第二十二話「フランスの雷鳴」
第二十二話「フランスの雷鳴」
五月三日、ゴールデンウイークも後半に入ったが、今日も快晴である。
俺はファルケンに大荷物を乗せ、学校が用意したマイクロバスの後ろにくっついて、千葉市郊外の千葉市営複合競技場にやってきた。
駐車場渋滞につかまったので、大きく伸びをして周囲を眺める。
競技場入り口の電子掲示板には、大きく『レジオナルリーグ関東地区 GWカップ U19・ジュニア大会特設会場』と書かれていた。
「桑島先生」
「ん……」
助手席の桑島先生に声を掛け、車列が動いたのに合わせウインカーを出す。
実はアマチュアのジュニア層の大会は直接見たことがなく、アイ校の先輩達とどのぐらい差があるのか実感がないので、楽しみにしている。
「そろそろ到着です」
「……ありがとう」
桑島先生はアイ校から会場までほぼ寝ていたが、昨日も半分徹夜だったと聞いていた。
この時期、学内向けの仕込みはもちろん、高特連春期競技会の運営委員や審判として、短期間ながらアイ校から消えてしまう先生達の仕事が、それ以外の先生に割り振られるらしい。
アイ校は人材が揃いすぎているという理由を聞けば、それも仕方がないと思えるが、もう少し負担を分散してもいいんじゃないかとも思ってしまう。
「先生、少しの間ですけど、クーラー入れましょうか?」
「ありがとう、お願い」
マイクロバスについてハンドルを切れば、駐車場には小型のトラックが随分と多かった。
大会に参加する娘さんを親が送るというパターンは、非常に良くある。
あるいは、レンタル機を予約しておいて会場で借りることもできるが、自家用機は個人に合わせた改造やセッティングが出来た。
購入費も維持費も、ついでに親御さんの手間や時間的負担も大変だが、慣れた機体というものは戦績に直結する。
俺もつい最近、ネットで調べながら試算して、思わず横浜の方を向いて手を合わせたぐらいだ。
力を入れているご家庭は俺が思う以上に多かったし、我が後藤家でも以前は、桜に一機買うかという話題がかなりまことしやかに出ていた。
もっとも、桜はしっかりアイ校に受かってしまい、逆に本人が『無理。大会に出る余裕ないよ』と断ってしまったので、我が家はアイアン・アームズを購入していない。
「ふう……」
「ご苦労様、後藤君」
マイクロバスが止まったので、その隣のスペースにファルケンを放り込む。
ファルケンの別名は七十六式機動四分の三トントラック、普通乗用車専用の立体駐車場では追い出されるサイズだったから、大中小の区別がある大型駐車場では中型トラックの扱いにされることも多い。
バスから降り立った生徒に混じり、姿勢を正す。
引率はプロ担当の大前先生や一年一組担任の桑島先生で、生徒は俺の他、三学年から二十名ほどが集まっていた。
アマチュアライセンスを持ち、明確にプロを目指す一群である。
うちのクラスからも、新派とマリー=ルイーズ・ド・ティエリが参加していた。
国は違うが、二人ともジュニア大会の経験者にして上位入賞者である。
「集合の点呼はバスで行いますが、本部は第二駐車場北の仮設テントね」
「予定の変更があれば、随時メールを入れます」
それから、整備士の米倉曹長と田島一曹が、マイクロバスの運転手兼テクニカルアドバイス担当として、本部に一日張り付いてくれることになっていた。
「そうだった。……後藤君」
「はい」
ちなみに俺は、参加者でも引率者でもない。
担任コンビや大前先生らと相談して、公休を貰って大会を見学に来た生徒としてあった。競技用機体の方は間に合わなかったが、雰囲気だけでも慣れておけと言われている。
マイクロバスに乗せきれずファルケンの後部に詰め込まれたEROスーツやPCなどの本部機材は、あくまでも『ついで』だ。
浮かせたワゴン車は、春期競技会に回されていた。
「後藤君なら問題は起こさないと信じてるけれど、逆ナンパにも気をつけてね」
「は!?」
「強引に絡まれたりはしないと思うわ。でも……」
「割と真面目に、注意して欲しいかな」
「あ、はい」
