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第二十一話「育成選手」

第二十一話「育成選手」


 アマチュア登録をした翌日の五月一日は、二、三年生に混ぜて貰い、ひなぎくで練習試合(バトル)漬けだった。


「後藤さん、いっきまっすよー!」

「うわっと!?」


 丸一日掛けてなんとか十四勝七十六敗一引き分けに持ち込んだが、引き分けは試合中にダメージ(D)判定(A)システム(S)がエラーを吐いたせいである。そのままなら、敗北がプラス一されていただろう。




 明けて二日も、昼までは練習試合を重ねて過ごした。


 午後は別件だ。

 桜や麻生会長に断りを入れ、会議室に向かう。


 先生やトーヨド、そして練馬クインビーズが俺の扱いについて再度協議を終えたようで、正式な選手契約書を持った半田編成部長に、スカウト同伴でアイ校まで来て貰えることになっていた。


 他にも、プロ担当の大前先生、いつもの堀口主任も同席している。


「まずは、プロフェッショナル・ライセンスの取得が第一目標、これは変わらないが、校内戦でもアマ向けの試合でもいいから、後藤君にはどんどん経験を積んで欲しい」

「もちろん試合、トレーニング、その他、何でも相談に乗りますので、遠慮なく申し出て下さい。専任コーチには、平谷がつきます」

「はい、よろしくお願いします」

「後藤君も知っているかもしれないが、確認の意味も込めて、簡単に枠組みだけ説明しておくよ」


 今後俺は、練馬クインビーズ傘下のジュニアチーム『練馬ハニービーズ』所属の育成選手になる。


 だが、一口にプロと言っても、大まかなランク分けが存在していた。




 一番上はもちろん、有馬絵美、タンク山本ら、トップリーグのチームにて華々しく活躍する選手達だ。


 トップリーグ、セカンドリーグの花形であるチーム戦は、試合によって一チーム四人から最大八人で戦われる。

 この八人はチーム維持の最低条件で、更に補欠選手四人の保持が認められており、試合内容や整備状況、あるいは対戦チームの状況などに合わせて適宜入れ替わった。


 例えば練馬クインビーズなら、有馬選手、北条選手ら、狭い意味での『クインビーズの選手』はこの十二人で、もちろん、途轍もなく遠い。


 また補欠の選手は、平行して行われる個人戦への出場でポイントを稼ぎ、チームに貢献、あるいはレギュラーを目指す。


 同時にチーム運営に対しても要件があり、全ての競技に参加出来るよう八名以上の選手を登録していること、専属整備チームが健全に維持されていること、国内競技場の何れかに連絡事務所を用意すること等、大きなスポンサーを得ることがほぼ必須の条件となっていた。




 二番手に来るのが、上位以外のチームと契約をしている選手だ。


 プロフェッショナル・ライセンスを持ち、試合に参加することは変わらないが、三部リーグであるレジオナル・リーグは、別の意味で上位リーグを上回る厳しさを要求された。


 それは、試合数である。


 アマチュアの混じる試合なら、DASありでレギュレーションが組まれる為に機体の損壊もほぼ無く、トリプルヘッダーなど当たり前、最高で一日八試合の公式戦――トーナメントを含んで実質十八戦――に出場したなどという記録も残っていた。


 チーム戦も重要だが、高ポイントが得られる個人戦には上位リーグの選手も混じることから、経験を得ると同時にジャイアント・キリングとポイント獲得を狙い、下位チームの選手達も積極的に参加する。


 個人成績のアップはチームへの貢献になると同時に、上位チームへの引き抜きやトレードにも繋がるから、試合数を稼ぐのは当然だった。


 もちろん、契約金や給料、移動費や機体の管理費は出るが、事情に応じて各選手の状況は様々で、副業も認められている。




 三番手は、それ以外のプロだ。


 ルーキーだったり、療養中であったり、入団テストを狙っていたりと、理由は様々だった。


 コーチとしてチームやアイアン・アームズスクールに籍を置いていて、個人資格で試合に参加するようなベテラン選手もいる。


 アマチュア時代から注目される様な選手はごく少数だったし、プロフェッショナルライセンスを持ったからと、すぐに上からお声がかかるわけじゃない。


 クラウドファンディングでファンから競技資金を集めるようなサービスもあり、連盟によるバックアップと両輪を為して選手達を支えていた。


 小型機でさえ、個人で運用するとなるとかなり敷居が高くなる。

 生活費は言わずものがな、遠征費もアイアン・アームズの維持費も、洒落にならないのだ。




 そしてもう一つ、その『下』があった。


 厳密に言えばライセンスを持ったプロではないが、プロ予備軍と認識されているアマチュア選手達である。


 ジュニアチームに所属する育成枠の選手がそれだ。


 ジュニアチームは、チーム戦績による昇格の権利を放棄する引き替えに、『囲い込み』も兼ねて、育成選手八名が追加で登録出来る権利が得られた。


 トップリーグの全てのチームがジュニアチームを傘下に保持しているわけではないものの、あれば選手の補充に融通が利く。……代わりに維持費用は丸々一チーム分、余計にかかるわけで、運営会社としては判断の難しいところだった。


