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第二十七話「ノービスクラス」

第二十七話「ノービスクラス」


 サフィールGを突っ込ませた俺は、距離を取ろうとするさくらLOVEに対して、スライディングキックを仕掛けた。


 フェイントを兼ねて剣を振りかぶり、前傾姿勢から素速く体を入れ換え、滑り込む。


「おっ!」


 がつんと重い感触があった。渾身の蹴りはまともに入ってくれたらしい。


 失礼ながら、ノーマルな競技用機は恐ろしく素直に動く。

 ひなぎくのように機体形状に振り回されることもなければ、フウジンほどパワー帯域に気を遣う必要もない。


 盾を地面に押し当て、滑る勢いで立ち上がって振り向けば、相手はまだ体勢を崩していた。


 後ろから、右腕の関節部分を容赦なく狙う。


 だが、さくらLOVEは前転、俺の剣撃を外した。


「げ、『当たり』か!?」


 相手が経験者、つまりは悪い方の『当たり』だ。


 多くの場合、逃げを打つならダッシュかロングジャンプを使う。


 だが相手選手は、姿勢が低くなる――剣を当てづらくなると同時に、姿勢の回復にもワンアクション必要な前転を、躊躇い無く選んでいた。


 しかし、そこまで悲観することもない。


 相手がそこそこ強いと分かったなら、それはそれで戦いようもある。


 ……これが麻生会長や四天王なら、俺は今頃、いなされて逆撃を食らい、大破判定を下されているはず。


 うちの先輩達は、十分に警戒していてもそれをやってのけるが、俺はまだ、フィールドに立っていた。


 スライディングキックを初手に選んだのは、初見殺しが狙える程度にはキックの精度が高いと評価を貰っていたからだが、もちろん、最初の一戦ぐらいは勝って、ギアを上げておきたい気持ちもあった。