教師二人の表情と口振りは、茶化すという雰囲気でもなかった。
後で聞いたが、アイ校の男子生徒は同世代の女子にとり、割と『狙い目』らしく、無茶な接触もあるらしい。
制服じゃない方がよかったかもしれないが、公休扱いをする手前、そうも行かないようだった。
スマートに切り抜けてねと言われてしまった。
「じゃあ、みんな、しっかり頑張ってね!」
「はい!」
「行って来ます!」
「後藤さん、応援よろしくお願いします!」
「おう!」
生徒達はそれぞれ自分のEROスーツとバッグを受け取ると、勢いよく会場に向かっていった。
俺もPC入りのトランクを担ぎ、先生の後ろに着く。
「後藤君、ありがとね」
「大きな大会だと、机とテントは予約貸し出ししてくれるから、助かるわ」
「小規模な競技会だと、自前で持ち込みなのよ」
まずは本部の設営だ。
ここで出場生徒の戦績や機体管理を一括で行うのだが、ひなぎくやすいせんを持ち込む高特連の大会と違い、全ての機体は生徒が自前で用意するからややこしい。
自家用機はともかく、レンタル機体の管理は一見無駄なようにも思える。だが、同一の別機体を使用して偏ったエラーや不具合が出るようなら、機体を扱う癖とも言えた。
学校側が握っているひなぎくの個人運用データと照らし合わせれば、十分な資料となり、生徒の側でも訓練に活かすことが出来る。
アイ校のブースの隣は、レンタル会社の受付だった。
「では、お名前と、予約機体の御確認をお願いします」
「えっと、名前は……うん。アイアン・アームズはこれでいいんだよな?」
「大丈夫よ、お父さん。リセのイエローだもん」
小学生に見える娘さんが、お父さんの手を引っ張って受付を済ませていた。
なかなか逞しいなあと思いつつ、競技会なんだから、選手は張り切って当たり前かと思い至る。
うちの生徒達だって、みんな張り切っていた。
ちなみに今日、アイ校の生徒と先生と整備士の大半は、大型バスやトレーラーを連ねて、高特連主催の春期競技会に向かっている。
明日の決勝は俺も向かうが、残念ながら、桜や八重野宮達はそちらの組であった。
▽▽▽
本部の設営を手伝った後、俺は桑島先生に連れられ、会場へと足を進めた。
観客席は五割の入りというところだが、熱気は大したものである。
球技も行える人工芝の競技場を見下ろせば、ASプレート――土に近い弾力と木材に近い比重、そしてアイアン・アームズの踏み込みに耐える強度を備えた新素材――が敷き詰められていた。
ゲームコートは二面で、予選中はU19クラスとジュニアクラスの試合をコンピューターで振り分け、とにかく数をこなしていくそうだ。
「男子の更衣室や控え室は、離されてることが多いのよ」
「ええ、まあ、分かります」
「ここは陸上や球技も行うスポーツ施設だから、少人数に大スペースだけれどね」
人数比から言えば、それは仕方がない。
バランスが取れるわけがなかった。
『ただいまより、二〇八六年度、レジオナルリーグ関東地区春期U19・ジュニア大会を開催いたします』
会場にはずらりと出場選手が並び、お決まりの開会宣言に選手宣誓、委員長の少々長い話があり、すぐに試合の準備が始まった。
この大会の試合形式はシングルバトル、武器ありの一対一格闘戦である。
予選は抽選で選ばれた相手と五戦して、成績上位者から順に決勝トーナメントに進出できた。
勝利数が同数の場合は、枠を争って再試合が行われる。
俺が参加を目指すフリーのノービスクラスと、試合のレギュレーションは全く同じだ。
ついでに言えば、放課後の特訓ともほぼ同じだが、攻撃ポイント三回の先取ではなく、ダメージ判定システムのデ-タ上で破壊されるか、ギブアップするまで試合は続く。
プロフェッショナルクラスではDASを使用せず、機体は容赦なく壊し壊されするが、流石にアマチュアでは、内容的にも経済的にも敷居が高すぎた。
「後藤君は先入観なしで、試合に集中する方がいいかしら? もちろん、必要なら本部からデータ引っ張っていいわよ。今日のパスは、〇五〇三Aね」
「ありがとうございます、助かります」
