エピローグ「彼女達の希望、俺の目指す未来」
エピローグ「彼女達の希望、俺の目指す未来」
「お疲れさまです!」
「今日はありがとうございました!」
「後藤君もね!」
大会を終えて学校に帰ると時刻は午後七時過ぎ、堀口主任らへの挨拶もそこそこに、八重野宮は俺の背を押した。
「さあ、後藤さんはこっちです! シャワー、浴びて下さい!」
「ん?」
「はい行った行った! 行事、あるんでしょ?」
「……は?」
桜花寮で行事があるなど聞いていなかったが、これも予定の内らしい。
追い立てられるようにして整備区画のシャワー室を借り、さっと汗を流して待ち合わせた休憩スペースに向かえば、流石に八重野宮はまだいなかった。
髪の毛の長さが違いすぎるからなと、適当な理由を付けつつ、タオルで髪を乾かす。
「……ふう」
試合後も、別の意味で忙しくなってしまった。
プロフィールや自己紹介などは既にハニービーズに送っていたが、公式サイトへのアクセスが公開僅か数時間で十万ヒットを突破したという。
取材の申し込みさえ来ていたが、相手が山口だったので帰りの車内で電話越しにインタビューを受けた。予め、広報部のチェックが入ると聞いていたから、安心して暴走……まではしていないが、適度に楽しい掛け合い漫才にはなっていたと思う。酷いことにはならないはずだ。
「後藤さん、お待たせしました!!」
「そ!? ……ん、なに慌てなくてもいいよ!」
アップにまとめられた濡れ髪のお陰で、普段見えないうなじが……慌てて逸らす。
「いえ、先輩方もみんなも、待ってると思います!」
「あ、ああ……」
小走りの八重野宮に、手を引かれる。
いつもより、いい匂いがした。
連れて行かれた先は桜花寮の大食堂で、ほぼ全校生徒が集合していた。先生の姿もちらほら見える。
椅子はそのままで飾り付けもないが、各テーブルには大皿がでーんと置かれ、料理が盛られていた。
パーティーか、それに近い何かなのだろうが……。
「あ、後藤さんはえっと……あちらです」
「うん?」
生徒達は大体クラスごとに固まっていたが、PCや放送機材が置かれた本部らしいスペースで手招きする桜や麻生会長の方に、押し出される。
「お帰り、お兄ちゃん!」
「八重野宮さんもお疲れー!」
「後藤さん、どうぞ!」
「規子、ヘルプ!」
「うんっ!」
本部には土師がいて、八重野宮はそちらに駆け寄ったが、俺の周囲には麻生会長や四天王の他、マリー、三年の中村先輩らが迎えてくれた。
「土師さん、後は帰省組?」
「茨城の大会に向かわれた津守先輩は、そろそろメガフロートブリッジです。不破先輩は……」
「不破っちなら、さっきランニングの途中に見たよ。大荷物抱えてたから、整備区画だと思う。もっぺん連絡しておくわ」
「ありがとうございます」
「オッケー! じゃあ、開式の準備に入るわよ!」
……ようやく、ゴールデンウィーク中に活躍した生徒達、という括りに思い至る。
「後藤さんもお疲れさまでした。……どうでした、大会に参加してみて?」
「そうですねえ……」
会場を眺めつつ、ここ数日を振り返れば。
フウジンにサフィールG、もちろんアマチュアライセンスの取得や、トレーナーのプログラムを組むのも、それぞれに新鮮であり、面白かった。
だが……。
「やるからには、やっぱり勝ちたいなと」
「はい」
「最初の難関は、放課後の特訓ですけどね。せめて、勝率五割。……途轍もなく高い目標ですが、とりあえず、月間勝率五割を、今年の目標にしたいと思います」
「大会のことを聞いたんですが……ふふっ、目標が高いのはいいことだと、私も思います」
麻生会長は、大会よりも放課後の特訓の方が厳しいと含ませた俺の言葉を、否定しなかった。
そのあたりはアイ校の生徒会長として、あるいは競技者として、彼女も肌で知っているはずだ。
「それから……八重野宮さんから聞かされたと思いますが、私達の『思惑』は、受け入れて貰えました?」
「ああ、あれは……」
……まあ、今更か。
「必ず期待に応えられると言い切れないのが悔しいですが、乗ることに決めました」
「ありがとうございます!」
嬉しそうな麻生会長だが、どう猛な牙も見え隠れしていそうな笑顔だった。
「アイ校の歴史始まって以来の快挙、期待してますからね、後藤さん」
「……Yes, Your Majesty.」
「あらっ!」
桜達が四天王であるなら、彼女は校内最強の選手にして当代の女王、『クイーン』だ。
このぐらいの返しは、揶揄にすらあたらないだろう。
「会長、点呼終わりました」
「こちらも準備出来ました」
「じゃあ、はじめましょうか」
「はいっ!」
即席の壇上に麻生会長が向かい、パーティーが始まった。
オーソドックスな挨拶の後、三月後半からゴールデンウィークに掛けて行われた大会や競技会で活躍した生徒が紹介され、拍手が送られる。
「一年四組、後藤竜一さん。フリーノービスクラス横浜市長杯優勝、同じく横浜中華街肉まん食べ歩き杯優勝」
もちろん、俺にも。
照れくさくもあり誇らしくもある、選手としての第一歩だ。
「じゃあ、お堅いのはこれぐらいにして、乾杯をしましょう」
各々がコップを手に取り、オレンジジュースやサイダー、烏龍茶などが配られる。
「後藤さんは何にしますか?」
「じゃあ、サイダーで」
わいのわいのと、少々時間は掛かったが、全員の手に飲み物が行き渡ると、壇上の麻生会長がコップを掲げた。
「皆さん、お疲れさまでした。そして、えー、特に、後藤さん」
「……へ!?」
なんで、名指し?
