第四話「面談」
第四話「面談」
事務室で何枚かの書類に署名と捺印をして、引き替えに仮の生徒証明書を貰うと、そのまま桜に二階の職員室へと引っ張って行かれる。
「奈々美先生にメールしたら、今なら大丈夫だって。……失礼します、二年四組、後藤桜です」
「失礼します、一年四組、後藤竜一です」
桜を見習って入室すれば、職員室中の視線がこちらを向いた。大半は女性だが、少ないながら男性教諭も居ることが確認できて、ほっとする。
「こっちだ、後藤」
「はい」
迷彩服の女性が、こちらに向けて手を挙げた。
男子生徒はそれだけで目立つとは思うが……どういう態度が望まれているのか今一つ分からず、全体を見回してから軽く会釈をしておく。
「先生、うちのお兄ちゃんです」
「すまんな。ああ、初めましてだ、後藤兄。今年度、一年四組の副担任になった本田奈々美だ」
「後藤竜一です。何かとご迷惑を掛けると思いますが、よろしくお願いします、本田先生」
「任せろ、それが私の仕事だ。よし、早速だが事前面談に……ここじゃアレだな、生徒指導室にでも行くか」
「はい」
それにしても、学校の職員室に迷彩服は違和感甚だしい。
一尉の階級章からアウトドアファッションの意味合いではなく自衛隊からの出向、それも力こぶの意匠がついた部隊章で特機部隊の所属だということはすぐに気付いたが、慣れないうちは毎回身構えるかもしれなかった。
「後藤妹は戻っていいぞ。ご苦労だったな」
「はい、失礼します。お兄ちゃん、また後でね」
「おう、ありがとな」
そのまま階下の生徒指導室へと移動する。
百八十一センチの俺ほどではないが、本田先生は女性にしてはかなり大柄だった。
「本来なら担任も交えて話をするべきなんだが、内原先生の帰国は明後日の入校式前日でな」
「海外、ですか?」
「四月のフロリダと言えば分かるか?」
「フロリダ? ……あ、EMAですね」
「その通り。バカンスなら交替して貰いたいところだが、正直、留守役に決まってほっとしている。会議はどうも苦手だよ」
EMAのビジネスショーは、毎年この時期に開催されるERO-system Marketing Association――ERO関連機器の総合見本市で、主催団体の名でもある。
世界中のメーカーによる新製品や試作品の発表だけでなく、ERO関連の国際会議や学会も時期を合わせて複数開催されるので一度行ってみたいと思っているが、なかなか機会がない。
「む? 紅茶が切れてるな……」
春期休暇中だからサービスしてやるぞと、緑茶を出される。
その言葉も含めて、まだ生徒ではなくお客さん扱い、というあたりなのかもしれない。匙加減が不明でむしろやりにくいが、邪険にされているわけでもないので、大人しく続きを待つ。
「さて、本題だが……幾つかの確認と、注意事項の伝達だ」
「はい、お願いします」
「今年は後藤以外にも、もう一人男子生徒が入校する。彼は前年度に中学を卒業した十五歳で……いや、彼のことはまた別の機会にするか。……ともかく、二十歳を過ぎた新入生の受け入れは初めてでな、教員側も戸惑っている。期待も同様に大きいが、難しいところなのだ」
確かに、本田先生もやりづらいだろうなと、小さく頷く。……俺だってやりにくい。
「早速で申し訳ないが、授業は普通に受けて貰うことになった」
「はあ、まあ、それは仕方ないかと思いますが……」
何を当然の……と思ったが、本田先生は非常に難しい顔になった。
「……後藤は大学生だっただろうが。ERO関連の授業はともかく、他は退屈じゃないか?」
「ああ、そういう意味でしたか。失礼しました」
「アイ校の卒業要件には、当然ながら単位の取得が必須とされている。履修済みの授業を免除して、その余暇で自主的な訓練かEROの勉強でもさせた方が良いとの意見もあったんだが、これを動かすことは無理だった」
