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第七話「入校式」

第七話「入校式」


 アイ校生活四日目、ついに入校式がやってきてしまった。


 今すぐに逃げ出したいほどの緊張はしていないが、真新しい制服の群の中に俺一人だけスーツな上、女子との身長差で完全に目立ってしまっている。


 まあ、入退場と起立・礼・着席のタイミングさえ間違わなければ、入学式……もとい、入校式なんてものは自然とやり過ごせるはずだった。


 残念ながら、二年三年の席は後方で桜達の様子は伺えず、同じ一年四組の八重野宮は名前の順で二列後ろ、昨日の夜到着したという俺じゃない方の男子は一組で、顔を動かしてそちらを見るわけにもいかない。


 同列のパイプ椅子に並んで座るクラスメート達の様子は、緊張していたり目が輝いていたりと、それぞれだ。


 幸い、居並ぶ顔ぶれと取材に来ているテレビ局のお陰で、退屈はしない。……いや、逆に緊張するか。


「高等部第十三期生の諸君、入校おめでとう。国立特殊歩行重機操縦士訓練校は、諸君の入校を心より歓迎する」

 

 壇上で挨拶をしている校長は内閣府のERO施策推進会議の委員で、政府の主導する特機振興政策の総元締めだ。テレビで幾度か見かけたことがあった。


 来賓席にも、同じような理由で知っている有名人が多い。


 内閣総理大臣栗林本気(まじ)を従えた皇族智子(さとこ)内親王殿下を筆頭に、文部科学大臣、防衛大臣、東京都知事、東京湾上特別区(メガフロート)の区長などなど。


 正にアイアン・アームズの重要性と注目度合いが一目で分かる来賓の顔ぶれだが、経済界の後押しも強く世論は現状に文句を付けなかった。


『特機特需で得をする』


 三トクなどと呼ばれ、日本に好況を呼び込んでくれているありがたい存在である限り、この状況は続くだろう。


 ついでに俺と桜の父、今月一日付けで陸上自衛隊北部方面隊第一特機団長となった後藤竜也(たつや)陸将補も、来賓席の隅の方にいた。母も来ているが一般の保護者席にいるのだろう、父の横には姿がない。


 両親は北海道で俺は大学、桜はアイ校と、家族四人が揃ったのは久しぶりだ。

 先ほど式の前に会った時は、二人とも相変わらず元気そうで安心した。


 桜のリクエストで家族写真なども撮ったが、既に顔まで知られているのか、それとも制服を着た父のせいか、来客からの注目度に若干腰が引けた俺だった。




 国歌斉唱、校歌斉唱、挨拶に訓辞や祝辞、祝電の披露とお決まりのパターンで入学式が締めくくられ、入校式は無事に終わった。


「新入生、起立!」


 後は退場となるが、ここで何故か隣の女子が俺の方にもたれ掛かって……いや、違う!


 危なく正面から倒れ込みそうになるところを抱き留め、そのまま元のパイプ椅子に座らせる。


「大丈夫か?」


 小声で聞いてみるが、がくんと首が落ちたままで返事はない。


 俺は来賓席近くにいた副担任の本田先生へと視線を送り、小さめに挙手をした。

 担任の内原先生には申し訳ないが、こういう場面で現役自衛官がどれだけブレないかは、父を通してよく知っている。

 本田先生は隣にいた内原先生に耳打ちすると、すぐに教師の列から外れ、走って来てくれた。


「後藤、久坂(くさか)は貧血か?」

「はい、たぶん。ですが返事がありません」


 ざわつきそうになる周囲を視線だけで押さえた本田先生は、座らせたクラスメート――久坂ありすの脈を確かめて額で熱を測ってから、前列の別席にいた生徒会長、麻生華子(はなこ)を手招きした。


「貧血だろう、とは思うが……」

「本田先生! 彼女、大丈夫ですか?」


 麻生会長はつい先ほど壇上に立って挨拶したばかりで、俺もまだ覚えている。芯の強そうなきりっとした表情と、その後に見せた柔らかい笑顔が印象的だった。


「麻生、後藤。私は来賓の護衛も兼ねているから動けん。久坂は二人で医務室へ連れて行ってくれ」

「はい! えっと、後藤、君。……さん?」

「任せて下さい」


 口に出したからには、後には引けない。

 意識を失った人間は通常時の三倍重いと言われるが、気にせず抱き上げ……軽っ!?


