第二十三話「見取り稽古」
第二十三話「見取り稽古」
『第一会場U19予選第八試合、レッドコーナー、“新撰組”新派広美選手、使用機体は“壬生狼”! ブルーコーナー、“西高のエース”藤田香苗選手、使用機体は“オーキッド”!』
マリーの勝利に拍手してしばらく、アイ校の先輩を一人挟んで、新派が競技場に現れた。
新派の機体は『リュビ』、トーヨド製で競技用小型機体の主力機種だ。
俺が貰い受ける予定の『サフィ-ル』の姉妹機にあたる。基本素体はほぼ同一ながら、セッティングとパーツの違いからリュビがパワー型、サフィールがスピード型とされていた。
トーヨドのプロフェッショナル事業部だけでなく、サードパーティーから発売されている各種オプションも豊富である。
手にはそれぞれ剣と盾、オーソドックスな構成だ。
対する相手選手のオーキッドは、米アライアンス社の『スマート・ラクーン』のようだが、頭部は別物の重装仕様、両腕にスパイク付きの小さなシールドが取り付けられていた。
効果的な運用となるとかなりの難易度を要求されるが、相手の武器に対して両腕で対処しやすいだけでなく、心理的な圧迫も期待できる。
『……三、二、一、試合開始!!』
開始アナウンスの直後から、両者はじりじりと位置取りを変えた。
放課後の特訓に似た雰囲気で、見ているだけのこちらも多少は緊張してくる。
「新派さんも有名だけど、相手選手も同じ高校一年生でね、関東のジュニアじゃよく知られた選手なの。このカード、いい試合になるわよ」
新派が推薦でアイ校の受験をパスした猛者なら、対戦相手も自家用機持ちで、二人ともに手練れ、ということだろう。
互いに一歩も引かないのはともかく、二、三合打ち合ったかと思えば、離れ際に足払いが入り、かわしてからの回し蹴りと、レベルが高い。
攻防が幾度も入れ替わり……最終的に勝利したのは新派だったが、アイ校の先輩達と比べても遜色ない動きだ。
観客からも、大きな拍手を送られていた。
「どうだった、後藤君?」
桑島先生の言葉通り、流れを振り返ればこれまでの十数試合で一番見応えがあった。
攻撃に対して、防御あるいは回避といった反応が、素速すぎる。
つまり、二人とも、相手の動きが『見えている』のだ。
今の俺に、最も足りていない部分だと、思えた。
「そうですね……。追いつくのは大変そうだな、と」
「ふふ、やっぱり男の子はそうでないとね」
俺の操縦技術は、得意とする思考制御に寄りかかっている部分が大きかった。
無論、思考制御そのものは、精度、反応ともに優れているに越したことはない。
だが、ベースとなる俺の能力は、未だアイアン・アームズ競技者に必要なレベルに達していないのだろうなと、想像がつく。
今はまだ、ちょっとばかり動きがいい素人に過ぎず、テクニックも稚拙なら経験も浅すぎた。
ここしばらくは、プロに必要な技量を身につけなければと、半ば自分を追い込むようにして特訓に向かい合っていた。
だが、少し焦り過ぎ……いや、基本的な知識技術の取り入れから見直し、具体的な直近の目標を立てるべきかもしれない。
プロフェッショナル・ライセンスの取得そのものとは別に、操縦士として、競技者としての自分はどうなのか、改めて問いかけられた気分だった。
午前中の試合が終わり、ジュニア、U19各クラスの成績上位者――本戦五戦全勝にプラスして、決定戦で勝ち残った勝者が、午後の決勝に選出された。
U19の勝者八名のうち、アイ校生はマリーを含めて四名だった。
この規模の試合では仕方がないのだが、どうしても身内の潰し合いが発生してしまう。
他にも上手い生徒はもちろんいるが、麻生会長や四天王は高特連の競技会、既にプロのライセンスを持つ生徒は、幾つかの会場で公式戦を戦っていた。
もちろん、他校生だけでなく大学一、二年生もU19に含まれるが、優れた選手は、環境を選ばないのかもしれない。
「あーもう! くやしい! ジュニアと違って、選手層厚すぎ!」
「ヒロミ、ざんねん」
昼の休憩中は、試合会場も一時的に開放され、移動販売のワゴン車が店を連ねていた。