 くるんと器用に立ち上がったさくらLOVEが、地面を蹴る。


 俺はサフィールGを僅かに屈ませ、その剣を盾で受け止め、外に弾いた。


 そのまま突きを入れようとしたところに、相手の盾が勢いよく差し出される。


 弾き飛ばされる前に、自分から飛び退く。


「……真正面からやるしかないか」


 選手の技量を語れるほどの経験はないが、動きから見て二年生の中堅クラスに匹敵するだろう。


 だが、絶対に勝ちを拾えないってほど、腕の差はない。……はずだ。


 盾を正面に構え、剣を後ろ手に隠す。


 単純なようでいて割に使えると、放課後の訓練で、いやというほど教わっていた。


「よし!」


 警戒心を刺激されたのか、同じように盾を構えたさくらLOVEに突撃、剣をサイドから振るう、と見せかけて、盾ごと体当たりする。


 衝撃で浮き上がりそうになる機体を気合いでねじ伏せ脚払い、バランスが崩れたところに蹴りを入れた。


『審判よりサフィールGへ! 速やかにさくらLOVEから離れて下さい!』

『了解!』


 先ほどのスライディングも効いていたようで、相手機の右脚を破壊判定に持ち込めていた。


 さくらLOVEはそのままギブアップしたが……勝ち目がなければ、連戦を考慮して投了するのも悪い選択じゃない。


『勝者、ブルーコーナー! 練馬ハニービーズ所属、“ミスター・アイ校”後藤竜一選手!』


「ふう……」


 まずは、一勝だ。


 ……しかし、経験者相手に勝てたからと言って、安心は出来ない。


 個人機持ち込みの選手は……いや、誰といわず気を抜いてはいけないのだと、心に刻む。


 そもそもこの大会はフリーのノービスクラス、俺のような新人もいれば、たまにはと復帰した経験者、そしてクラス分けのないU19の上位さえ混じることもあった。


 それに勝ち進めば、レギュラー、オープンと、すぐに経験者中心のクラスが俺を待っているわけで、早いか遅いかの違いでしかない。


 一礼して退場、控えスペースに戻る。


 搭乗口を開ければ、笑顔が見えた。


「後藤君、まずは初戦突破おめでとう!」

「おめでとうございます!」

「ありがとうございます!」


 次の試合に備えてAIによるオートモードで機体を点検、思ったよりも緊張していた身体をストレッチする。


 そうそう故障もない、とは言い切れない。


 慣性緩和システムやDASが機能しても、機体に掛かる全ての衝撃がゼロになるわけではなかった。


「後藤さん」

「ん?」

「今の西田真奈美選手、一度はオープンまで上がった選手だったみたいです」

「へえ……」

「その後、資格は失効してますが、理由は結婚と出産による引退です。また趣味で試合をはじめたと、チームのサイトの選手紹介に書いてありました」


 流石は専属マネージャーさん、かゆいところに手が届く。


 八重野宮は、当日受付で情報が限られる中、この短時間で相手選手の素性を調べてくれたようだ。


「それからもう一人、確実に要注意の選手がいました。浜田智子選手ですが、彼女、ジュニアの関東大会で入賞してます」

「ありがとう。気を引き締めるよ」

「試合前から明らかに強いと分かったのは、先ほどの西田選手と浜田選手だけですが、後藤さんも要注意選手の一人ですから、他の選手からのチェックが厳しいはずです」

「……あ、それもそうか」


 立場を置き換えてみれば、新人と分かっていてもだ、ハニービーズの育成選手で、アイ校生で、ガタイのでかい男性と、絶対強そうに『見える』。


 これでは集中砲火を浴びても当然で、しかも、遠慮せずに狙いやすい。


 ……だが、プレッシャーはほとんどなかった。


 放課後の訓練はそれこそ強い相手との連戦で、そのあたりも彼女たちの『思惑』、その一部だったのかと、改めて驚く。


「でも後藤さん」

「ん?」

「一番強い西田選手に勝てたんですから、横浜市長杯は普通に勝てますよね?」

「お、おう……」


 すごい自信だな、八重野宮。

 ……戦うのは俺だけどな。


 まあ、そのぐらいの『過信』と勢いで、乗り切ってもいいのか。

 それを教えてくれたんだと、好意的解釈をしておこう。


 ふふっと笑って、八重野宮は機体から離れた。


「後藤さん」

「おう」

「この大会、アイ校の先輩達が十人いて、後藤さんを待ち構えてるわけじゃないんですよ。『思惑』と照らし合わせて、そのあたりも考えながら今日の試合を選んだんです」


 ごもっとも。


 この横浜市長杯は、ノービスクラスの大会だ。

 高特連の入賞者やU19上位のプロ予備軍が、よってたかって俺に突っ込んでくる放課後の訓練じゃない。


 だがそれだけに、情けない試合もできないか。


「だから、ガツンとやっちゃって下さい!」

「……うん、行って来る!」


 まあ、あれだ、堀口主任が言ったように、俺の目指すべき目標やその道のりは、彼女たちの思惑があろうとなかろうと、全く変わらない。


 搭乗口を閉じて待機位置に移動、次の試合に備える。


 しかし……。


 もう少し、何とかならなかったんだろうか?


 俺は要注意だと言われた浜田選手のリュビが、カトレアを相手に勝利するのを横目に、小さくため息をついた。




 ▽▽▽




 結局、午前中の横浜市長杯、午後の横浜中華街肉まん食べ歩き杯ともに、俺は優勝した。


 八重野宮の言葉通り、アイ校の先輩達を相手にする方が余程手強く、ノービスクラスはほんの入り口だということも、同時に思い知らされている。


「後藤君、サイッコーよ!」

「どちらかは優勝して欲しいと思ってたけど、育成選手のデビュー戦としては上々よ。試合内容も、油断無く勝利を目指していたし、これなら誇っていいわ」

「ノービスクラスの中でそんなにレベル差があるなんて、私は思いませんでしたけどね。機体も壊れなかったし、合格です」


 大人達は好き勝手言いつつも、俺の優勝を祝ってくれた。


 しかし、その手の中のノンアルコールビールが、少々羨ましい。


 俺はアイ校生を堂々と名乗っている手前、乾杯は八重野宮と同じく、サイダーで我慢している。……いや、アイ校生なら当然、とも言えるか。


「おめでとうございます、後藤さん」

「うん、ありがとう。八重野宮さんもお疲れさま」


 八重野宮も大人達に負けないほど上機嫌だ。


 今日の試合で俺は、合計二十三ポイントのランキングポイントを得ていた。


 内訳は市長杯は参加の二ポイントに優勝の十ポイント、食べ歩き杯は参加三ポイントに優勝八ポイントで、これは同時開催された特別戦神奈川大会のベストエイトで得られる二十ポイントを僅かに上回る。


 年度内に五十ポイント取得で昇格するから、あと二十七。

 今日のような成績が続くとは限らないが、上手くすれば今月中にレギュラークラスへの昇格が出来そうだ。


「でも、次からは大変ですよ」

「そうだろうなあ……」


 結果だけ見れば全勝だったが、苦戦もしている。


 俺をそれなりの強者と見て、対策をする選手もやはりいた。


 ジュニアの浜田選手には剣を持つ右手を破損判定させられていたし、他の選手からも、即席のスライディング封じのような、腰を低くした構えを取られている。


 勝てた理由は結局、サフィールGの素直な機動性と、元からある思考制御にあぐらを掻いた力押しだ。

 長所を生かしたとも言えるが、いつも通りで進歩がないのもまた、事実だった。


「後藤選手!」

「はい!」

「記念撮影をするので、集合して下さい!」

「分かりました。……行って来ますね」

「はーい」

「いってらっしゃい!」


 そんなわけで優勝を喜ぶのはもうしばらく先、せめてオープンの大会で誇れる結果を残してからにしたい。


 だが……それよりは、放課後の特訓で勝率五割を得る方が厳しい条件に思えてしまうのが、つらいところである。


 流石は『日本最強の女子校』、身内にも厳しいのだ。


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