないが、この例えが分かりやすいって事で一番認知されている。まぁこの解釈に関しては分からなくはないと私も思う。世界の法則は言わば絶対の法則だ。それをたかが一生物が法則を捻じ曲げて願った事象を起こそうというのだから、対価は必要だと思うのは至極当たり前な発想だとね。それ故か、魔術的な事象は――対価を捧げた末の故意の事象は、やはりどこか異物感というか違和感を周囲に与える。こればかりは如何に優れた魔術師が魔術を行使しようとも、完全には拭えないものとされている。


 そして、先程君が見せてくれた幻影の魔術なんだが。最初見たときは、独自言語による詠唱と幻影の精巧さに目がいってしまって気付かなかったが、あまりにもその事象が自然すぎた。それこそ、目の前で見せられなければ元々君は双子の片割れだと思ってしまうほどに。もうひとりの君は今まで君の影に隠れていただけだった、とそう勘違いしてしまう程に。まぁ人一人が他者の影に隠れられるのは、隠れてる人間が体格的に小さかったりと色々と条件が揃わなければならないが。それを考えると、もうひとりの君は幻影だという考えに至る。だが、そうするとあの幻影は魔術によるものだと言う事になる。事前に私が魔術を見せてくれと言った事からも、そうだと判断できる。つまり魔術でありながら世界に違和感を残さない、それは魔術師が到達するべき頂の一つであっても何らおかしくはないだろう。…強いて違和感とするなら、独自言語による詠唱なのだが、それはもしかすると私が知らないだけで過去に使用されていた言語である可能性も否定できない。そのため、現段階では曖昧な言葉になってしまうな。


 だがもし君が独自言語による詠唱を成功させているとするならば、それは魔術の真理に到達していると考える事もできるのだが――――」


 たぶん、これでも半分に満たないと思う。モニカさんの考察は、私にとっても興味深いものだったのだけど、さすがに全てを記憶できるわけもなく。途中で気になった言葉とかを手元のリストの空いたスペースにメモしておくことで、後で聞くことにした。


 そういえば、考察について一通り語ったモニカさんが、学術都市と呼ばれる都市では魔術師を始めとした様々な人材の育成をする機関と、研究機関があるらしい事を言ってた。興味はあるけど、研究機関に行ったら人体実験が待ってそう。いや、全力で偏見なんだけど、珍しい物とかは調べて解明しないと気がすまない変人達しかいないと思ってるから。

 でも、今の私には生活できるお金が必要だから、しばらくその話はなしだな。

 


「――おや、もうお昼か。残りはご飯の後にしようか」


 どこからか鐘の音がすると、モニカさんは説明を中断し、ご飯にしようかと声を掛けてきた。


「そうですね。それじゃ私は一旦戻りますね」

「うん?君のご飯くらい出すが? それとも、作って待っててくれる相手でもいるのかな?いや、作る相手というべきか」


 前半部分は、不思議そうに。そして後半部分は、どこか面白がるように私を見て言うモニカさん。あえて後半は無視することにしよう。


「え、いいんですか? 食事代が浮くのでたす、か――もしかして、今日の報酬から食事代を引いたりします?」

「いや、そんな事はしないが。まぁ実際、君が戻らねばならない事情があるなら戻るといい。私は私で食べるだけだしな」


 ふむ、ギルドに戻って昨夜と同じ手を使うつもりだったけど使わずに済むなら、それに越したことはない。ギルドに借りを作るようなものだから、多用はしたくなかったし。


「それでは、ご馳走になってもいいですか?」

「勿論だ。とはいえ、あまり期待しないでくれ。普段、一人ということもあって適当に作ってるんでな」

「いいですよ、いつも通りで。作っていただけるだけで感謝です」

「そう言ってもらえると助かる。それにしても、君はいつまでその口調でいるんだ?」

「依頼主であり店主のモニカさんに対して、下手な口調では話せないと思ってますが?」


 そう言うとどこか呆れられた様子。


「まぁ初日だから慣れないっていうのもあるか。いつまでか決めてはいないが、しばらく顔を合わせることになるんだ。普段の口調の方が楽だぞ」


 それは確かに。


「分かりました。少しずつ普段に近づけていきますよ」

「そうしてくれ。では、私はご飯を作るとする。ここで商品を眺めながら待っててもいいが、どうする?」

「いいです。それより、簡単なものなら私も手伝いますよ?」

「気を遣ってる、というわけでもなさそうだな。それならお願いしよう」


 そういって、モニカさんはくるりと向きを変え店のカウンターへ向かっていく。私もついて行き廊下に出ると、モニカさんが左側の手前の扉を開いて入っていく姿が。

 中を覗いてみると、部屋は手前と奥が途中で仕切られていて、奥がどうやらキッチンで手前の空間にはテーブルと椅子があるあたり食事スペースといった感じ。最初に案内された部屋と比べて、当たり前だけど生活感のある空間だった。テーブルの上だけじゃなく椅子や床に、本が積んであったり店に並んでいそうな道具が落ちていたりする光景が、私にそんな感想を抱かせる。

 そんなふうに眺めていると。


「ほら、手伝うのだろう? 眺めるのは食事の時にでもしてくれ」


 落ちている本など拾っては、部屋の片隅に片付けていたモニカさんは苦笑いしていた。いけない、思わず眺めていたけど手伝わないと。私は近いところにある本や道具を拾っては、モニカさん同様に片付けていく。

 片付けが終わり、食事の支度をするべくキッチンに立った私達は食材を確認して、今日のお昼の献立を決めるのだった。






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