その中を、新派、マリーと連れだって歩く。
「けど、やっぱりマリちゃん上手いなあ!」
「メルシー、ありがと、ヒロミ」
惜しくも破れた新派は制服に着替えていたが、マリーはEROスーツにアイアンジャケットを引っかけただけで、午後の試合に備えていた。
お陰で目立つが、彼女たちは注目に慣れているのだろう、視線など何処吹く風である。
ちなみに今並んでいるのは、二人のリクエストで無国籍料理の屋台だ。
「どうでした、後藤さんの方は?」
「うん、試合の雰囲気を掴むつもりで来たはずが、見取り稽古に近くなったかなあ。隣でデータまとめてた桑島先生にも、試合の解説つけて貰ったけど……色々足りない自覚が生まれたよ」
割とマジで、上位選手との差は自覚した。
この二人の足元にも及ばないんだよなあと、楽しげな二人のつむじを眺める。
「おお、なんかガチっぽい!? この後、急に覚醒するんです?」
「あはは。……それは格好いいしベストだろうけど、先に地力つけないと、話にならないかな」
「ムッシュ後藤、へんしん、するです?」
「マリーさんや、そんなにキラキラした眼で見つめられても……」
丁度焼き上がった具材多めのオープンサンドと、タコスの中身を生春巻きで包んだような謎料理を受け取り、飲み物は別の屋台でハーブティーやミックスジュースを買い込む。
先ほど座っていた観客席に向かえば、先輩達も集まってきていた。
「ティエリさん、こっちよ!」
「はい」
決勝に残った選手達は、桑島先生と大前先生を中心において、アドバイスを受けている。
呼ばれたマリーも加わったが、謎料理をかじりつつ耳を傾ければ、うちの生徒以外の決勝進出選手について、得意技や癖、使用機体の特徴など、細かい項目も多い。
「いつも言うけれど、私達アイ校の選手だって、同じように相手選手から分析されてるわ。それにね、お互いに相手を圧倒出来るほどの差もなければ、侮ることも許されない緊張が続く分、U19の上位って気分的には一番きついグループなのよ」
頭一つ飛び抜けた選手達はプロのライセンスを取得してU19を卒業するし、ジュニアの上位も毎年加わるわけで、実力が拮抗してしまうわけだ。
相撲になぞらえて、十両などと呼ばれることもあった。幕内の下、幕下の上、一番混沌とした選手層なのである。
「だから、自分は誰にも負けないんだ、ぐらいの強い気持ちでいなさい」
大前先生は最後にはっぱをかけ、選手達を送り出した。
ちなみに、俺がエントリーするフリーのノービスクラスも、U19を戦ってきた選手が上を目指す登竜門なわけで、レギュラー、オープンと上位クラスが用意されているものの、その突破口には優秀な選手が殺到し、やはり狭き門となっているようだった。
▽▽▽
『優勝、安藤幸子選手。貴殿は二〇八六年度、レジオナルリーグ関東地区春期大会U19クラスに於いて、頭書の成績を成績を収められました。よってここにその栄誉を称え、これを賞します』
残念ながら、優勝は関東体育大学の一年生選手の手に渡ったが、うちの生徒達もかなり頑張った。
『準優勝、マリー=ルイーズ・ド・ティエリ選手、以下同文』
『三位、中村愛美選手、以下同文』
マリーが準優勝、中村愛美選手はうちの三年生である。
「マリーさん、惜しかったなあ」
「優勝の安藤選手って、大会の常連ですよ」
「ジュニアの頃から相当に強かった人で、卒業後はプロに行くんじゃないかって噂です」
「そうなのか……」
「でも、U19初参加で大きな大会の準優勝って、大概ですけどね」
「十三期生の四天王候補かな?」
大会終了後、駐車場の本部で軽い反省会をしたが、二、三年生からもマリーの評価は高かった。
あれだけの動きが出来るのだから、放課後の特訓でも一目置かれることだろう。
……俺も当然、負けてはいられない。
「次、ぜったい、ヴィクトワール!」
本人は相当悔しかったのか、リプレイを見ながらうーうーと唸っていたが、仔猫が怒っているようでかわいいと、みんなから撫でくり回されていた。