 久坂が小柄なせいもあるが、実は誰かを抱えたことなどなかったので、ちょっと驚いた。


「頼むぞ」

「はい」


 一度抱え直して膝下に手を入れ、頭を俺に持たせかける。

 本田先生はマイク付きのイヤホンを取り出し、どこかへ連絡を始めた。……ああ、医務室か。


「後藤さん、こちらです」

「はい、麻生先輩」


 退場が中断されたこともあって注目を浴びつつ、俺は不用意に久坂を揺らさないよう気を使いながら生徒会長の先導で講堂から抜け出した。




 医務室は校舎特別棟の一階、出入りのしやすい位置に設けられている。


「失礼します、三年四組、麻生華子です」

「一年四組、後藤竜一です」

「どうぞ、連絡は受けているわ」


 看護服を着た女性に奥へと案内されれば、彼女とは別に白衣の女医が待機していた。


 無論、医務室に入ったのは初めてだが、生徒数の割に規模も設備も人員も充実……どころか、小さな総合病院がそのまま入っているような印象だ。

 これも災害対策のテコ入れか、アイアン・アームズを運用する学校という特殊性の故か、あるいはその両方が合わさった結果だろう。


「後藤君、彼女はここに寝かせて」

「はい」


 久坂は靴を履いたままだが、構うまい。

 指示された診察台に運び、頭をそっと枕に乗せる間に、看護士が久坂の手首にメディカル・ブレスレットを巻き付けていた。


「血糖と体温が少し低いけど、心拍も血圧も正常の範囲内ね。三朝(みささ)さん、そっちは?」

「はい、オールグリーンです」

「顔色見ると、寝不足も入ってるかしら」


 しばらくして医師は緊張を解き、俺達に向き直った。


「寝不足七割と、残りの三割は朝食抜きが原因の貧血ね。大丈夫、点滴も投薬もいらないわ。久坂さんは、そうね……昼過ぎまでは寝かせておきたいから、内原先生と本田先生には私の方で連絡を入れておきます。二人とも、ご苦労様」

「はい、ありがとうございました」

「失礼します」


 本田先生も貧血だと口にしていたし、寝て済むのならそれでいい。


 少しだけ、既往症などがあった場合の心配は残るが、校医が把握していないという事はないはずだった。患者が誰か分かった時点で、データの方が連動する。

 俺も事細かな内容の調査票とセットで、病歴を提出させられていた。


 久坂を残して医務室を出ると、会長と二人、どちらともなく顔を見合わせ、肩の力を抜く。


「後藤さん、お疲れさまでした」

「いえ、麻生先輩もありがとうございました」

「でもよかった、ただの貧血で」


 麻生会長はほっとしたのか、目をつむって微笑んだ。


 彼女はさっき運んだ久坂や四天王の和倉遊花梨ほどではないが、かなり小柄で華奢だ。

 お陰で手首のミリタリーウォッチが、とてもよく目だつ。


「後藤さん、『先輩』はいらないですよ。大人の男性から、持ち上げられるのはちょっと……照れくさいです」

「あー……大学だと、二つ三つ年上の同級生もいました。留学生なんて、下手をすると母国の大学院を出てから一年生として入学してくる人だっています。学年が上なら皆も先輩で通していましたし、プライベートではともかく、一年生が三年生を蔑ろにするのは、外聞が良くないと思うんですよ」

「ですが……」

「俺の立場を守る為にも、折れていただけると嬉しく思います」


 少しの問答の後、お互いを敬する形に落ち着かせる。


 年下の女の子達に頭を下げること。

 その点だけを見れば少し変に思えるかもしれないが、実は俺の方にこそ、メリットが大きかった。


 右も左も分からない状態では、二年生三年生を先輩として扱い礼儀を守る方が気楽な上、やはり俺は、教えを請う新入生という立場なのだ。自らへの戒めも含ませて、謙虚なぐらいで丁度いい。


