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一期一会  作者: 綿花音和
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初めから

懐かしい人よ。優しい人よ。愛おしい人よ。


今逢えなくても、私の中に刻まれた人々。




 私は、先生という存在に非常に萌えるタイプの人間だった。

 最初に印象に残っている先生は、小学校の理科が専門の四十代の穏やかな教務主任だった。その時私は、八歳だった。

 当時、同級生の心の機微がわからず、人に合わせて行動することも全く出来なかった。なんで自分が独りなのかもわからない厄介な奴だった。


 二年生の夏休み、担任の先生が産休に入り代わりに教務主任の光彦みつひこ先生がやってきた。光彦先生は、髪がぼさぼさしていて、それでも眼鏡の奥に知的な光を灯していた。

 私は、一年生の頃から仲間外れにあっていた。運動神経も鈍い、勉強も出来ない、かまって欲しくて悪態をつく。まさに負のスパイラルだった。


 産休した担任の先生も熱心で目配りをしてくれる人ではあった。違ったのは、光彦先生は授業中よく私を当てた。

守口(もりぐち)は、面白いことを言うから聞いてみよう」

 などと言うのだ。だが、ぎすぎすした雰囲気にならなかったのは光彦先生の人徳に違いない。


 たまに、授業中推理小説を読んでくれることがあった。シャーロック・ホームズのシリーズが多かった。

 いつの間にか、のんびりとしてちょっととぼけた光彦先生のことが、みんな好きになっていた。


 ある日の授業中、クラスの優等生の男子が居眠りをしていた。隣の子が起こそうとしたら

「寝かせときなさい。疲れてるんだろう」

 と言った。先生は、その男子がどれだけ努力をしているのかきちんとみていたのだ。


 先生が私に尋ねた問いで心に残っているものが、一つある。


「守口、どうして人間の目は二つあると思うか?」

 私は迷いながら

「二つないと怖いからだと思います。」

 と答えた。先生は、私の答えに対して

「皆、目が一つだったら怖くないさ。逆に二つあることが不思議になるだろう」

 そう静かな表情で答えた。正しい答えは、遠近感を正確に測るためだったと理解している。

 先生との出逢いは、私にとって貴重なものであった。



 私の父は、航空自衛官で基地が有るところを転勤して回っていた。

 大分県で生まれて、すぐに鳥取県に転勤になった父について、零歳から小学一年の一学期まで米子で過ごした。境港が近くよく蟹を食べたものだ。


 私の記憶の始まりは、父方の祖母が、母が居なくて我儘をこねぐずる孫にかぼちゃの煮物を作ってくれた場面。この時、母のお腹には三つ年下の弟がいた。母はお産の為入院しており、ばあちゃんが来てくれていたのだ。

 ばあちゃんは何をしても怒らないので、悪戯心から私はわざと障子に穴を空け続けた。

「いい加減にしなさい!」

 と、ばあちゃんはげんこつをくれた。拗ねた私はぶすくれて、おしゃべりもせずばあちゃんのご機嫌とりも無視し続けた。

 そんなわがまま三歳児に、ばあちゃんはほくほくで柔らかい優しい甘さのかぼちゃの煮物を沢山作ってくれた。当時の私の一番の好物である。あんなに美味しいかぼちゃの煮付けには、今も会えていない。

 あの味を思い出すとじわりとする。

 

 そして、弟を抱いた母が帰ってきた。私は弟を可愛いとも思えず、喧嘩ばかりしていた気がする。この場合幼児の三歳差はけんかとも言えず、ちょっとした意地悪だったと思う。

 弟が生まれてから、私は二階で一人で寝ることになった。母は、喘息があり病弱だった弟が大切で一緒に寝ることにしたためだ。別に川の字でもいいじゃなかったかと恨みがましく大人になった今も思っている。


「お姉ちゃんなんだから!」と何度言われたことだろう。

 姉の自覚は、育たず何だか割り切れない思いが広がっていった。


 父は、自分の正義を振りかざす人だった。そして理性があまり無い人間だった。

 よく、殴られた。

「嘘を吐いてはいけない」

 と言われていたので、近所の幼馴染のお父さんに

「ゆめちゃんのお父さんは、パチンコとかするの?」

 と尋ねられ

「よく、行くよ」

 と答えた。帰宅後、丁寧に母に今日あったことを報告するときに悪びれずに伝えただけで、激しく頭を叩かれた。理不尽という言葉を当時はもちろん知らなかったが、まさに不合理の中に私はいたのだ。


 そもそも、人に知られたくないようなことなら

「パチンコなんかするな!」

 と私は言いたい。

 だが、今も認められないけど父にも逃げ道がなかったのかなと思ったりする。そんな父も最近胃を全摘出した。

 幼い頃一緒に風呂に入って私がうんこをしても怒らなかった父。

『嘘をつくな』という教えは非常に難しいことだ。正しいことか対外的にはわからないが、大人になった私は自分の心に嘘をつくことはしないですむような育ち方が出来た。

 結局感謝しているのだ。










 

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