法律を盾にして強制入学させた割には、随分と配慮されている様子だ。
……理事会かどこか、上の方で意見が割れているのかもしれない。
「そんな理由でな、一流の操縦士になれ、などとは敢えて言わない。目標は自分で見つけてくれ。いや、むしろアイ校を上手く使え」
上手く使え、か。
……大学と同じように、とは行かないだろうが、研究などプラス方向での逸脱は大目に見て貰えるかもしれない。
「……大体、湾大工学部のEROシステム科なんて、アイ校にしてみれば優秀な教職員の供給元なんだ。それも、極めて、と頭につくほどな」
「個人的な知り合いはいませんが、アイ高にお勤めの先輩は何人もいらっしゃいますね」
「後藤の経歴書は見せて貰ったが、お前も優秀な教職員予備軍の一人に数えてもいいぐらいだぞ。有坂賞だったか、あれはかなり特別なものなんだろう?」
「ええ、まだ実感はありませんが、たぶん」
有坂信二記念賞は、在学中に何らかの功績、例えばオリンピックに出場したとか、事故に居合わせて人命救助に協力したなど、湾大の名を高める業績や行為に与えられる学内賞である。
賞金などはつかなかったが、賞状の他に、俺の名が刻印された機械式の懐中時計を貰った。
ただ俺の場合は、受賞理由が微妙なところだ。
大学二年の頃に半端な思いつきを好き勝手にまとめた論文もどきが半分、残りは在学中に発現したことではないだろうかと疑っている。
「ついでに聞きたいんだが、経歴書にあった名誉研究生とは、何だ? 名誉教授の親戚か?」
「そんなところだと聞いています。普通の研究生と同じく、学生同様に学内施設の利用が可能で……たぶん、たまにはこっちにも顔を出せってことだと思いますが、ここで縁が切れるのは大学としても勿体ないと、担当教授がねじ込んでくれたそうです。卒業生でもなく、学生でもない退学者なので、このあたりが限度だとも聞きました」
「なるほどな……」
俺の為だけに急遽用意された身分なのだが、そこまで口にする必要はないだろう。
大学としても、企業から研究費を引っ張ってくる学生は実に貴重なのだと、松岡教授は笑っていた。
「実はそれに絡んで、別の案件が持ち上がっている」
「はい?」
「ああ、お前自身が問題ってことじゃない。お前の優秀さ故だろうが、湾大とトーヨドが、共同研究を申し込んできたんだ。研究予算は全額向こう持ちという好条件でな」
「……心当たりは、あります」
卒業までというか、卒論を兼ねて大学三年の後期から進めていた研究テーマが、退学騒動で宙に浮いていた。
結構な額の研究費をトーヨドから出させていたし、教授と共に詫びの電話は入れさせて貰っているが、出来れば一応の結果が出揃うところまでは研究を進めたかったのでありがたい。
「でだ、この件について、うちの理事会は承認の方向で話を進めている。生徒と教師から希望者を募り、開発される機材の試用試験者あるいは共同研究者として、これに関わることになるだろう。アイ校側の責任者は担任の内原先生に内定している。生徒代表は、もちろん後藤だ」
「ん? EMAもそうですが、もしかして、内原先生は研究職にでも就いておられたんですか?」
「詳しくは聞いていない……と言うよりも、現場一筋の私には理解できなかったが、アイ校に来る前は、アメリカのライヒヴァイン研にいたそうだ」
「超エリートじゃないですか!」
「らしいな」
ライヒヴァイン研究所は、ERO理論の派生研究として、現在唯一人類が利用できる次元粒子Aを使った特殊な素子の発明で知られるイェンス・ライヒヴァインが設立した研究所である。
無論、俺などでは到底届かない本物の研究者達がしのぎを削りながら切磋琢磨し、世界の最先端であると同時に、それが向かう方向を決めるような場所だった。