視線が刺さり引けそうになる腰を、精神力だけで支える。
「ぶっちゃけてしまいますが、アイ校の先輩方にも男性は幾人もいらっしゃいますし、今も各方面で大活躍なさっています。でも何故か、極地探査や宇宙開発など、学術方面への貢献に優れた方ばかりで……それは我が校の理念や設立目的にも適うことであり、素晴らしくもあるのですが、私達と同じ目線で一緒に訓練してくれる人は、一人もいなかったそうです」
ですから、と麻生会長は、会場を見渡した。
「後藤さんは既に、プロチームから声が掛かるほどの状況にあり、私達としてもこの機会を逃す手はないと、勝負に出ることを決めました。もちろん、先ほどの発表の通り、後藤さんは見事に初戦を優勝で飾られていますが……今はまだ、後藤さんはノービスのアマチュア選手です。ご本人も仰っていましたが、放課後の特訓でさえ技術面では厳しく、勝率もあまりよくありません。それでも!」
声を大きくした麻生会長が、コップを掲げる。
「私達の『キング』は、その一歩を踏み出しました!」
彼女達は、クイーンならぬ『キング』を欲していた。
クイーンならば放っておいても生まれるが、人数比から言ってもキングは狭き門どころの話ではない。
その『思惑』を叶える為、放課後の特訓も俺を優先、徹底して鍛えていた。
ついでに素人ながら侮りがたい高精度高速反応の思考制御――操縦技術としては理に適っていないにも関わらず、反応速度が高すぎる反射行動への対処も研究していたと言う。
「もちろん、皆さんも訓練を積み腕を磨き、後藤さんより強くなってもいいのです。その為のアイ校なのですから、遠慮はいりません。正々堂々、切磋琢磨してお互いに能力を高め合うのは、とても素晴らしいことです」
もちろん私も遠慮はしませんと、笑いを誘う一言が付け加えられる。
面白そうとか、お祭り気分が味わえるとか……最初はそんな理由だったかもしれないが、本気でやれば己も磨けて一石二鳥、正に誰も困らないのだ。
言うまでもなく、中心人物ながら俺もその恩恵を受ける一人だった。
多少騒がしくなるぐらい、構うものか。
今だって、十分身の回りが騒がしいし、俺の努力や目指すところは何一つ変わらない。プロになれば、現状どころの話ではなくなるだろう。
「だから、みんなで、走りましょう! 乾杯!」
グラスの重なる音が、そこかしこで響いた。
その後は無礼講というか、酒が入っているはずもないのに、流れはぐだぐだである。
「後藤さん、もう一回かんぱーい!」
「おう、新派もU19の千葉大会優勝、おめでとう!」
彼女達は既に、騒ぐべき時に騒ぐという分別を知り、その通りにしているのだ。……と言いたいところだが、いつも騒がしいような気もしているので、口に乗せるのは避けておく。
「後藤さん、副賞の肉まんは? もう食べちゃったとか?」
「……あ。目録は貰ったけど、中は見てなかったな」
アマチュア大会なので賞金こそなかったが、食べ歩き杯の肉まん一年分は結構豪華な副賞だと思う。
だが、毎日一個づつ送られてきても困るし、明日にでも連絡を入れよう。……三百六十五個あれば、生徒一人に一個、行き渡る。
「……ふう」
そんな感じで乾杯を繰り返しつつ会場を回っていると、すぐに九時半、お開きの時間になっていた。
楽しければ体感時間は短くなるもので、これは仕方がない。
片づけは生徒全員、これも決まりのようだった。
「後藤さん」
「どうしたの、八重野宮さん?」
俺は力仕事優先だろうなと机を元の位置に戻していると、八重野宮に呼び止められる。
「あの……」
「ん?」
「私も……アマチュアのライセンス、取ろうと思うんです」
「うん、いいんじゃないかな。俺も取り立てだけど、力になるよ」
今日の俺の試合を見て、というわけでもなさそうだが、アイ校生がアマチュアのライセンスを取るのはごく自然なことだ。
操縦士としての自覚が生まれ、授業にも力が入るようになると、学校側も推奨していた。
ただ……応援は出来るが、限度もあった。
生徒全員がライセンスを取得を目指さない理由は、授業と放課後の特訓だけでも大変なのに、アマチュアの試合でさえ経済的、肉体的に負担が大きいからである。
「それで、もしも、試合で後藤さんに勝てたら……」
「うん」
「で、デート、して欲しいんです!」
「……デ!?」
八重野宮は小声で叫ぶという器用なところを見せ、そのまま駆け去ってしまった。
返事は飲み込んだが、これはどうしたものだろう。
デート目当てに負けるなど絶対にやってはいけないが、俺も八重野宮とならデートはしたい。
もちろん、彼女も搭乗時間は数十時間を越える経験者組で、俺がこてんぱんにされる未来もかなりの確率であり得る。
そんな情けない状態で、デートに行きたくはなかった。
これは……単純なようでありながら、かなりの難問を突きつけられたんじゃないかと気付いたのは、部屋に帰ってベッドに入った後のことである。