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第二十話「プロ契約」

第二十話「プロ契約」


「のわっ!?」

『後藤君、大丈夫?』

「……はい、大丈夫です!」


 フウジン(仮)は、一言で言えばピーキー過ぎた。


 機体形状は、手足のついた冷蔵庫というひなぎくに比べれば、フウジンのそれはかなり人体に近い。


 お陰で思考制御による操縦という点では、九十七式と合わせてもほぼ一機種しか搭乗したことのない俺にも分かるほど、取り回しが良かった。


 クレードル上での動作チェックと、通常の歩行やそれに類する簡単な動作は、コクピット部分が人体形状そのままに近いほど狭いにも関わらず、非常に快適に行える。


 問題はやはり、そのEROパワープラントだった。


 出力を要求されるダッシュやジャンプになると、これが……酷い。


 小型機ではあり得ない――操縦側の意図しない高速ダッシュか、ただの駆け足になった。


『少し、休憩しようか』

「ありがとうございます」 


 理由は明白で、俺が自分の発現力をコントロール出来ず、機体が求める適正な出力を出せないのである。


 今は基本的にスイッチのオンオフしか出来ないと、自覚させられた。


 落ち着いてパワープラントの事だけを考えるなら、多少は出力を上下することも可能だが、大雑把すぎて搭乗中には役立たない。


 クレードルに機体を預け、搭乗口を開放する。


 内原主任から、スポーツドリンクが差し出された。ありがたく、喉を潤す。


「どうだった、後藤君?」

「結論から言えば、俺の訓練不足でしょうね。これまで、EROパワープラントの細かな出力調整なんて、意識して乗ったこと、ありませんでしたから」

「ごめんね。無茶を押しつけたのは、こっちなんだけど……」


 俺の場合、大抵のEROパワープラントは、無自覚の垂れ流し状態でもほぼ定格の出力を得られる。Gリミッターが不必要に多い次元粒子の流入量を制限するから、暴走の心配もほぼない。

 つまり、俺が気合いを入れて出力を上げようがそっと扱おうが、出力は百パーセント前後で推移する。


 ところが、フウジンのNW二一三Cはキャプチャーユニットを取り外されており、Gリミッターも暴走こそ止めてくれるが、下限域では出力が定格の三十パーセントぐらいを示した。


 平均発現力はあくまでも平均であり、多少は上下する。


 では、常に気合いを入れて……とも、行かなかった。

 緊張感が、保たない。


 要は他の操縦士と同じく、搭乗者側で機体の動作に応じて出力を上下させる必要を、改めて求められただけのことだった。


「後藤君。やっぱり、パワープラントの交換しようか?」

「しばらくは、このままでお願いします。……もちろん、ライジンのテストに影響が出そうなら、強権を発動して下さい」

「……いいのね?」


 心配そうな表情を向けられたので、ぱんと自分の頬を張る。


「はい。でも、ここで苦労しておくと、選択肢が増えそうな気もするんですよね」

「おお、前向きだ」


 ……プロなら、誰でもやっていることだ。


 いや、アイ校の生徒達だって、やってるだろう。


 だったら、俺が同じ訓練をして悪いはずがない。


「後藤君、深刻にならなくてもいいよ。駄目だったら、通常仕様でいいっていう『保険』がある。……そのぐらいの気楽さでいいんじゃないかな?」

「ありがとうございます」


 もちろん、自分の発現力とまともに向き合うのは、これが初めてだった。




 ▽▽▽




 フウジンを起動して、約二時間。


 規定のテストは一通り終えたが、多少は時間の融通が利くそうで、俺は自由時間を貰ってフウジンに乗り続けていた。

 平谷さんがコーチを引き受けてくれると言うので、お願いしている。


『……プラス〇・四九秒! いいよ!』

「ありがとうございます!」

『感覚忘れない内に、次は〇・三秒差目標で、もう三本』

「はいっ!」


 間違って蹴り飛ばすと危ないので三角コーンなどは使わなかったが、地面に白線を引いて貰い、それを飛び越えたり、その周囲を走り回ったりした。


 その際にパワープラントを意識して、駆け足なら十五秒、出力全開のダッシュなら三秒の距離を、ダッシュでも出力が乗りすぎないように走れるか制限を設けて走るのだが、これがなかなか難しい。