そのような研究所にいた人が担任とは、運がいい。アイ校の授業とは別に、そちら方面での指導をして貰えるかもしれなかった。
「まあ、それについては内原先生の帰国後、そちらで話し合ってくれ」
「はい、分かりました」
その後、男子生徒だけに適用される幾つかの校則について説明を受け、改めてここが『アイアン・アームズ女子校』なんだなと天井を見上げた俺である。
使用が許可されている男性職員用トイレや更衣室まで説明したせいか、本田先生も苦笑いだ。
続けて生活指導など、小さな事ながらアイ校で暮らしていくのに必要な注意などを受ける。
普段授業で使用するタブレットが、学校指定のものでなくてもいいのは助かった。
チェックぐらいはあるかと不必要なデータを消したり、実家のPCにロックをかけて送ったりはしたが、別に買うとなると結構な出費となるし、慣れた機種の方が使い勝手もいい。
「後藤は成人だが、桜花寮内での飲酒と喫煙は厳禁とさせて貰う。これはいいな?」
「当然ですね」
このぐらいは譲歩すべき……ではなく、大人として当然の対応を求められているのだろう。
寮に同居する高校生のことを考えれば、正論過ぎる。
「また外出時にアイ高生を連れている場合、未成年であるうちの生徒達は論外だが、後藤自身については『自主性に任せる』」
「えー、同じく禁酒禁煙、但し、親や、責任を取れそうな他者が同伴している場合は除く……的な解釈でいいですか?」
「理解が早くて助かるよ」
アイ高生と飲むことはないだろうが、一人で飲む、あるいは元同級生らと飲む分にはお咎めなし。まあ、これも普通だ。
「もう一つ、持ち込みのハヤブサな」
「はい」
……やはり、自衛隊の人は父と同じく、ファルケンと呼ばずにハヤブサで通すようだ。
「あれは教職員と同じ規定を守って貰うことになる。後でこれと同じ物を電子版で送るから、しっかり読んでおけ。校門で行われる毎回の検問もそうだが、外出中に盗聴器などが仕掛けられていないか、厳重な定期検査さえ行われる。面倒がって乗らない先生の方が多いぐらいだ」
「それを聞かされると、確かに迷いますね……」
本田先生に示された車輌規定と書かれた冊子をぱらぱらとめくれば、事細かな内容に頭が痛くなりそうだ。
一つ一つの項目はそう難しいことが書かれていないものの、量が多すぎる。
「他はまあ、高校生らしくあれば問題ない。アイ校独自の規定や校則は生徒手帳に書いてあるが、交付と説明は入校式当日、一番最初のオリエンテーション中になるから、その時にまた悩んでくれ」
「大学にもERO関連機器取扱者の規定がありましたから、そのあたりは大丈夫かと思います」
「……だな」
頼りにしているぞと、握手を求められる。
「はい、よろしくお願いします」
「最後にもう一つ。困ったことがあれば、隊員を頼れ。皆、後藤の味方だ」
「え?」
隊員、つまりは自衛隊員のことだ。
にやりと笑った本田先生は、大きな胸をとんと叩いた。
「ああ、後藤妹も知らなかったと驚いていたが……閣下は、ご家庭で任務について語られることは一切なかったそうだな?」
「ええ、はい……」
父の現在の階級と所属する駐屯地ぐらいは知っているが、仕事への質問そのものが機密に触れることもあるから聞いてはいけないと、母からはきつく言い含められていた。
「後藤閣下は一時期、特機実験隊を率いて居られてな、陸自の特機関連部署については今も多大な影響力をお持ちだ。副校長の栗本二佐以下、自衛隊より出向中の教職員、配備された警衛隊、整備隊、業務隊、皆、後藤閣下の薫陶を受けた者達だぞ。もっとも、閣下の影響力はアイ校に限った話ではないが……」
お陰で驚かされることも多いが、わざわざ調べようという気にはならなかったのは……気分の問題だとは思うものの、俺達兄妹には、父にとってある種の聖域でもあるように感じていたから、である。