「では改めて、三年の麻生華子です」

「一年四組、後藤竜一です」


 麻生会長が、壇上で見せた笑顔をにこりと俺に向けてきた。


「先ほどの対応、お見事でした。ふふ、流石は桜ちゃん自慢のお兄さんですね」

「え!? ……あの、桜が、何か?」


 ……俺の知らないところで、何を口にしているのやら。

 面白そうな表情で、麻生会長は俺を見上げた。


「うちのお兄ちゃんは、中身が格好いいから、って。桜ちゃん達には、時々生徒会の仕事を手伝って貰っているんです」

「……ちょっと、持ち上げすぎですね」

「あら。躊躇いなく久坂さんを助けたところなんて、格好よかったと思いますよ。普通なら、咄嗟に手が出ませんもの」

「前のめりに倒れる前、彼女は俺の方に倒れてきましたからね。それで様子がおかしいなと気付いたんです」

「それでも、です。……私達も、ピンチのときに助けてくれる格好いいお兄さんが学校にいてくれると、それだけで何となく嬉しいんですよ」

「新入生ですがね」


 やれやれと肩をすくめてみるものの、麻生会長はくすくすと笑って意見を変えてはくれなかった。




 麻生会長とはその場で別れ、一年四組の教室へと向かう。

 今頃は、オリエンテーションの最中だろう。


「失礼します、後藤です」

「はい、どうぞー」


 間延びした声はあまり大人っぽくなかったが、たぶん、内原先生だ。

 そのまま入室し、小さく一礼する。


 内原先生は本田先生と同じ二十代後半の見かけだが、静と動、柔と剛なイメージをすぐに思い浮かべるほど対照的だった。

 頼りなくはないのだろうが、ティアドロップタイプの眼鏡とも相まって、どことなく、ふわふわした印象を受ける。


「久坂さんのこと、ありがとう。それから、先に自己紹介してくれるかな? ……みんな、後藤君のことが気になってしょうがないと思うの」

「あ、はい」


 こちらに来てと、教壇に立たされる。


 だが……これも仕方がないだろうなと、内心で嘆息しつつ、俺は静かに深呼吸した。


 教室中から熱意ある視線を浴びていたが、逆の立場なら、その相手を見ようと、俺もしっかりと目を見開き耳を傾けるだろう。

 何せ、学年でたった二人の男子生徒である。そのぐらい目立つことは、自覚していた。


 一瞬だけ、廊下側の後ろの方に座っていた八重野宮と目が合う。


 ……小さく笑みを浮かべて会釈してくれた彼女のお陰で、ちょっと元気が出た。


「出席番号九番、後藤竜一です。よろしくお願いします」


 教室中が『はうっ』とため息で包まれ、一瞬たじろぐ。

 単なる自己紹介に、何を期待されているのやら。……俺には理解不能だ。


「後藤君、出身校とか、趣味とか、将来の夢とか、何かないかな?」

「……失礼しました」


 くすりと笑った内原先生の指摘に、逃げ道はないなと、今度こそ大きくため息が出た。


「出身校は国立東京湾上大学工学部EROシステム科『中退』、専攻はアイアン・アームズが使う装備の研究でした。趣味は読書とドライブ。将来の夢は……色々あって、探しているところです」


 もう気にしても仕方のない段階になっているが、今の俺は、高校一年生である。


 ……夢の方は、ERO技術者として一人前の仕事をすることだったが、兼業で出来るほど技術屋も操縦士も甘くないはずだ。


 だが、専業の操縦士にも色々ある。


 代表格はプロ選手だが、父と同じく誰かを守る自衛隊員や最新機種に乗れる試験操縦士、現代のフロンティアである宇宙開発もそれぞれに魅力的だ。


 まあ、夢はともかく、進路ぐらいは早い段階で考えておいた方がいいかもしれない。


「はい、ありがとう。これは生徒証を兼ねた特機のカードキーと、生徒手帳ね。それからごめんなさい、後藤君は背が高いから、席は窓際の一番後ろにさせて貰ったの」

「ええ、それは大丈夫です。気を遣っていただいてありがとうございます、内原先生」


 席が俺の後ろになった子は、明らかに迷惑するだろうし、俺の方でも気を使う。

 教師が授業で使う教室前方の大型ディスプレイの内容は、机に内蔵されているタブレットにも表示されるが、わざわざ教室で行う授業の意味が薄れるはずだった。


「寮内で見かけた人もいるかしら、今年は後藤君の他に、一組にも萬田未来翔(あすと)君という男の子がいます。一から十までお世話する必要はありませんが、適度に気遣ってあげて下さいね」




 でないと、早々に潰れてしまいますから。




 付け加えられた恐い一言に、俺だけでなく、クラス全員がぴたっと固まる。


「さ、オリエンテーションの続きをしましょう」


 内原先生は、何事もなかったように小さく微みを浮かべ、教卓に並べられていた冊子を手に取った。


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