 とりあえず、中間の九秒を目標にしたものの、少し気を弛めると、すぐに出力が上がり過ぎるか、あるいはフラットになった。


 ついでに言えば、機体動作も軽すぎて驚く。

 ひなぎくは練習機で操縦特性は他の追随を許さないほど素直、九十七式は純軍事用でパワー偏重、もちろんフウジンはプロの競技用で反応重視という差は、知っている。


 だが、知識と実際の差は、やはり大きい。


 軽い機体に高出力、振り回されて当然なのだが、操縦技術も思考制御にあぐらを掻いてばかりはいられないと自覚する。


『後藤君、一旦降りて!』

「了解です」


 当面の課題……いや、操縦士としての長期目標に近いか。


 今の段階ではコントロールが利かないものの、フウジンのパワーと機動力は、並の内蔵機どころか通常型の小型機を大きく上回る。

 だから機体を上手く使えると、圧倒的な優位を得られるのだが、現状、俺にはその能力がない。


 湯水の如く予算が出るなら、キャプチャーユニットの能力を数段階変えたパワープラントを次々に換装……などという手もあるが、それは流石に贅沢の言い過ぎだ。

 もしくは、キャプチャーユニットの能力を可変式にしてもいいが、どちらにしても、テストパイロットの域を超えた我が侭になってしまうと思う。


「目標は遠いけど、初日でここまで出来れば上等よ」

「ありがとうございます、平谷さん」

「三十パーセントと百パーセントの間に、パワー認識のポイントが一つ出来てるから、当面はこれに慣れようか。他の機種に乗り換えたり、パワープラントを換装した時も、今日の練習と同じようにすればいいから、応用が利かないってこともないの」


 乗り換えはともかく、仕様変更は多いだろうと予測できた。正にライジンがその状態である。


 うん、やっぱり当面はフウジンを現状のままにしてもらい、トレーニングを重ねるのが良さそうだ。


「もちろん、最終目標は、試合中のパワーコントロールね」

「はい」


 今日は解散、フウジンは一度、横浜工場に持ち込まれて塗装と点検と仕様変更を行うので、一旦はお別れとなった。


 ちなみに仕様変更の中身は装甲形状と機体強度の見直し……要するに、パワーが当初の想定以上に大きくなり、間接部を中心とした各部に不安があると判断された為である。


「後藤君、まだ時間あるよね?」

「はい、大丈夫です」


 帰校時間も変更したし、午後八時に間に合えば、夕飯もなんとかる。


 私服に着替えてEROスーツを預けると、待ち合わせ場所だという応接室に連れて行かれた。


「やあ、こんにちは、いや、こんばんはかな? 編成部長の半田です」

「はじめまして、後藤竜一です」


 編成部は、スカウトや育成を担当する部署で、チーム運営の下支えの殆ど全てを担当すると言っても過言ではない。部長ならもちろん、そのトップである。


 どうやら、プロ契約の話らしいが……。


「トーヨドさんから君のことは伺っているが、うちとしても乗り気でね」

「……え?」

「ああ、もちろん、後藤君の状況は知っているし、うちが我を通せるほどの立場じゃないことも承知している。そこで契約だが、学生プロとして通常の契約を行った上で、特例条項を設けさせて貰うことになった」


 親に加えて学校側の了承も必要だが、契約金と年俸は学生プロの規定に従ったゼロ円契約、大会に出た場合の賞金などは、実際に支払われた上で、慈善団体へ寄付されるという形式になる。

 これは俺だけに課せられるものではないし、先生からも聞かされていたかので文句はない。


 他にも、クインビーズに専用のロッカーを置いて貰えたり、あるのかどうか心配しても始まらないが、ファンレターの管理などもしてくれる。もちろん、予約制ながら、練習場も自由に使えるようになった。


 俺専用の特例条項は、契約試合数の免除だ。


 通常、チームと契約した学生プロには、一定数の試合義務がある。

 事情は様々ながら、あまりに出場数が少ないと契約を切られるし、チームの方も何のために契約しているかと言うことになってしまう。


 しかし、俺の場合は試合に出るよりライジンのテストの方が重要、ライジンよりはアイ校の授業――正確には、アイ校の背後に鎮座する内閣府ERO推進会議という大物の機嫌を損ねてはイケナイという配慮でもある。


「俺、ほとんど素人ですけど、こんなにして貰って、大丈夫なんですか?」

「構わない。たぶん、発現力絡みでも面倒は出てくるだろう。ライジンもそうだし、学校もあのアイ校だ。……それでも欲しいと思ったのは、先月、後藤君がここに来た時、有馬君に蹴りを入れただろう? あれが決め手になった」

「……はい?」


 先月、萬田と戦う直前、有馬選手に訓練をつけて貰い、スライディングキックを決めたのは間違いない。


 もちろん、直後に背後から蹴り飛ばされ、KO負けしている。 


「うちのスカウト達は、満場一致でうちに取れ、余所にやるなんて勿体ないと口を揃えたよ。そりゃあ、テクニックとしては稚拙だった。でもみんな、あの蹴りを見てわくわくしたんだ」


 搭乗十数時間、発現発覚から二週間ほどの素人が、トッププロを相手に一矢報いたその心意気と勇気と物語性、それが実に素晴らしかったんだと、半田編成部長は拳を突き上げた。


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