ラジオと好きな人
私の部屋には安いラジカセがあった。母が誕生日に買ってくれたものだ。カセットとラジオとFMを聴くことが出来るのだから私には充分だった。居間にあるテレビは、父が観たいものしか映さなかった。だから、私はナイターの音が嫌いだった。
NHKラジオを聴くと気持ちが休まった。ニュースでも、クイズでも、歌番組でも。歌謡曲ばかりで、ちょっと中学年の私には不満だったが夏休みのばあちゃんとの話のネタになった。
クラスで仲間はずれにされていることも、家に自分の部屋にしか安住の地がなくても、一人の時間は私に自律を促した。
相変わらず、クラスでは弱者の立場だった私にもだんだん変化が訪れる。勉強が楽しくなり成績が上がり、そしてクラスで褒められたり意見を認められることが増えてきたのだ。
「ゆめちゃんこれ教えて?」
と女子からは授業のことで尋ねられることも多くなった。単純に役に立てて嬉しかったし、少しずつ話が出来る女の子も増えてきた。
男子は相変わらず『キモイ』と言ってきたり、蹴りを食らわせる強者もいた。
先生から怒られてもなかなか弱い物を虐げることは止められないらしかった。蹴られたときはつらくて、痛みとこんなに嫌われる自分が悲しくて涙が出た。
そんな中で気遣ってくれる男子も居た。クラスでも一番の秀才で、背が高くひょろっとしたピアノが上手な南君だ。
南君は小学生なのにショパンの難曲が弾け、一人で居ることが多かったけれどクラスのみんなから一目置かれていた。彼の知識は小学生が学ぶ範囲を凌駕していたように思う。
今でも彼の声をはっきり思い出すことが出来る。
「守口、大丈夫か?」
泣いていた私にきちんとアイロンがかかったハンカチを貸してくれた。初めて異性から普通の扱いをして貰えたため南君は特別意識する存在になった。
当初は雛鳥が最初に観たものを親と慕うような感情だった。
南君はスマートな人で、けして弱いものいじめに加わらなかった。それが彼にとっては当たり前の矜持だったようだ。
小学生だろうと、大人だろうと本質は変わらないのかもしれない。
私にとって南君はちょっと変わっているけど不思議なえにしで結ばれた級友の一人だったようであった。
それなりに学業の面では、南君は私を認めていてくれていて意見を言い合ったりした。より、物事に対して深く色々な面から眺めることを教えてくれた。
そして当たり前にレディーファーストが出来る人であった。
女の子にもてる要素を持っている南君だったが、ちょっと遠くからクラスを眺めている感じで少し近寄りがたい所もあった。
彼は、とても大人びていて魅力的な人だった。そして私とは別の意味で浮いている生徒だったかもしれない。