 例えば、練馬クインビーズ傘下の練馬ハニービーズはレジオナル・リーグの関東地区に所属しているが、連盟に対してジュニアチームの申請を出し、受理されている。


 育成選手は当然、未来の名選手を期待されているわけで、小中学生も多いが……俺もこの中の一人であった。




「アイ校にいるだけでも鍛えられてるようで、素晴らしいよ」

「二日で百戦とはタフですね。すごく期待できます」

「先ほど見せて貰ったビデオを思い出すと、励ましと労り、どちらを先に口にすべきか迷うところだがね」


 そう言って、半田編成部長とスカウトさんは上機嫌で帰っていった。


 お見送りをと思ったら、会議室ではまだ打ち合わせの続きがあるらしい。


「じゃあ、つぎはこっちね」


 堀口主任がエアタブレットを取り出した。


 画面には、PCのような白い筐体が映っている。


「これ、例の思考制御トレーナーね。デザインは仮だけど、ベースコンセプトが固まったのよ」

「もうですか!?」

「後藤君の発想の応用だけどね」


 聞けばこの筐体も、ネット事業部で使われているサーバー製品のガワ(・・)を、塗り替えて流用したものらしい。つまり、有りものの組み合わせである。


「中身の方は、後藤君が組んだプログラムを基本にしたトレーニングモードと、おまけにしては豪華になっちゃったけど、試合に近い雰囲気の対戦モードは基本ソフトとして内蔵することになったわ」


 使用可能な機体は小型機のハイホー、タイショー、そして中型機の『エクウス』――これは汎用作業機の現行機種である。

 いずれもトーヨド製で、プロ用の機種などは、後日配信で対応するそうだ。


 価格の方もかなり押さえられていて、ハイホーの受信ユニットと制御部の一部が製品に使われ、基本セットの予想売価は十万円前後、但し、エアタブレットとヘッドセットは別途用意する必要がある。


「あれ!? そこまで安くなるんですか、ハイホーの受信ユニットって、前に発注した時、確か十二万円ぐらいだったように思ったんですが……」

「発注数が千個単位なら、お値段はどーんと下がるわよ。古い製品だし」


 パーツへと新たに改造を施すわけでなし、保守部品の生産ラインをそのまま動かすだけだから、このぐらいには出来るよと、堀口主任は指を立てた。


「現行法下の安全基準への対応もね、思考制御機器の安全基準としては最新でも、二十年前のアイアン・アームズの基準の方が厳しいから、特に悩むようなものでもなかったわ。後藤君の言ってた『ありものでなんとかする』って言葉の意味、少し見直したよ。技術的に枯れてるものって、表向きのスペックじゃ新製品には全然及ばないけど、問題点が最初から明らかにされてるし、謎の動きがなくていいわね」


 謎の動きとは、設計側の意図しない動作を機械側が勝手に行う現象の俗語である。


 単体では問題なく動作するにの二つ同時に使用するとエラーを吐いたり、同一仕様の製品でもロットによって結果に差異が生じたり……と、問題の根本理由が分からなくても、発生要因が分かるならまだいい。


 とあるシステムについて、担当者Aには動かせるが担当者Bでは動かせず、横にビデオカメラを置いたのに二人の行動の差が開発陣にも分からなかったなど、オカルトを持ち出した方がいいんじゃないかというほど酷い謎もあった。


 それら事象を経験済みの『枯れた製品』は、安定動作というスペック外の強みを持つわけだ。


「製品の出来はともかく、アイ校の生徒さんにもトレーニングデータの蓄積を通して手伝って貰うことになるから、発売は早くても夏頃かな。データがないと効果の実証に繋がらなくて、それこそ単なる玩具になってしまうのよ」

「はあ、なるほど……。それにしても、あれって、千個単位で作って売れるようなものなんですか? ちょっと心配ですよ」

「売り方は、わたしにも分からないかな。ただ、エンタメ事業部の担当者は乗り気だったって聞いてるわよ」


 ここ数日の鳥越らの様子や先生の対応から、本気で困っている操縦者のトレーニングには寄与するだろうと思える。


 しかし、それが千個も二千個も売れるような代物かと聞かれれば、少々疑問だ。


「あんまり気にしなくていいわよ。あとはトーヨドにお任せあれ、ってね!」

「ふふ、よろしくお願いします」

「それから、後藤君にはもう一つ」

「何でしょう?」

「試合用の機体なんだけど、小型機にしても、フウジンはまだ出せないでしょ」

「え、用意して貰えるんですか!?」

「そりゃあ、無茶を押しつけたのはトーヨド(うち)だし、熊沢常務とボスの許可も取れてる……っていうか、最初からその予定だったみたい」


 わたしも教えて貰ったのは昨日なのよと堀口主任は大げさに肩をすくめ、エアタブレットの表示を小型機のカタログに切り替えた。



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