ちなみに桑島先生は大会全体の情報収集と有名選手の分析がメイン、大前先生はそのデータを使って生徒への直接指導というスタイルである。
「そろそろ始まるわ」
「はい」
いつの間にか、観客席の保護フィールドも起動されていた。
出場選手の紹介アナウンスに、会場が盛り上がる。
オーソドックスな剣プラス盾構成の二機が、初々しく剣を掲げてフィールドに進み出る。
『第一会場ジュニアクラス予選第一試合、レッドコーナー、“湾上東第二小のエメラルド・クイーン”戸波ふたば選手、使用機体は“リセ・カトレア・タンゴ”! ブルーコーナー、“チェリーブロッサム”二階堂順子選手、使用機体は“みらい・S-GAMEサービス”!』
レジオナルリーグの試合では、プロ選手同様に、二つ名の登録が許可されていた。
もちろん登録しなくてもいいが、これもお楽しみの一つであり、アイアン・アームズ競技の文化である。
機体の方は、自家用機なら好きに名前が付けられるが、今紹介のあった二機は、共に広告付きだった。
ちなみにカトレア・タンゴが化粧品メーカーとそのブランド、S-GAMEサービスは大手のゲームセンターだ。広告付きの機体は、レンタル料金が割引される。
『……三、二、一、試合開始!!』
両コーナーのシグナルが青の点滅から赤に変わり、試合が開始された。
解説やコクピットの音声が欲しければ、エアタブレットを起動すればいいのだが、とりあえずこの試合は『素』で見ることにする。
小学生のリセが、右から大きく回り込む。
もう一方のみらいは警戒するかのように盾を構え、じりじりと進み出た。
両機体はともにジュニアクラス専用の機体で、出力は低く設定されている。
代わりに中型機用をベースにした予備電源が強力で、初心者にありがちなパワープラントの不安定を補う設計となっていた。……俺もフウジンに欲しいが、重量増加でせっかくの改造が無意味になるだろう。
「……あ」
「初心者にはありがちよね」
一瞬の緊張の後、互いに突っ込んだ両機は、その場で足を止めて剣と盾を振り回しはじめた。
ほぼ、子供の喧嘩である。
しばらくして、リセの勝利がアナウンスされた。
「スクールに通っている子とは、どうしても差が出てしまうわ」
「全員とは行きませんよね……」
やはりアイ校は、そして俺は、理由があるとは言え環境が恵まれすぎていた。
見応えとはほど遠いが、俺だって訓練をつけて貰う前は、同じ様なものだったんだろうなと思えてしまう。
『第二会場U19予選第一試合、レッドコーナー、“ル・トナン”マリー=ルイーズ・ド・ティエリ選手、使用機体は“アンヴァンシブル”! ブルーコーナー、“西船橋オライオンズ”江藤香織選手、使用機体は“アネモネ・上州屋の天然きなこ餅”!』
第一会場が再セッティングされる間に、第二会場の試合がアナウンスされた。
もちろん、うちのクラスのマリーである。留学が決まってすぐ、日本のアマチュア資格を取ったらしい。
機体のアンヴァンシブルは、彼女の個人専用機だ。EUフランスのガブリエル・アビアシオンが製造する競技用小型機『ランフレクシブル』がベースで、主機を高出力の物に換装、装甲や構造にも強化を加えたパワー型だと、本人から聞いている。
競技スタイルは二刀流、そして本人の腕前はフランスのジュニア大会で国内二位とくれば……。
「おおっ!?」
競技開始、わずか七秒。
ダッシュからの足払いと一瞬の連撃のみで、KOが宣言された。
スローを見ないと正確なところは分からないが、倒れ込み方からして、足払いでダメージを受けた両脚部の間接を瞬時に攻め、破壊判定に追い込んだのだろうと思う。
相手選手のアネモネも、それほどやわな機体ではないのだが……。
拍手していると、アンヴァンシブルがこっちを向いて手を振ってくれたので振り返す。
この距離でも、観客席の俺を見分けてくれたらしい。
「流石は雷鳴、ってところねえ」
もちろん卑怯な手じゃないし、お互いに狙い狙われすることは、良く知られている。
正面装甲が抜けないとされるアイアン・アームズ競技に於ける基本の攻撃箇所は、手足の間接部なのだ。